ロマン・ロラン著、「トルストイの生涯」。蛯原徳夫、訳。岩波文庫。
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ノーベル文学賞を受賞した、フランスの作家、ロマン・ロランはトルストイの文学に自身の理想をおいた。彼は、若き時代にその敬愛する世界的な人物に、自身の悩みを述べた手紙を書いたのだった。
この書物にはその手紙に対するトルストイの返信と、彼の評伝とがある。ここに描かれる、ロシアの文豪に対する、人間的な弱さに目を向けた描写は、いつものロマン・ロランのやり方である。
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現代社会、人間が、誠実であればあるほど、そのあり方が奇異に見えるようになる場合がある。もし、あなたが「戦争と平和」や「アンナ・カレーニナ」などという、完成度の高い文学作品を書いて、世界的な名声を得たとしよう。
人によっては、その自分の業績に対して、天狗になってしまうのかもしれない。あるいは、驕り高ぶることなく大人しくするのかもしれないし、また、次回作はより良い作品にしようと思うのかもしれない。
しかし、芸術家が時折、驕り高ぶっているように見えるのは、その「芸術」がとても「価値の高い」もので、一般人には「簡単に」理解できないような、崇高なものであり、それを作り出した作り手は、その「芸術作品」同様、偉大であるか、あるいは、選ばれた者である・・・とういうような、傲慢な考えによっている。
だが、そうした「芸術のための芸術」には一体どれ程の価値があるのか?トルストイは次のようにいっている。
「この世の第一の学問とは、できるだけ悪を少なくし、できるだけ善を多くするように生きるための、学問である。この世の第一の芸術とは、できるだけ容易に悪を避けたり善をつくりだしたりすることができるための、芸術である。」
だから彼は文学者としての名声を確立させた、前記のような作風までも捨てようとしたのである。
こうして、非常に厳しい批判精神を持つ、トルストイは自己とその芸術に対する批判をさらに深め、世界文学の最高傑作ともいわれる、自身の作品についても、その「自己目的性」を改めていった。そのため、トルストイの書く文章はより、寓意的で教育的なものに変化していったのである。
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現代でも「戦争と平和」や「アンナ・カレーニナ」を読む人はいるだろう。しかし、それはけっして大勢ではない。彼の作品は、現代から見れば、大衆性は薄いし、気楽なエンターテインメントでもないからだ。
だから、ここには幾分、選ばれた者が読むべき「文学」という雰囲気を読み取れないわけではないのだ。
それ故、トルストイの創作はその純粋さを残しながらも、より、大衆的な人々に寄り添った単純な創作へと移行していった。
トルストイ著、「イワンのばか」。中村白葉、訳。岩波文庫。
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「イワンのばか」や「光あるうち光の中を歩め」などの小品は、民話的な寓意に満ちた作品で、トルストイが行き着いた芸術観を物語っている。ここには「うまく書いてやろう」とか「綺麗に仕上げてやろう」とかいう作家の思い上がりはなく、終始、時には彼が晩年に傾倒したキリスト教的信条による、人生をより良く生きることについてのたとえ話ばかりとなっている。
トルストイ著、「光あるうち光の中を歩め」。原久一郎、訳。新潮文庫。
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その出来栄えは、確かに一人の作家の手によるものではないような、人間離れたような自然さに満ちていて、大昔からそれぞれ国で語られてきたおとぎ話にそっくりである。
そして、ロマン・ロランはこれらの作品を「芸術以上の芸術」と呼んだのであった。

