初めてカラヤンの「ペレアスとメリザンド」を聴きました。・・・とても美しく、素晴らしかった。
ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」について、僕は他にもデュトワとアンセルメの録音を持っていますが、デュトワは音作りの隙は少ないものの、音そのものは硬く、劇の進行も硬直しているようです。それに比べるとアンセルメは柔らかな音と劇の進行がありますが、やや時代を感じさせるものでした。
そしてカラヤンのペレアス・・・。
これは音楽も劇の進行も精妙で柔和な表情が素晴らしく、なおかつインターナショナルな感触。神秘的な自然の甘く美しい描写がそよ風のように過ぎていきます。とにかく絶妙という言葉が良く似合います。ドビュッシーの雅で、美しい管弦楽に耳をそばだてる喜び・・・、コルトーのところでも書きましたが、今日のような良い天気の午後は、こうした甘い音楽を味わうには最も素晴らしい時間だと実感します。
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マスメディアを手中に収め、多大な利益を得て、史上初めてといってよいでしょう、スター指揮者としてクラシック音楽界に君臨したヘルベルト・フォン・カラヤン。そんな彼が得意とするのはオペラだったといえます。
人によってはカラヤンであればどんな曲の演奏でも良いといいますが、どうでしょうか・・・。音楽鑑賞などは所詮は趣味です。批評や論評も結局は個人のさじ加減でどうとでもなるもの・・・。ですが、それでもなお批評の発達したクラシック音楽の世界では、歴史的人物に対してある一定の評価が定まっていきます。
それは当然カラヤンについてもです。
そのカラヤンの従来の評価を確かめるためにも、カラヤンに批判的な日本の音楽批評家の意見をみてみようかと思います。まずは遠山一行氏。これは氏が1950年代、パリに留学していたころの思い出話からです。
「形式的な言い方になるかもしれないんだけど、聴衆がどんどん拡大していった部分に受けたんだと思うんだな。僕がいたころは、戦後そんなにたっていなかったから、経済的な事情も悪かったですし、ヨーロッパ人の生活も地味でしたから。音楽会の聴衆も限られていた。それが、僕がいる間はそんなに変わったとは思えなかったけど、日本に帰って、二度目に行くまでの間に、ヨーロッパの経済成長が始まったんですね。日本よりちょっと遅れて経済成長が始まった。そこで新しい聴衆が発生してくると、カラヤンはそういう層を自分の聴衆にしたと思います。」
そして遠山氏は昔からのファンについても語っています。
「カラヤン批判派は多かったと思いますね、とくにドイツでは。」
あるいはカラヤンが死んだ直後の石井宏氏の意見。
「これは帝王の死ではない。セールスマンの死である。芸術家としてのカラヤンの魂はとっくに死んでいた。」
まあ・・・こんなところでしょう。僕も全く的を得た意見だと思います。特に彼の無駄に権威的だった側面は批判されるべきでしょう。
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しかしながらこのカラヤンという人物が膨大な仕事をし、美しい録音も数多く残していることもまた評価されるべきでしょう。
確かに多くの仕事をすれば手抜きの仕事も出てきます。彼の場合それが自身の利益のためだったかも知れませんが、それでもなお、グラモフォンやEMI、デッカに残した大量の音源には目を見張ります。
僕には晩年に至るほど彼は内的な情熱を失っていき、演奏が外面的になっていくように思えてしかたありません(もちろん例外もあります)。「マダム・バタフライ」も70年代にデッカに入れたものと、50年代にEMIに入れたものを比べると、50年代に入れたもののほうが情緒的でロマンティックな表情が多いようです。しかしデッカに録音したものは音響が極めて美しく、僕の愛聴盤になっていますが・・・。
僕はカラヤンならどんな演奏でも良いという意見には反対で、そうした意見ばかり主張する人には正直、胡散臭さを覚えます。他方、批判派が繰り返し主張するように、カラヤンがあまりに権威的で私服を肥やすことだけに熱心だったとも必ずしも思えません。
仮に批判派のいうことがかなりの程度正しいとしても、彼の残した録音の全てが悪いということにもならないでしょう。
やはりオペラの演奏がこれだけ美しいとなると・・・当然ですが、彼もまた音楽を愛していたのだと思います。・・・少なくとも、愛していた時間があったのです。良くないものもあるとはいえ、彼の残してくれた沢山の美しい音源を聴かないのはやはりもったいないと思います。
そういう意味でも、カラヤンはその業績に対して、一定の評価がされるのは当然なのではないかと僕には思えます。

