人種の差と演奏2 |  ヒマジンノ国

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<人種の差>


和辻哲郎(1889-1960)は日本の高名な哲学者で、名著「風土」の中で、天才的で独創的な視点でもって、世界中の民族に対する観察をおこなっています。


さて、その「風土」の中で、和辻は、ユダヤ人の気質を砂漠で暮らしていた一つの類型、として説明しています。その、砂漠的人間の本質を哲学者の和辻哲郎は自著の「風土」の中で次のように述べています。


彼は、ユダヤ人を含む、それ以外の砂漠で暮らす人々が、常に何かしらの有を求める、戦闘的な人種になりやすいとして、次のように説明しています。


<乾燥の生活は「渇き」である。すなわち水を求むる生活である。外なる自然は死の脅威をもって人に迫るのみであり、ただ待つものに水の恵みを与えるということはない。人は砂漠の宝玉なる草地や泉を求めて歩かねばならぬ。そこで草地や泉は人間団体の間の争いの種となる。すなわち人は生くるためには他の人間の脅威と戦わねばならぬ。ここにおいて砂漠的人間は砂漠的なる特殊の構造を持つことになる。>


そしてその構造について和辻は二つの理由を挙げています。


まず第一に「人と世界の統一的なるかかわりがここではあくまでも対抗的・戦闘的関係として存する」こと。第二に「自然との闘いにおいて人は団結すること」である、としています。


<人間は個人としては砂漠に生きることができぬ。従って砂漠的人間は特にその共同態において現れる。草地や泉を自然から戦い取るのは共同態における人間である。しかしこの戦いにおいて人間はさらに他の人間と対決しなくてはならぬ。一つの井戸が他の部族に落つることは、自ら部族の生を危うくする。ここでは人と世界の統一的なかかわりが、人間と「他の人間世界」とのかかわりとなる。そうしてここでもまたそれが対抗的・戦闘的関係であり、そこからまた人の子を「産め、殖やせ」という標語が生ずる。人工増殖の神の契約が「割礼」を人間に課したことは、砂漠的人間のこの特徴を表現したものである。>


そしてこうした砂漠的人間の特徴を特に身につけたものとして彼はユダヤ人をあげているのです。


<我々はこれをイスラエルの族の歴史において見ることができるであろう。砂漠に遊牧せるこの族にとっては水に豊かなカナーンの地は楽園のごとく見えた。だから永く激しい戦いによってこの地を獲得し、そこに土着して農業を覚える。>


<人はさらに離散せるユダヤ人がいかにその砂漠的性格を持ち続けたか忘れてはならない。離散はすでに紀元前数世紀から始まっている。緊密なる教団組織をヨーロッパ人に教えたものは離散せるユダヤ人である。人間の全体性の最も強く現わるる砂漠的なる団体様式は、今や宗教の名において超民族的なる実現を要求する。しかしかかる宗教教団を教えたユダヤ人自身はこの教団から閉め出され、あくまでもその民族的特性を維持している。これを維持せしめたものはヨーロッパ人の迫害である。しかしこの迫害を呼び起こしたものはユダヤ人自身である。しからば社会的・歴史的現実としての砂漠は、ヨーロッパの美しい牧場のただ中においても、またその封建的、ブルジョア的というごとき歴史的発展を通じても、なおそれ自身を保持する必然性を持っていたと言わねばならぬ。のみならずその服従的・戦闘的なる人間生活の様式は、かつてヨーロッパ人を魅了し去ったように、今やまた新しく現代人を魅了しようとしているのである。>


確かにこうやって和辻の文章を読んでくると、現在も続く中東の紛争の原因であるイスラエルがどうしてああも頑固なのかが分かる気がしてきますが・・・。この「風土」の記述によるならば我々は今あるイスラエルが敵に対して徹底的に攻撃的で、内向きであるあり方を見ずにはいられません。そして現イスラエルの国家の建国も真に力づくでした。こうしたことはまさに「砂漠的人間」の本質を見ている気がします。


<・・・(中略)・・・かつてイスラエルの族が農業的人間に転化したころには、これを砂漠的人間の堕落として嘲笑する他の群れがあった。・・・(中略)・・・「壁にかくれ一人の君主に隷属する」土着的人間の卑怯さは、彼らの眼には最も浅ましいものに見えた。かかる気風はイスラムの初めになお充分に生きていたといわれている。そこでこの服従的、戦闘的なる、従って特に意志的なる砂漠的人間が、再びまた農地に降り来たって、開花せる諸国民を征服した。イスラムの世界征服がそれである。

 砂漠的人間の世界支配は現代においてなお生きている世界の宗教を通観すれば明瞭になるであろう。インドに生じたものを除いて、キリスト教、ユダヤ教、フイフイ教等は全て砂漠的人間の所産である。・・・(中略)・・・しかし歴史的に見れば、あの小さいイスラエルの族――その最盛期においても国土は長さ五十里、幅三十里乃至十五里に過ぎなかったあの民族――の歴史を、あたかも人類全体の歴史であるかのごとくに、ほとんど二千年の間ヨーロッパ人に思い込ませていたあの力ほどめざましいものはないであろう。砂漠的人間は他の多くの人間を教育した。それは砂漠的人間がその特性のゆえに他の人間よりも深く人間を自覚したからである。>


とうことでユダヤ人がヨーロッパで力があることと、あるいはイスラムとの関係、その辺りのことを見るのにはこれぐらいの引用で、ちょうどいいと思います。さて次に日本人のことをついで、といっては何ですがもう少し簡単にみておきます。これは砂漠的な人種とは「真逆」、ともいうべきもので興味深いものがあります。


和辻は日本やシナ(中国など)を含むアジア地域を砂漠とは違う、湿潤なモンスーンによる気候の影響にあるとしています。


彼は日本人などの東アジアに住む人間を次のように説明しています。一部ですが抜粋します。


<その理由の一つは、陸に住むものにとって、湿潤が自然の恵みを意味するからである。・・・(中略)・・・大地は至るところ植物的なる「生」を現し、従って動物的なる生をも繁栄させるのである。かくして人間の世界は、植物的・動物的なる生の充満し横溢する場所となる。自然は死でなくして生である。死はむしろ人の側にある。だから人と世界のかかわりは対抗的ではなくして受容的である。それは砂漠の乾燥の相反にほかならぬ。

 が、理由の第二は、湿潤が自然の暴威をも意味することである。暑熱と結合する湿潤は、しばしば大雨、暴風、洪水、旱魃というごとき荒々しい力となって人間に襲いかかる。それは人間をして対抗を断念させるほどに巨大な力であり、従って人間をただ忍従的たらしめる。・・・(中略)・・・死は人の側にある。横溢せる生の力が人間の内にひそむ死を押し出そうとするのである。人間はおのれの生の力をもってその生の根源たる力に対抗することができぬ。忍従はここでは生への忍従である。この意味においてもそれは砂漠の乾燥の相反にほかならぬ。

 かくて我々は一般にモンスーン域の人間の構造を受容的・忍従的として把握することができる。>


こうして、積極的で、パイオニア精神に満ちた砂漠的な人生観に対して、日本人やシナ人は忍従的な保守的な人生観を抱くというのです。さらにここに、モンスーン的人生観においても、地域的格差を見るということになるのでしょう。


さらに付け加えて、和辻は日本人については次にようにもいっています。ちょっと説明が足りないかもしれませんが、一応抜粋しておきます。


<日本人の摂取したシナの文化はもはやシナのそれではない。日本人が尊重するのは、空漠たる大いさではなくしてきめの細かさである。外観の整備ではなくして内部のすみずみにまで行きわたった醇化である。>