アルフレッド・コルトー(1877-1962)とマリア・カラス(1923-1977)の全集を買ったのは、僕にとってみると一種のリベンジといえます。
かつて両者については少し自分のブログでも触れましたが、CDを聴いても、結局その良さが分からなかったのですから。
「カラスのチューインガムをふくんだような発声」といったのはスポーツ評論家の玉木正之ですが、彼女の場合、僕が初めて聴いた全曲盤がプッチーニの「マノン・レスコー」だったということも、僕自身が彼女の無理解にいたる原因があったようです。
カラスの場合、やはり当たり役の「トスカ」や「ノルマ」あるいは「ルチア」あたりから聴いたほうが良かったようです。
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・・・美しいものが記憶に残るような土曜日の午後。
今日は東京は素晴らしい天気で、春を先取りしていました。美しい梅の花が香り、温かな空気がそれを助長します。
時間をもてあました僕は、コルトーの40枚組みから順に聴いてきた、22枚目のCDをかけます。曲目はドビュッシーのプレリュード集。ロマンティックで濃厚な美意識が部屋の空気の印象を変えていくのが分かります。
当初、理解できなかったコルトーのピアノ。しかし今回買ってきた全集では何の困難も感じることもなく、一枚目のCDから入り込むことができました。そしてそれは今では素晴らしい体験になりつつあることを、ここで告白したいと思います。
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CDに時代順に並べられた録音は1919年から1959年までのものです。
EMIに残された彼の録音、40年分が40枚のCDになって今回まとめてボックスになりました。
1919年に録音された一枚目のCDをかけたときから、僕は不思議な思いにとらわれます。録音というものはおそらく当時の空気そのものまで伝えるのでしょう。伝わってくるのは落ち着いた、柔らかい空気の感触・・・。
「古い」、という言葉だけでは片付けられない、魅力的な空間。フランスの大ピアニストによる、美しい体験がそこにはありました。
・・・ショパンが死んだのが1849年でした。ですから、1877年生まれの彼は完全に19世紀の人間です。ヨーロッパでは20世紀の始まりは第一次世界大戦の始まる1914年からだという人もいますが、その1914年にはコルトーは既に37歳。
彼はロマン派と同じ時代の空気を吸って生きてきたといえます。
コルトーは20世紀最大のショパン弾きといわれましたが、その彼はショパンでさえ決して難しそうに弾きません。それはテクニックが高いから、という理由ではなくて、ショパンがいかに偉大であるといっても、彼にとっては同時代の先輩でしかないから、という理由からだと思われます。
また、彼は構えてピアノを弾く、ということがないようにみえます。だから演奏はとても自然。そこから紡ぎだされるのは、夢見るように美しい、ロマンティックで、濃厚な美意識に彩られた色彩的なピアノ。
それは現代の演奏家からは体験できないような、甘くて自然な音の世界です。
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主に録音されているものは、ショパン、シューマン、ドビュッシー、リスト、フランク、サン・サーンスなど。特にショパンとシューマンが目立ちます。
カザルス・トリオやティボーを伴奏したものも含まれていますが、当然、このボックスに含まれている、ほとんどの録音の音質は良いとはいえません。おそらくは玄人向けの全集なんでしょうが、ファンなら一度は聴いてみたいものばかりではないでしょうか。




