ジョルジュ・シフラ |  ヒマジンノ国

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ハンガリーの名ピアニスト、ジョルジュ・シフラ(1921-1994)の伝記「大砲と花」を読み終わりました。かなり感銘を受けました。
 
戦争に翻弄された演奏家が多いのは有名な話です。「音楽と政治」という言葉などもあります。しかし、シフラは自ら前線に立たざるを得ず、初めはドイツ側に立ち、後に脱走。パルチザンに捕まるも、赤軍に開放され、今度は赤軍側に立ち、戦いました(第2次世界大戦)。
 
人に歴史ありといいますが、今の我々からはちょっと想像もできないような人生です。
 
彼の一家は元々フランスに住んでいましたが、第1次世界大戦が勃発すると、敵国人ということで、この一家は全財産を没収され、ほぼ無一文でブダペストに投げだされてしまいます。ジョルジュ・シフラは極貧の中で育ちましたが、後にいくらか生活がましになると、彼の姉が買ってきたピアノで練習を始め、大変な吸収力を見せたのでした。
 
フランツ・リストの再来といわれる、彼の、恐ろしいまでのピアノのテクニックはどこで演奏しても聴き手を驚かせ、驚嘆させていきます。クラシック音楽の演奏に興味を持ちつつも、機会がない彼は、長らく生活のためにバーやキャバレーなどで演奏しなければなりませんでした。
 
しかし、ハンガリー動乱を機に亡命し(1956)、フランスに定住、やっとその実力を示すことができ、世界中を驚かせることになります。
 
 
今日はリストの再来といわれたシフラの名盤といわれる、F・リストの「超絶技巧練習曲」を取り上げます(1957、1958)。
 
 
ALP1816-1817。
 
個人的にリストの曲が面白いと感じさせてくれるケースが少ないので、日々の鑑賞で、リストの曲は避けることが多いです。
 
そんな中でもシフラの演奏は楽しめます。この「超絶技巧練習曲」はショパンでいえば「エチュード」辺りに匹敵する曲でしょう。ショパンの「エチュード」は内照的で、曲に内在するロマンを、演奏者があぶりだしていく必要があります。それに比べると、リストの曲は運動神経や反射神経を駆使してでも、曲をダイナミックに弾き切っていく能力が試されます。
 
しかし、それを「さらに」面白く聴かせることが難しい。
 
H・ショーンバーグの言葉を借ります。
 
「リストの音楽には正真正銘の魅力があるが、演奏の巧拙に大きく左右されるため、理解を困難にしている。これは特に彼のピアノ音楽について言えることである。リスト作品のロマンチックなピアノ奏法は第1次世界大戦後に消失し始め、今日これを効果的に演奏できる”魔術”と想像力を兼ね備えているものは極めて少ない。ピアニストが楽譜通りに弾けば、さまざまな音が空虚に鳴り響くだけで、失敗に終わってしまう。他方、あまりに自由に弾くと、俗っぽく野放図に聞こえる。リストのピアノ音楽には、無限の技術と勇気を持ったピアニストが必要である(弾き間違いを恐れて決して演奏しない慎重派は、納得できるようなリスト奏者になることはまずできない)。大きな音量と精巧なニュアンス、貴族的な線状を漂わす能力に裏打ちされた自己顕示な外向性、着実だが柔軟なリズム感を持ったピアニストが必要である。困難なのはピアノによる曲作りだけではない。今日もっと困難なことは、リストの精神や世界との一体感を体感することである。」(「大作曲家の生涯」から。邦訳、亀井旭、玉木裕)
 
リストの音楽には「見世物」としてのピアニズムがあり、それが「芸術的価値」まで高められているという側面が強くあります。これは時に、今日いわれる「芸術的」演奏家(例えばグールドのような・・・!内照的であることだけが芸術的ではないということ)にはない、強烈な特性が必要になってきます。
 
バーで生活のために演奏をしていたシフラには、その弾きぶりを見て多くのお客が集まったそうですが、そういう特質がリストを弾く際の、大きな特性となるわけです。
 

 
↑、超絶技巧練習曲の1曲目、「前奏曲」。普通、50秒以上かかる曲なんですが、50秒を切る速さで弾き切っています。ダイナミックなニュアンス、異常に滑らかに弾かれていく楽曲に、聴き手はただただ驚くばかりです。
 
 
 
↑、4曲目「マゼッパ」の導入部。ここでもシフラのピアニズムは冴えわたります。
 
今自分の手元にある、リストの「超絶技巧練習曲」の録音は3種類だけです。ダリール・トリフォノフ(2015)、フランス・クリダ(1973)です。人気があるトリフォノフの練習曲の演奏は、意外と思われるかもしれませんが、音が汚く、曲の内容も細かいニュアンスが出ていません。映像で見るとトリフォノフの演奏も割と面白いのですが、音だけ聴くと結構つらいですね(個人的には好きなピアニストです、リストの練習曲はとらない、ということ)。F・クリダはF・リスト国際ピアノコンクールで認められて世に出ましたが、その時の審査委員長がシフラでした。
 
 
↑、クリダによるリストのピアノ作品集(CD)。
 
F・クリダはマダム・リストとも呼ばれ、F・リストを得意とした演奏家でした。リストのピアノ曲全集(完全全集ではない)を録音していて、これはかなり美しいです。フランス人の彼女はフランスの伝統よろしく(ショパンの伝統!)リストの音楽を「詩的」に弾き切っていて、リストのピアノ曲を聴くなら手元に置いておきたいところです。「超絶技巧練習曲」の演奏も美しいですが、凄味に欠けるきらいがあり、やはり自分はシフラに戻ってきます。
 
シフラの演奏は亡きリストを思わせるような、超絶技巧に加え、細部まできめの細かいニュアンスが漂っています。これは「音楽的」といって良い名演だと思いますね。ただそれでもなお、本当のリストであれば、シフラ並みの技巧に加え、もっとむき出しの感情や、高い教養からくるアナリーゼなどもあったと推測され、シフラでさえリストの「魔術」完全解明には至っていないと思われます。シフラ演奏は、あくまで「音楽的」というのが自分の印象です。