アントン・ブルックナー2 |  ヒマジンノ国

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長谷磨憲くんち

20世紀の終わりから21世紀のはじめにかけて、アントン・ブルックナーの交響曲は再び脚光を浴びていた。ギュンター・ヴァントやセルジュ・チェリビダッケという指揮者達が、以前の指揮者達よりも近代的で精緻な解釈をみせ、その音楽に潜むより深い内容を抉り出したからだ。


アントン・ブルックナーが生きていた19世紀後半、この作曲家の交響曲は弟子達が手を入れ、大幅なカットを施された改訂版によって広がっていた。

その弟子達が作った改訂版の目的は、長すぎると思われていたブルックナーの交響曲を短くし、なおかつその響きを当時流行していたワーグナー風に近づけることにあり、今日演奏される原典版の精緻な響きとは違う、大味なものだったのである。


長谷磨憲くんち

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮、ブルックナー交響曲、4番、5番、8番。改訂版。(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。8番のみミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団。)

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ワーグナーのオペラを得意としたハンス・クナッパーツブッシュの演奏したブルックナー。

詳しい事情ははっきりしていないが、何故かクナッパーツブッシュはブルックナーの音楽が改訂された改訂版を使い続けた。おそらくはワーグナーの響きに近づけたこの版が彼の気に入ったからだろうといわれている。


これは上述の改訂版を聴ける珍しいCD。


しかし、第4、第5のカットは著しくここで聴くブルックナーは最早演奏史の一コマになったといってもいい過ぎではない。特にこの二曲のフィナーレは曲の醍醐味を相当程度消し去ってしまっている。

第8のそれはこの二曲に比べるとかなりましだが、それで部分部分で違和感を感じることも多い。


演奏は破格のスケールを持つこの指揮者らしい、迫力のあるもので原始的な衝動さえ感じる。過去の大家ならではの演奏だ。


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そうして、世間知らずのブルックナーは世間や取り巻き達の意見や批評を常に恐れ、自身の音楽の改訂を繰り返す羽目になる。

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おかげで弟子達が手を入れた改訂版に留まらず、作曲家本人が手を入れた、第1稿や第2稿なども存在し、同一の曲に数パターンの楽譜が存在する・・・ということになった。



長谷磨憲くんち


エリアフ・インバル指揮、ブルックナー交響曲、4番、8番。第1稿。(フランクフルト放送交響楽団。)

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第1稿、というのはブルックナーが大幅な改訂をする前の初めて曲を書き上げた版のことで、最終的に決定された版とは大幅な違いを見せている。

決定稿と特に違いをみせているのは、第3、第4、第8交響曲だ。


有名なのはワーグナーからの引用が多い第3だが、恥ずかしいかな、自分はまだ聴いていない。

しかしここにあげた第4と第8も大いに興味をそそられる曲となっている。ドラマ性の薄い、いきあたりばったりの展開だが、瑞々さは決定稿を上回るだろう。両曲ともスケルッツォの印象が全く変わっているのが面白い。特に第4のスケルツォがそうだ。それに比べると第8のスケルツォは曲想そのものは原典版とよく似てはいるが、展開が複雑になっている。


インバルの演奏も素晴らしく、ブルックナーを堪能させてくれる。特に音の混ざり具合は完璧で、極めて清潔。さすがにチェリビダッケに師事しただけのことはある。まさにオルガンのような音響だ。

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しかし1896に年ブルックナーが他界し、およそ30年後の1929年になると、この大作曲家に対する見方も変わりブルックナー自身の決定的であろう、原典版による楽譜が、音楽学者ロベルト・ハースなどの手によって発表されるようになる。


さらに1960年代、ブルックナーはマーラーと共にその長大な作品が見直されてブームになり、徐々にその交響曲も演奏家の基礎的な曲目として認められるようになる。その原因は録音技術やマスメディアの発達にもよっているだろうし、あるいは新時代の交響曲のポストをベートーヴェンやブラームス以外に求めた結果だったのかもしれない。


しかし、ここまでにかかった時間はすでに作曲家の死後半世紀以上も経っており、普遍的な価値のある作品が世界に認められる難しさを物語っている。