以前バロック・ボックスを買ったとき、ジョン・エリオット・ガーディナーの「ミサ曲ロ短調」が良かったと書きました。僕はバッハの「マタイ受難曲」や、「ミサ曲ロ短調」あるいは「クリスマス・オラトリオ」なんかを、月並みですが、バッハ演奏の大家である、カール・リヒター(1926-1981)の演奏で長らく聴いてきました。
しかし、僕も少し歳をとり、各種ピリオド楽器の演奏を聴くようになってからというもの、あのリヒターの大河の流れのようなスロー・テンポにちょっと疲れを感じるようになりました。だから、できるなら新しいスタンダードなバッハが欲しいと思い、「もしかしたら・・・」と考えつつ、今回はガーディナーの演奏をまとめて買ってみたのです。
イエス・キリストの受難を劇的に描ききった「マタイ受難曲」は、バッハ最高の作品とでもいうべきかも知れません。各種ソリストが、イエスやユダなどの、新約聖書でおなじみのキャラクターを演じながら、エヴァンゲリストの進行によって、物語を進めます。
イエスがゴルゴダで絶命するまでを描き、うるさくない丁寧な音楽で、およそ三時間、聴き手に劇的に人生の意味を問い続けます。
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僕にとって、バッハの「マタイ受難曲」の原点はカール・リヒターが1959年に録音したあの有名な名盤ではなく、もっと後の1979年に録音したものです。これはリヒターの演奏としても、59年盤よりずっとテンポが遅く、濃密な演奏になっています。しかし、何故、僕がこの盤を買ったのかというと、自分が学生の当時、1959年盤を買いに出かけて、まさか1979年に録音したものがあるとも思わなかったからです。
要は、「間違えた・・・」というだけのことです。・・・買ってきてから気付いた僕には既に遅く、貧乏学生にとって六千円の出費は大きいこともあって、長らくこの盤を聴いてきたのでした。
それに比べると、後に聴いた、リヒターの旧盤はずっとテンポが速く、透明感も高いので聴きやすいのは確かです。
それで、今回買ってきたガーディナー盤ですが、当然、テンポはリヒターの旧盤以上に早く、あっさりしています。これは望んでいたことで、悪くないな・・・と思いました。
現在、僕のところには、リヒター盤2種、マクリーシュ盤、メンゲルベルグ盤、ガーディナー盤、カラヤン盤の「マタイ」があります。
マクリーシュ盤は以前も触れましたが、音楽学者のリフキンのいう「一人一パート」説に近い演奏で、面白くはありますが、ちょっと不満が残る内容でした。僕は「ミサ曲ロ短調」にしてもパロットの演奏した、リフキン版とでもいうべき演奏を持っていますが、あんまり好きにはなれません。
ソリストの研ぎ澄まされた響きは面白いですが、「マタイ」も「ロ短調ミサ」も長い曲ゆえ、個人的見解では、一人一パート説は、ちょっと繊細に過ぎると思えました。オールド・ファンにしてみると、全人類の苦しみを背負ったキリスト・・・という感じが損なわれるような気もしますから・・・。ただ好きな人は夢中になれるかもしれません。
メンゲルベルグのものは歴史的名盤で、1939年のライヴ録音です。曲の内燃する劇的な要素を、大編成のオーケストラとコーラスで濃密に描いています。以前はフィリップスから二枚組みにカッティングされていたものを持っていましたが、これはリマスタリングのせいで、最高に音が悪く、聴くに堪えませんでした。しかし、オーパス蔵から出たこのSPの復刻版は音が良く、楽しめます。昔の音がこんなに柔らかい音がするとは知りませんでした。
カラヤン盤は、求道的なバッハファンからは罵られるに違いない、演奏者独自の感性を生かした演奏です。表面的な劇性を追うことによって、ロマンティックな甘いバッハ像を描こうとしたものです。ただこの演奏はカラヤンにしては精度が悪く、特にコーラス部分ですが、カラヤンとしても必ずしも成功とはいえない演奏でしょう。ただ従来のバッハ像に疲れてきた人には面白く聴こえるかも・・・とは思います。
さてガーディナー盤に話題をもどします。
繰り返し聴いて思ったのは、結局、リヒター盤がテンポが鈍く、ピリオド楽器ではないため、演奏や合唱がもやついたりするにも関わらず、感動の質ではガーディナー盤より上、ということでしょう。1959年盤を聴いていると、リヒターは曲の隅々まで神経を通わせており、曲の意味を如実に描こうとしています。またソリスト、コーラスの力強い訴えは祈りにも似て、カール・リヒターの演奏が非常に求道的なバッハであることを実感させます。
ガーディナーも悪くないですが、良くいえば「模範的」で、やはりカール・リヒターほどの突込みがないのです。しかし、ここにリヒターほどの求道精神を求めるのは酷なのかもしれません。ガーディナーのバッハは、決して聴けない演奏ではなく、最近は僕もガーディナー盤をよく聴いてはいます。しかし、彼の演奏は、古楽器で演奏して欲しい「マタイ受難曲」像を壊さないように演奏しているかのようで、表面的には充分ですが、内面的な窮屈さを感じました。
「ミサ曲ロ短調」や「クリスマス・オラトリオ」なんかにも似たようなことがいえるようです。ガーディナーは聴くもののバッハのイメージを裏切るまい、としているかのようです。
バロック・ボックスのときにも書きましたがガーディナーのバッハは全体に「模範的」な演奏で、悪くないですが、「ミサ曲ロ短調」にしても、以前は良く書きましたが、改めてみると結局、リヒター盤に迫ってはいないようです。
やっぱりガーディナーだと、バロック音楽でいうのなら、クラウディオ・モンテヴェルディの演奏のほうが、ずっと素晴らしいと思いました。



