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グレン・グールド、バッハ「パルティ―タ5、6番」(1957)。ソニー・クラシカル。

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知性を感じさせる顔、というものがあるのかもしれない・・・。理知的な顔・・・。・・・調和は、おそらく理性的な思考から生まれるのでしょう。きっと、バッハを・・・「運命から」演奏する必要がある人は、何かしらの思慮・・・あるいは高い理解力を求められるのだということ・・・。


バッハの音楽には歌謡性があります。しかしそれは機能的な彼の音楽の中で、時折ないがしろにされているのかもしれません。いや、それは・・・むしろ演奏家のせいというより、僕のような、「聴き手の感受性のなさ」によってスポイルされているのかもしれません。


時代が経ち、バッハの音楽が歴史の偉大な1コマにすぎなくなったとき、聴衆はその「芸術の普遍性」に気付きはしつつも、結局、過ぎ去ったエポックの残滓の一つに過ぎないと思っていたのでしょう。


過ぎ去った時代と現代とを結びつける不思議な力。バッハの演奏にそれがある場合、聴き手の我々は・・・やはり・・・新たな価値をそこに見つけることになります。


グレン・グールド(1932-1982)の演奏を聴いているとバッハの音楽が「当たり前」のものであり、そこにはまだたくさんの汲み取るべき世界があるのだということを思わせます。


確かに作曲家の「いいたいこと」があるとき、人は、「解釈する」にしろ、あるいは、「しない」にしろ、「作曲家が全て」です。しかし音楽が「当たり前」としてあるとき、人はそれを演奏する際、作品にそれ以上のファンタジーを盛り込むことができるようです。


グールドの演奏する、パルティ―タ6番のトッカータが始まったとき、それは完全に現代に呼び戻された豊かな歌であり、バロック音楽であることを忘れさせます。


終始、彼の演奏は歌に満ち、6番のエアーやサラバンドにいたっては、甘く深い、ロマンの調べになっていきます。


ジャケットに見る彼の理知的な顔は、まさに、バッハの演奏家の素晴らしい解釈者であるように思え、加えて、現代の単なる「演奏家」というよりも何か、「芸術家」的な雰囲気が我々を引き付けて止まないものがあります。





ワンダ・ランドフスカ、バッハ「ゴルトベルグ変奏曲」(1933)。ユナイテッド・アーカイヴ。

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ちょうど古楽器のチェンバロと現代のピアノの中間のような音色・・・。それがチェンバロだといわれれば、むしろ「強い」印象がある音色・・・。低音部に濃い味わいがあり、深く鳴らすと、しばしばオルガンを思わせる瞬間がある・・・。


僕は、モダン・チェンバロで演奏されるバッハに非常な興味がわきます。


ピリオド楽器の信奉者達が、演奏を、「その時代の音楽の演奏」に近づけようという試みは面白いものです。その中で使われる、古楽器の新鮮な響きに楽しみを覚えたのも事実です。


しかし、現代ほとんど演奏されないモダン・チェンバロの音色は、今の時代、かえって新鮮でしょう。


ワンダ・ランドフスカ(1879-1959)はポーランドに生まれた伝説的なチェンバロ奏者、ピアニストでした。



彼女のモダン・チェンバロで演奏される、よく歌うバッハの「ゴルトベルグ変奏曲」は、いわばグールドの先駆けだったのかもしれません。落ち着いた雰囲気、しっとりとした時間の流れ、そういった感触は昔の演奏家たちの多くが持っていたもので、安心して音楽を聴き続けられます。





グレン・グールド、バッハ「ゴルトベルグ変奏曲」(1955)。ソニー・クラシカル。

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このグレン・グールドの演奏について、ノーマン・レブレヒトは次のように述べています。


「演奏はこの上もなく素晴らしかった。これまで人を微笑ませることのなかった音楽にとめどない興奮を与え、禁欲的な作品にわくわくするような新しさをもたらした。」(「クラシック・レコードの百年史」ノーマン・レブレヒト著、猪上杉子訳。春秋社。)


結局のところ、このカナダ人の天才ピアニストは、作曲家ではないのに、演奏時の創造性が、彼らと同等のような印象を我々に与えることに成功しました。


バッハはこの曲を「不眠に悩む人を、眠りに導くため」に作曲したといいますが、ここでグールドが行ったことは、人を「退屈」させて眠らせることではなく、人を「楽しませて」、音楽そのものを体験させることでした。


まるで、バッハの音楽とも思えないような、「歌に満ちた演奏」はランドフスカ以上で、楽しさに満ちた、甘美なバッハ像として出来上がっていきます。


それは新たな時代のバッハ像に違いなく、誰もが想像しえなかった、感動の世界なのです。


新盤(1981)、旧盤どちらでもいいですが、自分には旧盤のほうが、音がべたつかず、好みです。

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良き日に、こんな音楽を聴いて眠りにつけるのなら、きっと幸せな夢を見ることになるはずです。