往年の名ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・シゲティによる、バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ」。
ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)は、ハイフェッツやクライスラー、ティボーなどの20世紀を代表するヴァイオリニストの一人といわれています。
______________________________
これはまさに名曲の名演。
この録音を手に入れたのは、何年前かおぼえてません。おそらく、随分前になります。15年も前でしょうか・・・?
しかし、このヨーゼフ・シゲティの録音を初めて聴いたときから、この演奏が、心に沁みるのを実感したことは、はっきりとおぼえています。「ああ・・・これは良い演奏なんだな」と。
1955、1956年の録音で、音質はモノラルですが、鑑賞には全く問題ないでしょう。
しかし、バッハはたったヴァイオリン一丁でよくもまあ、2時間近くも音楽を作ろうと思ったものです。ビーバーの「ロザリオのソナタ」でさえ、何かしらの伴奏はあるのに、無伴奏とは驚きです。僕は本来管弦楽の、豊かな響きの作品が好きですし、室内楽の作品はあまり聴きません。だから、初めてこの曲を聴こうと思ったとき、ヴァイオリン一丁で2時間とは、多分途中で退屈するだろうと思ったものです。
しかし・・・です。この演奏を聴いてみて、僕はソナタ一番の「アダージョ」から、びっくりするほど、ぐっと引きつけられたのでした。
まさに滋味溢れる名演・・・とはこのことでしょう。バッハのこの曲が名曲なのを実感しました。
バッハの無伴奏によるヴァイオリンとチェロの両曲は、これら楽器による、バイブルで、バッハにしか書けない、内面性豊かな至高の名曲なのです。
______________________________
______________________________
演奏はといえば、シゲティは一音一音、音の意味を弾きわけ、時に鋭く、時に慈しむようにゆっくりと弾いていきます。ある愛好家によれば、「純銀の糸を張りつめたような音色で、音楽美の頂点を極めた至高の音色」といわしめた音・・・でもってこの名曲を演奏するのです。
不思議なもので、この演奏を聴いていると、僕はまるで老シゲティと2人きり、狭い部屋の中で対話しているような気になります。無伴奏のチェロ組曲にしてもそうですが、寒い冬、暖炉のそばで柔らかい暖かさの中、しみじみと語り合うような、あの独特の雰囲気があります。
ヴァイオリンはチェロほど音色が沈み込みませんから、聴いているほうは、チェロ版よりは、少しく明るい気分にもなり、曲が奏でる落ち着いた心の高揚は、人間の内面性を豊かにすることでしょう。
______________________________
バッハを偉大だという人は多いです。こういういい方は、怒る人も多いかもしれませんが、俗にいう、「三大B」の中でも、ベートーヴェンとバッハは、ブラームスをおさえ、さらに特別な存在でしょう。僕の好みからいえば、バッハは必ずしも好きな作曲家ではありませんし、得意でもないんですが、努力してでも聴いてみよう、という気にさせてくれる存在でもあります。
劇的な作品が好きな僕は、やはりバッハの受難曲などの宗教的大作からはいりました。キリストの受難を描いた作品としてはバッハのものが最大にして最高でしょう。