世の中の動きを追うことに少し疲れました。今日は音楽のことを書きます。
ユーディ・メニューイン(1916-1999)によるベートーヴェンのヴァイオリン・コンチェルト(1960)。ASD377。コンスタンティン・シルヴェストリ、ウィーン・フィルとの共演。
20世紀に最も活躍したヴァイオリニストであり、レコードが意識されるようになって、国際的な活躍を見せた、最も初期のヴァイオリニストといっても過言ではないのがユーディ・メニューインでしょう。若いころから絶賛され、高貴な人間でありました。
その彼が得意にしたのがベートーヴェンのヴァイオリン・コンチェルトでした。彼はこの曲を何度も録音しているようで、自分はちょっと全部は追い切れません。
おそらく、1番有名なのが1953年のフルトヴェングラーとの共演版(フィルハーモニア)でしょう。
1953年版。アメリカ盤。LHMV1061。
メニューインというのは大げさな表現をしないヴァイオリ二ストで、テンポもそれほど崩しません。
それに比べるときわどい表現もできるフルトヴェングラーですが、ここでは大人しくほとんどテンポも動かさず、真摯な表現でメニューインにぴったり合わせています。深い呼吸と、意味深さはそのままに、いつもとは違うフルトヴェングラーを聴くようです。メニューイン中心の録音だと思いますが、フルトヴェングラーの個性にも目が行く演奏だと思います。
1960年に録音したシルヴェストリとの共演盤は、フルトヴェングラーのようなスケールの大きな伴奏ではないために、メニューインがもっと目立ちます。
ステレオということもあり、メニューインのヴァイオリンの音色が楽しめる演奏です。
先もいったように、メニューインは比較的大人しい演奏をするので、フルトヴェングラーとの共演では、メニューインがやや後方に下がっているような印象もありましたが、ここでは彼のヴァイオリンが前面に出てきており、その意味合いを確認できます。
その音色を聴いていると、やや線が細めの、繊細な音色で、内に秘めた真摯な心が感じられます。CDで聴くとヴァイオリンの音色は中抜けを起こし、フラットになりすぎて、芯の部分が消えてしまいますが、レコードだと芯が綺麗に響くのが感じられます。ヴァイオリンの音色が立体的に感じられるのが良いです。
(↑、若いころのメニューイン。若いころは本物の神童として絶賛されたそうです。後にジョルジュ・エネスコに師事。20世紀を通じて、多くの名演奏家とともに演奏し、録音を残しました。高い人格の持ち主で、尊敬に値しうる人物だと思います。)
メニューインの内へと向かう情熱、それは一見繊細でありながらも、真摯な力強さを感じさせるものであることがはっきりしました。
アルフレード・カンポーリによるベートーヴェン・ヴァイオリン・コンチェルト(1962)。SXLP20043。
イタリアのヴァイオリニスト、アルフレード・カンポーリ(1906-1991)による演奏。カンポーリは元々軽音楽(サロン音楽)の名手で、一流のホテルや楽団と演奏し、SP時代に大量の音楽を録音したといわれています(自分は未聴)。当時は大変な人気だったそうです。
クラシック音楽に向き合いだしたのは第二次世界大戦後で、そこでもまた人気を収め、一世を風靡しました。
特有の節回しのあるヴァイオリンの歌わせ方はヴェル・カント・ヴァイオリンと呼ばれ、甘美な魅力があるとされます。
ベートーヴェンでも強弱をつけながら、良く歌っています。しかしベートーヴェンのこのコンチェルトはやや曲が単調ですから、あまり表情を付けすぎると曲の内容をはみ出しかねません。そういう意味ではカンポーリの個性を聴く演奏だと思います。
求道的なメニューインなどと比べると、やや俗っぽさというのはあると思います。少し品が落ちるというか。ただまあ、そこが面白いところではありますけどね。
日本ではあまりカンポーリの名前は聞きません。クラシック音楽にある普遍性、その部分の表現が少し弱いのかもしれません。ただその時代に活躍した人間の持っている独特の雰囲気というのか、それが面白いです。
(↑、ユーモアと魅力ある人物だったそうです。クラシック音楽はデッカに沢山の録音を残しているようです。)







