まだ音楽の価値観が未分化であった古典派の時代、ベートーヴェンの出現により、その表現の在り方は非常に高度なレベルにまで引き上げられた。言語と音楽との境界線が幾分曖昧となり、そのはざまで作曲家たちは苦しむこととなった。
言語は現実的で実際的な世界を求めるが、音楽は必ずしもそうではない。音楽元来の論理は「音楽」そのものに従うしかない。
ブラームスが肥大化していく音楽のアイデアと語法の世界を避けたのは、音楽が他のジャンルへの依存を始めていたのを目の当たりにしたからなのかもしれない。古典派の頂点によって音楽技法の完成ともみられる世界が開示された。そこにワーグナーたちは乗っかった訳だが、アイデアを音楽外に求めれば求めるほど、その完成度では補いきれなくなっていった。
それ故音楽語法が本来持つ原点に返り、それを極めようと、ブラームスはしたのかもしれない。「音楽」という独立した世界を守る道である。しかし、彼はそこから「発展」の方向性をも葬ってしまった。
実際、「音楽」という独立した世界は誰のものだろう?作曲家のものか、聴衆のものか?「音楽の独立」などといってもそれを取り扱う「人」の存在が欠けていては「音楽」は存在し得ない。
作曲家と違って、聴き手は必ずしも「音楽」の絶対性を求めているわけではない。人によっては「耳障り」の良いもの、「華麗なもの」などを求める。大衆の中で音楽の「絶対性」などというものを求めるのは一体誰なのだろうか?
その数は少ないに違いないが、ところが、ブラームスの音楽を求めるのはそういった人たちなのである。
もっというのなら、ブラームスは「クラシック音楽」の語法で「クラシック音楽」を練り直しているのである。
まさに彼の音楽は「クラシック音楽愛好家」のための「クラシック音楽」なのだ。そしてその「音楽の絶対性」を聴き分ける能力において「クラシック音楽愛好家」たちは自負心を持ち、まさにブラームスの音楽はそれに答えているのである。
音楽の「大衆性」はモーツアルトやハイドン、ベートーヴェンの頃は、ブラームスの時代と比べればまだずっと未分化だったように思える。今日、ブラームスの音楽が「音楽会」以外の日常に現れてくることは珍しい。時折耳にはするが、モーツアルト、ショパン、ワーグナー、ヴェルディなどに比べれば明らかな差がある。
バッハもベートーヴェンも、極論すれば過去の音楽群をまとめ、それを統合し、さらにその上に、音楽そのものを発展させたのであった。ところがブラームスの時代、「音楽」といわれるのもの範囲が巨大化し、絶対性と標題性との間で引きちぎられることとなってしまった。それが各個人の党派争いとなってしまったせいで、統合者がいなくなってしまったのだ。
ブラームスの場合、過去の音楽の結合の要素は強い。しかし、バッハとベートーヴェンのように音楽をもう1つ上のレベルにまで引き上げることをしなかった。充分な過去の技術の裏付けがブラームスにはあったが、「発想」という意味での「新しいアイデア」を彼は消化できなかった。
逆にいえば彼は生涯、我々が「クラシック音楽」と呼ぶもののブラッシュ・アップに努めたのであり、その作品の完成度がかのベートーヴェンより高いのは当然ともいえる。
しかし・・・本質的なところで彼には音楽を発展させる能力を欠いていたのであろうか?3大Bの一人ともいわれる彼に・・・その素養があったのではなかったか?
19世紀中葉から後半にかけて、音楽を新しいレベルに引き上げたのはワーグナーだと思われていた。ところが彼には音楽における論理的な裏打ちが弱く、ついには「音楽の絶対性」を破壊する道筋をつけることとなる。
もしこれをワーグナーでなく、ブラームスがその高い技術で、新しいアイデアとの結合を行っていたらどうなっていただろう?音楽はもっと安定して、新たな次元に向かっていた可能性はあったのではなかったか?
しかし歴史はそうはならなかった。全体像を掴むにはワーグナーは巨大すぎ、またベートーヴェンの後を継ぐという、大衆の期待から、彼はのびのびと自由に発想する時間を奪われてしまったような気がする。彼に第2の楽聖への道を歩ませようとしなかったのなら、あるいはブラームスはもっと自由な発想を得ていたのかもしれない。
