あくまで主観的な意見として書きます。m(__)m
かつて日本の軍人、石原莞爾がとなえた、東洋における王道主義と西洋における覇道主義は、結局西洋における覇道主義の勝利に終わったように思えます。
石原の考えた、「アジアの統一」は当時のアメリカの思う日本の在り方として1番困ったもののようでした。アジアで力を蓄えた日本がソビエトを滅ぼすという構図です。
日本は戦争に負け、軍事的なプレゼンスが無くなってもなお、おそらくは戦争する前から派生していた・・・日本の新興宗教における、「アジアの統一(昭和維新)」という考えは欧米の脅威であったといえるでしょう。戦後、田中角栄のような人物が現れた時、彼ら(支配者たち)は再びその脅威を感じたのかもしれません。
明快な証拠はないのですが、今日の中韓の「反日教育」というものを見ていると、アメリカの内通があって有り得たものかというふうにも考えています。彼らは、この思想(一応、大東亜、としておきます)の根本ごと世の中から抹殺したかったのではないかと思っています(欧米のやり方に反対する、論理的な思想として)。
リビアのカダフィ大佐は「アフリカ共和国」の構想を持っていたそうですが、彼もまた殺されてしまいました。
中央銀行をバックとして、富を蓄積してきた、戦後の支配者たちはこうした地域主権を認めない、グローバリズムで世界を自分達のものにしようとしてきたようです。
彼らは自分に従うか否かを常に秤にかけ、自分らに近しい者達には「飴」を与え、反抗する者たちには「鞭」を与えてきたようです。それが所謂、貧富の格差となって現れてきたわけです。日本の安倍政権についても、大筋でこの傾向を進めてきたように思います。外交はともかくとしても、国内政治はボロボロです。
ところがアメリカのトランプ政権がこれら戦後の支配者たちに反旗を翻し、彼らを駆逐し始めたことによって、状況が変わりつつあるようです。
今回の韓国のホワイト国除外も、かつての支配者の力関係のなかではできなかったことかもしれません。
そういう意味では安倍政権も少しづつ変わりつつあるようですが、日本の旧態への後退はあまり変わりがないようです。
今日の日本国憲法における「国民主権」や「基本的人権」が、観念的なもののため、各自の主張が特化されて、まとまりのないものになるという傾向は確かに問題といえるでしょう。いわば、「芸術表現はどこまで自由なのか」という様な、問いなどと同様に。
しかし片や、「明治憲法」における「天皇主権」も結局、本当に天皇そのものに「実権」があったとはいいがたく、それを「我がもの」として利用にしたものの意向が反映され過ぎた故に、ファシズム化したという事実もある故、もろ手を挙げて喜べるものではありません。
本来なら、改憲においては、「人間の権利」について、以上の2点は少なくとも議論し、両面をカバーした意見が出されるべきだと思っていますが、そうはなってはいません。この点をちゃんと議論すれば、日本が自衛隊を仮に軍隊として明記した場合、その用途そのものも自然に出てくるとも考えられます。
改憲に国会の3分の2以上の賛成が必要だというのは、「数を合わせればよい」ということではなく、憲法自体が国民の生活に大きくかかわるものであるため、少なくとも3分の2程度の人々の同意がいる、ということでしょう。しかし今の改憲勢力は数のみを合わせようとしています。これは国民に今一つ憲法草案を明示しきれない、今の改憲勢力のせいでしょう。
数だけ合わせて、改憲しても、不満分子が多いのなら、自然と統制と弾圧とに向かうのが筋です。これは別に自民党だけに限ったことではありません。
与党、野党のコアな支持者がお互いの作る政権が独裁化するといい張っているのは、考えが違う自分達が抑圧されたり、弾圧されたりするのではないかという、恐れからでているというのが事実ではないでしょうか。
本来ならこのことは、ある程度まで、「個人的問題」として捉えられるべきだと思いますが、今日は政治信条にすり替えられてしまい、お互いがお互いを憎み合うようになってきています。
ホワイト国の除外によって、韓国の国力が弱まれば、朝鮮半島の統一にも影響を与えるのかもしれません。トランプが出てきたとはいえ、戦後70年以上、作り上げられてきた、南北朝鮮、また中国の「反日教育」という負の遺産は日本側から消すことはできません。
大陸側は反日国家とかいうことになるわけです。そうすれば今の改憲勢力には追い風ということになるのでしょう。トランプもまた、日本の矛先がアメリカに向かない限り、これを望む可能性が高い気がしています。
そこで出来上がってくる構図というのはお互い、第二次世界大戦のことを顧みていない国家同士の「業」の対立のようにも見えてくるのかもしれません。
これを石原莞爾流に考えれば、本当は「仕向けられた者同士」の対立なのかもしれません。しかし、結局東条英機らの率いる統制派に導かれた戦争自体が、石原のいう「王道」というよりは西洋流の「覇道(帝国主義)」に近しいものだった故、より物事がこじれたともいえます。
故にこの「業」というものは結局、日本の「業」そのものでもあるともいえます。
トランプのせいによって、曲がりなりにも、形を保っていた世界が崩されています。トランプがアメリカの右翼のようにいわれているにしても、彼のバックにいるリバタリアンたちなど、新世界の形は、スピリチュアリズム、超高度技術、また、社会主義か共産主義のようなものが混血した「何か」に取って代わられるかもしれません。
そしてそれは日本人にとって想像の埒外になることがあり得ます。その時、日本はアメリカに対してどのような態度をとるのでしょうか。
トランプは911のことについて既に言及(つまりテロでなかった、ということをほのめかしている)し、その証拠になりそうな写真もSNSで出回り始めています。
今後のことを考えると、色々と考えさせられることばかりが、頻繁に起きているように思えます。
