失楽園 |  ヒマジンノ国

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ジョン・ミルトン著、「失楽園」。平井正穂、訳。岩波文庫。

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イギリスの詩人、ジョン・ミルトン(1608-1674)の著作で、聖書の創世記をもとにした物語。旧約聖書で簡潔に述べられている、アダムとイヴ(エヴァともいう)の説話を物語風に述べた叙事詩となっている。清教徒革命などにも参加し、活動的な詩人であったミルトンの代表作でもあり、世界文学の有名な著作の一つとなっている。


物語そのものは有名で誰もが知っている。アダムとイヴが禁忌とされていた「知恵の実(善悪を知る実ともいう)」を食べ、神の怒りに触れた二人は、楽園を追放される、というもの。だがミルトンは、旧約聖書の簡潔な物語を、私達にもっと身近な血肉の通った存在へと移し替え、単に「神話」という枠組みには収まらない、一編の物語とした。


ミルトンの創作によって、旧約聖書には「知恵の実」をイヴにだまして食べさせたのは「蛇」となっているところを、この「失楽園」では「蛇」に入り込んだサタンがイヴを誘惑したとする。そういう意味ではこの作品は「神」と「悪魔」との狭間における「人間の弱さ」と、「運命」を表現している、ともいえる。


創世記のこの物語で明らかにされているのは、人間の持つ、「認識」が「善(神)」と「悪(悪魔)」の間で、起こす事柄への意味合いである。


アダムとイヴが行った「罪」、つまり「神」よりも「他の者(ミルトンの場合、サタン)」を信じるということの意味が「知恵の実をかじる」という、暗示的な表現で描かれている。これを「原罪(オリジナル・シン)」というが、「神」と「悪魔」という枠組みがなくとも、確かに人間の犯す「罪」の原因となる事柄を、明確に描いているのは事実だと思う。


人は「善」と「悪」を知ることにより、自身が「悪」と感じるものを避けるようになることが多い。極端な話をすれば自分を「不快」にさせること、自分を「苦しめる」こと、また自分が「気に入らないこと」を時に人は、「悪」といいだす。


自分が嫌なことを避けるために人は争ったり、罵り合ったりするが、その根本的な原因こそ「善と悪とを知ること」といっているわけである。

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アダムとイヴの物語を旧約聖書で読んで物足りないと思うのなら、このミルトンの著作はもっと分かりやすい。アダムとイヴ、あるいは天使や神、悪魔達が我々の世界と近いところにいるように描かれ、実際の肉体を持っているように思えるからだ。


「知恵の実」をかじったアダムとイヴが互いを罵り合うシーンなど、当然旧約聖書にはないのだが、ミルトンの著作にはアダムとイヴがいい合いをする様子が、割合と生々しい印象で描かれていたりして、現代人にも興味深いものがある。


「無垢」が失われてしまう、人間の性(さが)を理解するのに、このミルトンの著作は、17世紀の文学とも思えぬ、リアリティーを発揮する作品だと思う。