スター・ウォーズ1 |  ヒマジンノ国

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長谷磨憲くんち


僕はSF映画が好きです。ファンタジー映画もですが想像力をかきたてられるから、その手の映画は楽しくってしょうがありません。


僕にとってSF映画の代表作は「スター・ウォーズ」だと思っています。

30~40歳代で、映画「スター・ウォーズ」に初めて出会ったときの衝撃は誰しも忘れがたいものがあるのではないでしょうか?


今回は「スター・ウォーズ」について自分なりの意見を書いてみようかと思います。

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僕が「スター・ウォーズ」を始めて意識したのは小学生の時で、ちょうど「ジェダイの帰還」(まだ当時は「ジェダイの復讐」というタイトルでした)が公開されていた時です。


「新たなる希望」の公開時、僕は物心ついてなく、「帝国の逆襲」の時でもまだ「スター・ウォーズ」を知りませんでした。


今でもはっきりと覚えているのがテレビで流れたスター・ウォーズのCM映像で、帝国軍のウォーカーマシンが撃ったレーザーが森の木を破壊するシーンという単純なものでしたが、本当に破壊される木と当時はまだ本物にしか見えないレーザーの映像にびっくりしました。

あまりにびっくりしたせいか、そのシーンは今でもどの場面か映画を観ていい当てることができます。


結局まだ小学生で字幕映画は観るのがつらいということで映画そのものは観ませんでしたが、スター・ウォーズというのは強力なインパクトを僕に与えました。


当時はとにかく驚きの映画でした。

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・・・ということで早速、感想を書いていこうと思います。


まずはスター・ウォーズがどんな位置付けの映画なのか、文体も変えて見ていきたいと思います。


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<スター・ウォーズはSFなのか?>


スター・ウォーズはSF映画だといわれている。


ただ映画を観た人は分かると思うが、その内容は色々複雑な要素を含んでいて一筋縄ではいかないところがある。


SF作品とファンタジー作品は一応のジャンル分けがされているが、実際はこの両ジャンルは似ている点も多く、作品によってははっきりとジャンル分けしづらいときもある。


まずは複雑で色んな要素を含むスター・ウォーズが本当にSFだといい切ってよいのか考えてみることにしようと思う。

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スター・ウォーズの世界である銀河系は我々の日常の世界に比べて明らかに科学が発達しており、優れているように見える。


銀河系を飛び回る宇宙船や、ほとんど人間と変わらないようなアンドロイドなど、こうしたものはまだ我々人類が到達していない最先端の科学技術を現しているのは間違いがない。


これらはこれから我々地球人類が目指す高い科学技術の目標を現しているかのようだ。


ところが、スター・ウォーズのエピソード5、「帝国の逆襲」で帝国軍のスノーウォーカーが反乱軍の戦闘機が発射したケーブルを絡まされ、足をもつれさせて倒れる、というシーンがある。


長谷磨憲くんち

長谷磨憲くんち

そして四本足とはいえ戦闘用のマシンがまるで古代の狩人に狩られてしまうように、足を絡ませて倒れてしまえばそれはどうも旧時代の原始的なやり方を思わせ、その高等な科学世界とは相容れないような印象を与えている。


長谷磨憲くんち

日本のSF作家、筒井康孝は著書の中でそのスター・ウォーズの非科学性についてかなり文句をいっており、ケーブルでロボットの足をからませてはおしまいなんだ、とのたまっていた。


確かに高い科学技術の世界とこうした旧時代を思わせる戦いの融合がスター・ウォーズの魅力の一つかもしれないないが、そこに論理的な整合性は薄いといわざるを得ない。


実際その他にもおかしなシーンはいくらでもある。大体、真空の宇宙空間で戦闘をおこなって爆発音を伴って炎が上がるなどありえないし、宇宙船や戦艦の形なども実際の宇宙でのことを考えれば頭をひねりたくなる。

その点でいえばスタンリー・キューブリックのSF映画、「2001年宇宙の旅」はひどくしっかりしているのが印象的だった。

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<スター・ウォーズの狙いとは?>


しかしながら僕は、多くの人がこの作品の虜となって夢中でスター・ウォーズを見るのは、やはり監督のジョージ・ルーカスに別の狙いがあったからだ、と感じられる。


ジョージ・ルーカスはこの作品を撮るに当たって、世界の神話を調べたということだが、結局それがこの作品に普遍性を与える結果になったと思う。


実際、この物語はジェダイの騎士を中心とした一種の騎士道物語とも取れるが、これはやはり西洋風の英雄譚である「サガ」を思わせる。そしてそれはアーサー王に魔法使いマーリンが付き添ったように剣と魔法の世界にも繋がっている世界のあり方だろう。


アメリカのファンタジー作家、フリッツ・ライバーはファンタジー作品を形作る概念として、「S&S」,日本語でいうと「ソード&ソーサリー」・・・要するに「剣と魔法」という概念を造語した。


これは確かにファンタジー作品(ライバーの場合、小説になる)には分かりやすい概念だが、よく考えてみるとこの概念はある程度までスター・ウォーズにも当てはめることができるといえるだろう。


ひどく単純化して考えてみればジェダイナイト達が例外的に魔法張りの超能力を使うことがあることがあるとはいえ、スター・ウォーズという作品の象徴のひとつである「ライトセーバー」は「剣」そのものであり、同時にかの銀河系を覆うあらゆる不可能を可能にする技術こそは「科学」であって、それはまるで我々には「魔法」のように見えるほど発達している。


S&S、剣と魔法・・・スター・ウォーズの場合「Sword&Science」とでもいうべきかもしれないが・・・そのS&Sの本質は両者ともその作品の中での役割は良く似ているようにみえるのではないのだろうか。


確かに科学技術の書き方がおかしいとはいえ、それは一種の目的を持って描かれているのは間違いなく、ファンタジーとSFのハイブリット的な世界を創造することによってルーカスは現代に新たな神話を作ろうと試みたのである。


そしてその完成された世界観と内容は多くの嫉妬や批判を退けるだけの作品となったのは周知の事実である。


結局どんなに筒井康孝が文句をいったところで、スター・ウォーズという作品の説得力は落ちることがない。むしろその点については筒井の無理解と嫉妬しかあぶり出しはしなかったともいえる。・・・もし筒井の肩を持つとすれば・・・確かに純粋にSFとしてみた場合、この作品がそういった部類に入るかはやや疑問が残るということだろう。


とはいえ・・・である。スター・ウォーズはやはりSF映画に分類されるだろうし、SFというジャンルである以上、完璧に人々の批判から逃れられるような世界観や設定を持つことはほとんど不可能である。


そしてそれは結局、形作られた世界が「フォース」という理力を描き出すにつれ、その内容の意義をより強く意識させられる結果となり、その創作した世界の価値を確固たるものにしていったのである。