マリア・メネギーニ・カラスの演じる「トスカ」(1953)。33CX1094、1095。英国盤。
1952年に伝説のソプラノ、マリア・カラスの、初めての「全曲盤」として、チェトラに録音されたオペラは「椿姫」でした。そして続く「ジョコンダ」の録音の後、1953年、大手EMIに移籍した彼女が録音したのが「ランメルモールのルチア」、「清教徒」、そしてこの「トスカ」です。
多分にこの「トスカ」は世界的に彼女を名を広める役割をし、爾来、今日までこの曲の決定盤として認識されています。この録音はこの歌劇の、劇的な側面を強く打ち出しており、スタジオ録音とは思えぬようなシリアスな表現があり、その真実性が胸を打つのです。
「トスカ」はヴェズリモ・オペラであり、歌の美麗な表現が全体を覆うのではなく、その現実的なドラマの表現こそがその本質につながる道です。故に、マリア・カラスの、歌の性格を掘り下げていくヴェル・カントの技術がこの曲の隅々までドラマを表現していく手伝いをし、熱気ある表現としています。
近頃良くある、歌の美しさを表現したものでなく、また、カラヤンのように指揮者主体による表現でもない、テイト・ゴッビ、ビクトル・デ・サバタ、そしてマリア・カラスという表現者が三者三様に表現をして、一個の有機体を構成している稀有な例です。
<全くの余談>
1923年、12月3日に生を受けたマリア・カラスは四柱推命で空亡を取ると、「寅卯」となります。日本の旧暦は数字の5と6との組み合わせでなる、60進法で作られています(120と見る見方もある)。それを、天をあらわす、10種の天支(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)、と地をあらわす12種類の地支 (子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)に変換して表現しています。
確かに現在の暦を見ると、1月およそ30日、1年12カ月という風な、60進法にかなり近い進行を見せてはいます。当然1年は360日ではないし、地干が太陽か木星の運航を元にしていて、天干が月の運航を元にしているとは厳密にはいえませんが、占いというものが過去の星観測から生まれた可能性は多分にあるように考えています。生まれた時の、各星の位置の影響(重力かあるいは磁場)によって人間の性格や性質が変化するというのが、いわば四柱推命の一端かと思えます(この件に関しては全くの個人的見解であることを書いておきます)。
甲子園のネーミングの元になっている、「甲子」は10(5)の進行をあらわす天干の初めをあらわす甲と、12(6)の進行の初めをあらわす子の組み合わせで、「甲子」(きのえね)となります。実際甲子はこの干支で表す暦の一番初めに来る表記となります。そして乙丑、丙寅・・・という風に続いていくわけです。
人間は不思議とこの暦の影響を受けているといえます。60年が1サイクルで、人間の人生はその時間的長さにおいて、2サイクル分になっているといえます。長生きした人でも人間は120年ぐらいが現界であり、また、60年で還暦、つまり一旦人生は元に戻るということです。
還暦になって、「赤いちゃんちゃんこ」を着る風習は、一度人生の初めに戻って「赤ちゃん」に戻る、という意味合いがあります。つまり61歳からは第2の人生と見るわけです。
ところが細部を見ると、12個の地干と10個の天干には2個の差があり、これによって生まれた人間に性格の差が出ると見ます(つまり、地支のサイクルを中心に見ると、酉で天支の最後の癸に到達してしまい、天支を使い切っていまいます。次の戌にはまた天支の初めの甲に戻り、甲戌となってしまいます)。
このサイクルのひずみのために、人間には生まれた日によって、6種の傾向を持つ性格があるとされ、それぞれ子丑空亡、寅卯空亡、辰巳空亡、午未空亡、申酉空亡、戌亥空亡となり、人によってはこれを殺界などと呼びます(有名な占い師がいますね。その占い師は寅卯空亡を木星人とか名前をつけています。色々勝手に名乗ってますが、あの原型は四柱推命です)。
前置きが長くなりましたが、各空亡はそれぞれ独自の性格を持ち、行動や考えなどに強い影響を持ちます。
マリア・カラスの寅卯空亡は強い信念を持ち、こうと決めた考えがあると、圧倒的な力でそこを目指して突き進んでいける能力があるというものです。また6空亡中、もっとも「力そのもの」が強いといえ、「力そのもの」に頼る傾向があるといえます(反面小回りと融通が利かないようです)。
そして(人によっては)その行いが極端になり、人に嫌われる原因ともなります。マリア・カラスを見ていると如実にこの傾向が現れており、それが彼女の人生に大きな影響を与えていることは間違いがないようです。特に晩年の孤独などは全盛期に自分のやりたいことを散々やろうとした故に、人々が離れていったようにしか見えません。
ルキノ・ヴィスコンティとマリア・カラスが一緒になってインタビューに答えていた映像があったと思いますが、その中で彼女は共演者たちが自分の練習の徹底ぶりを批判していることに不満をいっていたと思いますが、それもさもありなん、という感じです。
これは個人的な体験ですが、寅卯の人と一緒に仕事をする際、それが特に上司の場合、その内容が本人の本意に合わなければ、合うまで徹底的にやらされるのが常といえます。どんなに時間がかかってもやらされるわけで、もしそれが比較的同等の立場の場合、喧嘩になってもおかしくはありません。これは想像にすぎませんが、おそらくマリア・カラスはそれぐらい徹底したやり方を共演者にも求めていたことが予想されます。
メトロポリタン歌劇場の支配人だったルドルフ・ビングと契約でもめた時のマリア・カラスの激高ぶりも映像に残っていますが、その女性とは思えないような激しさはまさにこの空亡のなせる業ともいえます。
つまり彼女は多くの場合、人よりも芸術を選んでいたわけで、あの歌唱の徹底した内容主義は多くの人間関係を犠牲にして作ったのだともいえます。彼女が女虎とか悪女とかいわれる理由の一つは、この他人の心を犠牲にしてでも追い求めた、自己の芸術の内容せいだった、といっても過言ではないでしょう。
作曲家であればリヒャルト・ワーグナーも同じ性質だったと考えています。
「ノルマ」をはじめとする高度なヴェル・カント・オペラを歴史的に復活させた功績、あるいは歴史的に見て、これ以上は歌えないだろうと思われる名録音の数々、スカラ座での伝説的な公演などの歴史的偉業は彼女の徹底したやり方(才能があったからでもありますが)があってこそともいえたと思います。
しかしその徹底したやり方も、人生全体に必ずしも通じるわけではなく、徐々に破局を迎えていくわけです。
美輪明宏氏の本に「正負の法則」という本があります。彼はこの本の中で、人生には「負」を払ったぶんだけ「正」を得ることができるのが、この世の法則だという内容です。
成功者は沢山の「負」を先払いすることによって、自己の成功を勝ち取るのだといいます。成功したスポーツ選手であれば、その裏には血のにじむような苦しい練習があったのかもしれません。この苦しい練習こそ、先払いの「負」であり、その他の成功者は練習なり、失敗なりで先に「負」の清算をしている可能性があります。
当然、先天的な才能と、強力な人格がマリア・カラスの成功を後押ししたのであり、たゆまぬ徹底した努力こそが彼女の「負」の先払いだったといえるかと思います。
ところがです。人は成功を繰り返し、次々に栄光を得ていく中で、知らない内に自分のまわりが成功である「正」ばかりとなっていく場合があります。こうなってくるとその「人」に対して、不幸な事件とか、失敗などが起こる様になるといいます。良い家に住み、良い家族を持ち、仕事にもお金にも不自由しなくなると、その人のまわりは全て「+」ばかりとなってしまい、その人の「+」の許容量を超えてしまうのです。故に「正」の上にさらに「正」を重ねようとすると、自然とその人には不幸が巡ってくるということになります。
美輪明宏氏の本から、歴史的に有名な女性についての寸評がありますが、そこから3人分をチョイスします。
「エリザベス・テーラーはアカデミー賞も受賞し、世界一と言われた美貌の持ち主でしたが、富と名声に恵まれて、子供たちもいて、何が<負>かと言うと、ここぞというときに必ず大病をするのです。それも大手術を伴うような命がけの大病ばかり。しかも八回も結婚と離婚を繰り返し、一生、男性の愛情による平穏が得られなかったのです。
マリリン・モンローは死んでからもう何十年になるのに、いまだにグラマラスで魅力的な女の代表だと言われています。けれど、長生きをしていたら、そうはいかなかったと思います。不幸な出生をし、生存中は劣等感と不安で薬漬け、次から次へと夫を替え、あげくの果ては大統領までを巻き込んだスキャンダル。そして悲惨極まる謎の死。そういった<負>を支払って彼女は死後永遠のアイドルとしての<正>の名声を残しているのです。
ダイアナは冷たい夫と離婚をし、富や名声、地位までもそのままだった。離婚が成立して、姑や夫にいじめられることもなくなり、最愛の恋人と大恋愛をした。もう何もかも全部手に入れてしまったのです。欠けているものが何もなくなってしまった。そうなると、この世の法則、地球の法則に合わないためにあの大事故で無残に消えてしまいました。」(ああ正負の法則、美輪明宏著)。
マリア・カラスもこういった、世界的名声の著名人に漏れぬような生涯だったといえます。歴史的に残るオペラの偉業を残し、太っていた体型を改め、隈取りの濃い美人となり、ヘップバーンに入れ込んでファッションにも凝りもしました。イタリアオペラの聖地であるスカラ座では女王となって、1人の女性として、手に入れられる栄光はほとんど手にしたといえます。
もし彼女に欠けた部分があったというのなら、子供ができなかったことでしょうか。
そしてマリア・カラスもまた、ダイアナ妃のように舞台から退きつつも、海運王のアリストテレス・オナシスの恋人となり、長らく彼女を支えてきたメネギーニと離婚しました。
スカラ座で声の出なくなったスキャンダル辺りから彼女の人生は斜陽を迎えていたと思いますが、彼女は世界的名声の上にさらにあたらしい恋人とその子供を得ようと奮闘したわけです。ところがオナシスは前妻と分かれた後、カラスとは結婚せず、ジャクリーン・ケネディと「ビジネス上の問題」から、結婚をし、マリア・カラスはオナシスの子供を身ごもったものの、帝王切開で取りだした後、その日のうちに子供は亡くなっています。
メネギーニによるとカラスは子宮奇形という病気だったらしいですね。本来子供ができる体ではなかったようです。
こうしてマリア・カラスは晩年、ひっそりと孤独な生活をする羽目になったといえます。おそらく彼女の強力な成功体験が、飽くなき欲望を叶える原動力となったのでしょう。オペラ舞台から退いたのち、前夫のメネギーニとひっそりと暮らしていたといのなら、彼女の晩年はまた違ったものだったかもしれません。
・・・さて、話が大分寄り道にそれました。
このオペラの中で、トスカは恋人を人質に取られ、ファルネーゼ宮でスカルピアに自分の手籠めになるように迫られます。それを必死に阻止しようとするトスカ。そして最後はスカルピアを刺し殺すまで、この辺りは本当に激しい表現が必要で、こうした狂言を真実味を出してやるのは中々演じる本人も本気になるのが難しいと思います。
マリア・カラスとテイト・ゴッビは名役者だと思います。本物のトスカとスカルピアのように聴こえますね。
1953年はマリア・カラスが人生で最も幸運な時代の頃だったと思います。1940年後半が彼女の声の全盛期なら、その後の1955年ぐらいまでは彼女の役者人生の最盛期でしょうか。
10年ちょっとしか活躍できなかったマリア・カラスですが、その合間に録音されたものが現代においても最高の認識をもって迎えられるのは、どれぐらいこの時代に彼女が全力を振り絞っていたかの、証左だと思います。

