最近はとっても寒くなりましたね。・・・でもこれからその寒さもさらに増して、本格的になるとか。これぐらい寒くなってくると中々外に出るのも億劫になってきます。
止むを得ず、休み中部屋にいなければならないときは、ジュゼッペ・ヴェルディのオペラ、「イル・トロヴァトーレ」と格闘していました。せっかくですし、部屋にいなければならないのなら、まだ理解できていない作品に挑もうということです。・・・まさに格闘。しかもこの作品、寒い季節には全く合いません。
少し前に全曲をCDで聴いたのですが、全然良い作品とは思えず、「ヴェルディ中期の傑作」とかいう、この作品に対する評価も納得いきませんでした。とにかく、「なんだこりゃ・・・?」と、僕は思うばかりでした。
台本の舞台は15世紀のスペインで、アラゴン王国のルーナ伯爵とジプシー女、アズチェーナの復讐の物語です。主人公はトロヴァトーレ(吟遊詩人)のマンリーコとアラゴン国の王妃の女官レオノーラです。結構ややこしい筋立てで、内容的にもひどい台本でしょう。
マンリーコはアズチェーナの息子ですが、実は、彼はかつて、母の敵のため、アズチェーナがさらってきた、先代の伯爵家の子供で、レーナ伯爵自身は知らないもののマンリーコは彼の実の兄弟である・・・という複雑すぎる人間関係。その上、マンリーコはレオノーラに恋をしており、なおかつアズチェーナの息子であることから、マンリーコ同様にレオノーラに気持ちを寄せるレーナ伯爵に命を狙われるわけです。レーナ伯爵は兄弟がジプシーにさらわれて行方不明になっている、と思っているから尚更です。・・・?って分かります、僕のいっていること?まるでパズルですが・・・。
ラストで育ての息子であるマンリーコを殺されたアズチェーナは、マンリーコが伯爵家の子であることから、「敵は取れたよ、母さん!」と叫びますが、彼女も一応マンリーコを愛していたという描写もあって、ラストの決め台詞であるこの言葉は、いくら彼女が苦し紛れとはいえ、かなりの確率で彼女が二重人格者に見えます。また彼女が自分の子供と、さらってきた赤子のマンリーコを、本来はマンリーコを殺そうとしたはずなのに、間違えて自分の子供を火にくべて殺してしまう・・・ということが語られますが・・・このあたりもちょっとひどい。自分の子供と間違える?・・・ない、とはいいませんが、端的に語られすぎて納得しずらいのです。なので、この作品のストーリーを把握しようと思うと、足りない内容を補うため、それなりの想像力が必要になると思います。
この内容の意味不明さとグロテスクさがまずは最初の、僕にとっての関門、となりました。
次は演奏です。僕はカラヤンとマリア・カラスのEMIの全集を持ってますので、とりあえずそれで聴いてみようというわけです。最初に聴いたのが、音が良いもので聴いてみたいと思ったので、カラヤンの1977年録音のステレオ盤でした。多分僕が迷走しはじめたのはこの演奏のせいでしょう。この演奏は、「あきません」。その理由は後に書きます。
これが第二の関門ということです。この「イル・トロヴァトーレ」は、演奏にかなり左右される作品だった、ということでしょう。
一応マリア・カラスのスタジオ録音も聴いてみます。こちらも伴奏はカラヤンです。こちらももう一つです。当然どちらの演奏も、理性的に考えれば、分からない、ということではないんです。ただ、何度聴いても「面白い」と思えないことが納得いかなかった、ということになります。
そのため、「ああ・・・だめだ・・・。」と思いつつ・・・仕方なしに別の録音を探すため、自分の納得する音源を求め、僕は旅立ったのでした。
とりあえず発見した二種類の録音です。これで大分と堪能しました。ということで、まずはトゥリオ・セラフィンがグラモフォンに1962年に録音したものから、書いていきます。
結論をいえば、この曲は歌い手が「歌」を、「生き生きと歌って」こそ価値がある作品、ということになるのでしょう。カラヤンの演奏は歌手の歌心を殺してしまっていて、特に1977年の録音ですが、全然感動しないのです。どうもこの新盤は単体でほとんど再販されたこともないようで、駄演でしょう。
テノール、カルロ・ベルゴンツィ、ソプラノ、アントニエッタ・ステッラ、バリトン、エットーレ・バスティアニーニ、メゾ・ソプラノ、フィオレンツァ・コッソット、他。
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そこにくるとさすがにイタリア・オペラの大家トゥリオ・セラフィン(1878-1968)のものは素晴らしいと思いました。
とにかく、4人の歌手も立派、豊かな歌心とオーケストラの中音域、各シーンの正確な描き分けで理解しやすいです。職人技が生きている、ということでしょうか。グロテスクな物語ですが、セラフィンの演奏だと快活で、健康的です。また、この作品にも種々の「楽しみ」があることを、セラフィンは実感させてくれるのでした。
歌手はやはり、マンリーコ、アズチェーナ、レーナ伯爵、レオノーラの四人がそろわなければなりませんが、この盤はとても素晴らしいです。皆素晴らしいと思いますが、個人的にはバスティア二ーニが最高でした。
こうやってイタリアの名指揮者の演奏を体験すると、ドイツの指揮者なんかとも比べてみると、良い指揮者がそろっているなあ、という印象です。特にミラノ・スカラ座の指揮者達は格別なんでしょう。スカラ座の芸術監督には、1898年にトスカニーニが、1910年から1914年まではセラフィンが、1930年にはヴィクトル・デ・サバータ、ヴィットリオ・グイという指揮者がなっています。戦後はカラヤン、アバド、ムーティーが、ということで質は高い、ということです。
特にトゥリオ・セラフィンはトスカニーニが1957年に亡くなると、生前のヴェルディを知る最後の指揮者となりました。トスカニーニの亡き後、彼が実質的にイタリア・オペラ指揮者の最高峰だったといえましょう。
ガラトプーロスの言葉を引用します。
<彼はしばしば、当然の賛辞として「歌手の指揮者」と呼ばれたが、それは、人間の声を理解して芸術に応用するときの深い洞察力と妥協のない姿勢によるものだった。さらに、演奏スタイルにたいする非凡なセンスと品のよさに加えて、全権を掌握しながらもつねに歌手を思いやる姿勢によって、彼は、少なくともオペラ指揮者として芸術界の頂点にのぼりつめた。>
またマリア・カラスも自分の芸術上の育ての親として、イダルゴとこのトゥリオ・セラフィンをあげて、次のように語っています。
「あれほど思慮深く芸術性にすぐれた指揮者のもとでリハーサルをするのは最高の経験でした。彼はいつも、歌手の手助けをして欠点を修正させることをいとわない―――歌手に指示して修正させるといったほうが当たっているかもしれません―――し、スコアに隠された言外の意味を独自に探る余地を与えてくれるんです。」
ステレオ録音を残してくれた、この老獪な名指揮者が、長生きをしてくれたのは我々にとって喜ばしいことだったと思います。
さて「イル・トロヴァトーレ」の録音をもう一点。
グイード・ピッコ指揮、「イル・トロヴァトーレ」。ソプラノ、マリア・カラス、他。
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これはマリア・カラスのライヴ録音です。1950年のメキシコ・シティでの実況録音になります。初めて聴いたとき、あまりに音が悪いので、「こんなのを聴かなきゃならないのか・・・」と正直思いました。しかし我慢して聴き続けていると・・・。
とってもくどいほどの熱い演奏であることが分かってきます。どの歌手もすごい迫力ですが、特にマリア・カラスの第一幕の歌いっぷりの素晴らしさ。
第一幕のレオノーラのカヴァティーナの美しさを一体何にたとえましょう。ベル・カントによる「歌」による芝居の最たるものでしょう。彼女特有の、こもり気味な声が、この金属的で、剛直なまでの力強い声の芯に、人間的な温かみを加え、まさに彼女独自の、個性的な歌声を形成します。そして人間の感情の幅の振幅を、明晰に、振り幅大きく歌い上げながら、最後の抜け切った声の素晴らしさときたら・・・。
この声は、前回書いたバルトリやゲオルギューのようにたんに「美しい」という声ではないのです。マリア・カラスに比べれば、バルトリやゲオルギューの声は、没個性的で、平均的なものにさえ思えます。
またこの第一幕での三重唱の素晴らしさは一体何なんでしょう。この辺りまで来ると、僕はすっかり音の悪さを忘れて聴きいっていることに気付きます。ともかく・・・何という贅沢な時間だろうと思わせます。
このような熱い歌唱で、この作品を聴いていると、作品のグロテスクさは、逆に、ラテンの熱い血を表現するための、必要な条件に聴こえてくるから不思議です。互いが呪い合う、呪術的にさえ聴こえてくるその歌は、濃密なイタリアオペラの時間を演出します。
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さて、ここでちょっと本の紹介をさせてください。僕がマリア・カラスのことを書くときに引用している本で、二冊あります。一冊めはユルゲン・ケスティングの著作「マリア・カラス」。彼は1940年生まれのドイツの音楽評論家で、彼のこの本は実践的な内容で、レコードを聴くには欠かせない内容になっています。もう一冊はギリシア人で、マリア・カラスの追っかけをしていた、ステリオス・ガラトプーロスの「マリア・カラス、聖なる怪物」です。
前者は特にマリア・カラスの演奏論、あるいはレコードの批評にページを割き、後者は伝記の部分にページを割いています。そういう意味では初めて読んでも、ガラトプーロスの評伝は面白く、分かりやすいですが、ケスティングの本は少しばかりでも、カラスのレコードを聴いて、理解している部分がないとチンプンカンプンです。
初めは僕もレコードをほとんど聴かずにケスティングの本を読んだものですから、その内容はまさにチンプンカンプンでしたが、レコードを聴いてから気になったことをケスティングの本で確かめてみると、おおよそ自分の感じたことと同じことが書いてあるので、驚きです。
今回の1950年に録音した「イル・トロヴァトーレ」ですが、この録音についてもケスティングは書いています。僕が聴いていてびっくりした、第一幕の三重唱についての描写を引用してみましょう。
<第一幕最後の三重唱は、カラス、レナード・ウォーレン、クルト・バウムという三人の傑出した声の競演となった。ウォーレンは絶大なエネルギーと豊かさで、カラスは集中力を持った輝かしい声で歌う。そして彼女は最後に、高い変二音に飛翔する。バウムがそれに続き、カラスよりも長く音を保とうとした。この決闘では、一瞬の差でカラスが勝つ。バウムが第三幕で――「ああ、あなたこそ私の恋人 Ah, si, ben mio」よりもストレッダの部分で――見せ場を作ったことについても触れておくべきだろう。その歌唱は聴衆を喜ばせるという域を出ないが、これほど力強く、溌溂とし、また安定感のある声はめったに聴けるものではなかろう。>
最後の三重唱で、スタジオ録音でのカラスは他の歌手に合わせて、同時に歌い終わるのですが、このライヴ録音に聴く彼女の演奏ではそうではなく、カラスのみが最後まで声を続けさせます。三人とも大変な迫力ですが、彼らの声を抑え、カラスのみが残るのです。ケスティングはこれを「決闘」と表現していますが、まさに互いのプライドがぶつかり合う、火花散る、生気あふれた舞台といえます。
ただケスティングはマリア・カラスの1956年のスタジオ録音も褒めていますが、ここは僕はやや共感しにくいところです。カラスの声も大分衰えていて、ライヴのときのような張りがなく、不安定です。実際ケスティングも次のように書いています。
<マリア・カラスがEMIスタジオに入り始めた1953年は、彼女の重要な時期がすでに過ぎ去ってしまっていた。それは芸術的にもっとも重要であるとか、ひじょうに実り多い時期というわけではないのだが、おそらく彼女の声の黄金時代であった。カラスが「最高位(アッソルータ)」にあり、ドラマティックなパート、叙情的なパート、装飾的なパートの全てを完璧に歌うことができたのは、1947年から1952年のあいだだけである。>
ケスティングはマリア・カラスの声の最盛期は1947年から1952年までといいきっているわけです。ただ、舞台上でのカラスの最盛期は、舞台を多く体験したガラトプーロスの言葉を借りれば、スカラ座の女王となり、100キロオーバーの体重を60キロ台まで落とし美しくなった、1950年代半ばとしています。
1956年スタジオ録音と1950年のライヴ録音を比べると、カラスの声の問題については、僕にはケスティングのいっている通りだと思えました。

