・・・僕はマリア・カラスの魅力を理解するのには随分時間がかかりました。正直好きな声でもなんでもなく、当初は噂だけで「すごい」しかといわれているようにしか思えませんでした。ただ全集を買ってから理解は大分と進みましたが・・・。
今ではその魅力もそれなりに分かります。特にとどめだったのはこの「アイーダ」の1951年のメキシコ・シティのライヴ録音を聴いてからです。僕にとってみると、ジュリーニとの「椿姫」よりもこちらのほうが驚きの録音でした。
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「アイーダ」は古代エジプトを舞台にした悲劇的オペラです。
物語は敵同士で相思相愛であるアイーダとラダメスが、二人共に、生きたまま墓に埋められるまでのいざこざを描きます。物語と音楽は第二幕あたりから盛り上がりをみせ始めます。第一幕の後半もかなり美しいですが、ヴェルディは全体にエジプトを感じさせる神秘的な印象を散りばめつつ、他方で有名な例の行進曲を交えながら迫力のある、スペクタクルな音楽を描き出していきます。
そんな「アイーダ」ですが、主人公アイーダのキャラクター故、先に述べたように、マリア・カラスはこの役にあまり興味を抱いていなかったようです。ただそれでも、特別彼女の見せ場がなくとも、アイーダはカラスにとって充分歌える役だったのでしょう。スカラ座で女王となる前の、駆け出しのころ、彼女はこの曲でラテン・アメリカでの成功の一つを掴み取ったのでした。
1950年に彼女はメキシコ・シティで「アイーダ」を公演しました。
<第二の演目『アイーダ』の舞台稽古が終わったあと、カラサ=カンポスはカラスとシオミナートを自宅に招いた。二人を案内したデュポンによれば、カラサ=カンポスは、メキシコの前世紀の有名なソプラノ歌手、アンヘラ・ペラルタが使った『アイーダ』のスコアをカラスに見せ、第二幕のアンサンブル・フィナーレの最後にペラルタが高音のEフラットを挿入したことを示した。彼はマリアに、「この高いEフラットを歌ってくだされば、聴衆は熱狂しますよ。」と言った。マリアは少し驚いたが、にっこり笑って答えた。「無理ですよ、ドン・アントニオ。それはヴェルディが書きこんだ音ではないし、不適切ですもの。それに、指揮者やほかの歌手の承諾を得ないといけませんしね。」>(「マリア・カラス、聖なる怪物」、ステリオス・ガラトプーロス著、高橋早苗訳、白水社。)
しかし何の因果か、初めはペラルタのEフラットを挿入することを拒んだ彼女も、同僚のご機嫌をとるために、当日舞台でその高音を歌う羽目になるのです。
そして公演後、予想通り聴衆は沸き、熱狂しました。
「アイーダ役の彼女の成功は完璧なものだった・・・・・・聴衆は初めから心を揺さぶられ、最初のアリア『勝ちて帰れ』が明快なフレーズでしめくくられるまでのあいだ、彼女の動きをじっと見守っていた。(はじめのうち、彼女は服従的な奴隷らしくふるまっていたが、やがて、自分がエチオピアの王女であることを思い出したかのように変身を遂げた)。ここで、いつまでも鳴りやまない熱狂的な拍手喝采がわき起こると、聴衆は第一級の歌手をまのあたりにしていることを悟り、万雷の拍手のなかで彼女をソプラノ・アッソルータ(究極のソプラノ)と呼びはじめた。」
カラス自身も述べています。
「『アイーダ』は最高の出来でした。聴衆はシオミナートと私に夢中になってくれました。あまりのことに、ほかの歌手たちはショックを受けていました!」(上の引用と共に、「マリア・カラス、聖なる怪物」、ステリオス・ガラトプーロス著、高橋早苗訳、白水社。)
残っている録音はこの大成功した公演の翌年の1951年のものですが、おそらくその熱狂は変わらないでしょう。指揮者はムニャーイからファブリティースに変わり、ラダメスはピッキからデル・モナコに。
音は大変に悪いですが、鑑賞には堪えます。始まってからの観客のざわつき、それに何だか物々しい雰囲気・・・。
そして劇が進行し、第二幕のフィナーレにいたり、始まるあの高音のE音!
初めて聴いたときは何が始まったのかと思いましたが・・・。マリア・カラスの伝記本は既に読んでいたので、知っていてもおかしくなかったのですが、こんなことはありえないと思って1955年の録音を聴き直してみたりしました。しかし当然、1955年のスタジオ盤ではやってないんですね。
伝記を見返してみてこれがライヴだから・・・ということを知ったのですが。
舞台を支配するのは指揮者でも何でもない、フィナーレの壮麗な合唱に一本の気高い筋を入れる、プリマドンナのマリア・カラス。確かに内気なアイーダとも思えない瞬間ですが、劇全体を見渡すように高らかになるその歌声は、訴えかける効果が最高で、劇場の天井を突き抜けるかのようです。
聴衆もその途中から自分達が信じられない瞬間に立ち会っていることに気付いて、ボルテージがどんどん上がっていくのが分かります。いやはや、びっくり・・・そして万雷の拍手!
当然その他の部分も聴き応えがあります。
マリア・カラスの良さはライヴを聴いてからしか分からないという人がいますが・・・まさにそうした意見を首肯する瞬間なのでしょう。
興味ある人は是非、というところではないでしょうか。

