スター・ウォーズ2 |  ヒマジンノ国

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長谷磨憲くんち

<フォースとは?>


キリスト教の力のあり方、その力のあり方の源について語った伝説の一つに聖杯伝説がある。


かつてイエス・キリストがゴルゴダの丘で絶命した際、彼の死を確かめるため、兵士のロンギヌスがキリストの脇腹を槍で突き刺した。そしてその血を受けるために差し出された杯こそが聖杯であり、キリスト教では人間の生命力の象徴となっている。


実際、ロンギヌスの槍は聖槍であり男性の象徴であるとすれば、「ダ・ビンチコード」でも描かれたように聖杯は女性の象徴でもある。

槍が強い意志の象徴だとすれば、杯こそが生命力の象徴となる。


ルーカスは当初、ジェダイの力の源にこの有名な聖杯のような力を想像した。しかし映画でその内容を説明するには時間がかかる。時間の制限がある映画でそれに近い内容を語るのはあまりに非効率的であった。

そのため、ジョージ・ルーカスはそうした力について一言で分かるような普遍的な言葉を創造しなければならないと考えたのである。


そして彼はそれを「フォース」と名付けたのだ。


映画という限られた時間で完成される物語の場合、それは止むを得ないことであったし、現在こうしてその言葉が世界中に広がっていることを見ると、ルーカスはこれ以上ないほど適切な言葉を考え出したともいえる。


それでも僕の所感によれば、この「フォース」なる理力は未だに聖杯のイメージを色濃く引き継いでいると思う。


キリスト教にはステンドグラスや、パイプオルガンの音など、芯のある透明感が欠かせないが、ライトセーバーはまさにそうしたイメージにぴったり来る。


本来、スター・ウォーズの世界の中でライトセーバーは惑星タイオンで生まれた初期のジェダイ・オーダーが惑星外の脅威と対決することを目的に作られた武器という設定である。彼らは惑星外のテクノロジーを用い、レーザー・ビームを凍らせることによってライトセーバーを作り上げたのだった。


そしてその過程がどうあれ、我々はライトセーバーこそ「フォース」が具現化したイメージそのもののように見える。


このスター・ウォーズの世界は美しい透明感に彩られながら、その理力「フォース」の力を良く現しているのだ。


「フォース」にしろ「聖杯」にしろそれは人間とこの世界の持つ普遍的なエネルギーを思わせる。それは中立の力で使いようによっては善にも悪にもなるものである。


そしてこの人間や世界に本来備わっている「理力」の扱い方を正義の騎士ジェダイと暗黒卿のシスという善と悪を象徴した存在で描くことによって、ルーカスの映画は普遍的な価値を獲得したのである。

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<映像のマジック>


ジョージ・ルーカスは自分を映像で見せる作家だといっている。

それはまさにその通りで、彼はどんなにおかしな出来事でも目の前で現実に起こっているように見せる能力を持っている。


VFXや新しいCG技術が発達したとしても、そこに彼自身の極めて明晰ではっきりとした映像に対する感性がなければ人々はこうもスター・ウォーズに驚かなかっただろう。


この映像に対する優れたリアルな感性がスター・ウォーズの確立に一役買っている。


彼の場合まさに映像のマジックという他ないだろう。

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<簡単な総評>


古代共和国の確立からシス大戦やクローン大戦などの銀河大戦を経て、やがて現れるニュー・ジェダイ・オーダー。


スター・ウォーズでおよそ3万年におよぶ壮大な銀河叙事詩をジョージ・ルーカスは創造した。


そしてそこに存在するジェダイの騎士とスカイウォーカー一族の系譜を描くことによって、作者が表現しようとしたのは現代に新たな分かりやすい形で描かれた道徳律の存在だった。


・・・かつてから世界中に神話はあったし、また神話を持つ国は強く独自の道徳を持つものだ。


そして確固たる神話のない国、アメリカ。


その神話のないアメリカの一アメリカ人が作ったこのスター・ウォーズの世界は、現代の新たな人々のための神話となったようにみえる。


現代は日本人も自国の神話についてはほとんど忘れており、神話を失っているのも同然である。それは神話を持つ現代の世界中の国々に大筋でいえることではないだろうか。


ここまでこの作品が成功したのは、直接私達の世界と関係ないこの物語の登場人物達が繰り広げるこの世界が・・・結局我々の深層心理に語りかけたからであり、私達神話を忘れた現代人への一種の啓示であったからではないだろうか?


まさにスター・ウォーズこそは現代人のために造られた、新しい時代の新しい神話なのだと思う。