初期の交響曲である1,2番を除いた第3番以後の曲がブルックナーの代表作と見られている。
教会のオルガニストであったブルックナーの音楽は各楽器が明晰に溶け合い、まるでオルガンのような美しい響きになる。
それはベートヴェンの第9の理想とワーグナー風の壮大な響きを基にして書かれており、その音楽の崇高さは稀に見るものだ。
今回は第3交響曲以降について書いてみた。
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<交響曲第3番>
第1楽章の原始霧の開始から身悶えするような絶叫がこだまする、ブルックナーの渋い名曲。
うら寂しい冒頭のトレモロを過ぎ、空を仰ぐような絶叫を聴くと、音楽は自然界の美しい描写に移行していく。
香しい草原、水色と白い雲を映し出す静かな湖、そよぐ風・・・こうした自然の情景が壮大で感動的な音楽によってこの世の賛歌へと変貌させられるのである。
ブルックナーは1872年の秋にワーグナーからの引用の多い、この曲の初めの稿を書き始めた。しかし、曲を何とかワーグナーに献呈はできたものの、ウィーンフィルはこの作品を嫌い、演奏さえしなかった。ブルックナーは新たにこの曲の改訂をしたが、それでもなお初演は大失敗に終わった。
現在は1889年に完成したものと、1877年に完成したものがある。両方の差は少ないが、1877年のほうが曲はやや長く、エーザー版と呼ばれている。
朝比奈隆指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団。ブルックナー交響曲第3番。
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90年代前半に録音された一連のブルックナーチクルスからの一枚。僕はブルックナーのシンフォニーで3番、9番がもう一つ理解しずらかったのだが、朝比奈隆のレコードで開眼した。
不思議なもので、朝比奈の演奏はとにかく音楽の意味が良く伝わってくる。おそらく同じ日本人が指揮したという、その一点が大きいと思う。ブルックナーを我々より良く理解した日本人がその内容を・・・いうなれば日本人の語法で分かりやすく教えてくれるような趣がある。
当時のチクルスとしては9番、8番と共に最も夢中になって聴いた一枚。
しかし演奏の技術的な乱れを気にする人には余り楽しめないかもしれない。
だが内容は、スケールの大きい、剛毅な演奏だ。
ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団。ブルックナー交響曲3番。エーザー版。
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珍しい1879年版による演奏で、特にフィナーレに第3稿との差が著しい。
1889年の第3稿しか聴いてないファンにはフィナーレで新しい場面を楽しむ事ができる。1980年の録音。
<交響曲第4番、ロマンティック>
厳かに朝日を告げるようなホルンのコラール、そして爽やかに草原を駆るような主題で始まる交響曲4番。7番と共にブルックナーを代表する名曲だ。ロマンティックという副題も作曲家自身がつけた。
この曲は副題のせいもあって昔からブルックナーの交響曲としては演奏回数が多い曲となっている。第1楽章は爽やかな早朝の空気の中を騎馬で駆るような印象があり、音響はクリーミーでさえある。
厳しすぎないこうした曲の始まりがこの曲の人気の一つかもしれない。
この曲も散々改訂され、複数の版があるが現在演奏されるものはほとんど一つだけである。
ギュンター・ヴァント指揮、ベルリン・フィルハーモーニー管弦楽団。ブルックナー交響曲第4番。ロマンティック。
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晩年のギュンター・ヴァントがベルリン・フィルを使って録音したチクルスの一枚。彼がこの世界一の楽団を使って4,5,7,8,9という大曲を残した後亡くなったという事実は、ある意味奇跡に近かった出来事なのかもしれない。1,2,3,6というのは確かにブルックナーの9つの交響曲中でもスケールが小さかったから・・・。
この4番も僕は夢中になって聴いた。どの楽章も素晴らしいが、特にフィナーレを繰り返し聴いたことを良く憶えている。恐ろしく威圧的な第1主題、寂しげな第2主題、そして岩盤のように厳格な第3主題が厳しくも崇高な自然描写を可能にする。
フィナーレの展開部で、音楽はラングザマーで美しくも寂しげな湖に映る夕日のような心象風景を描き出す。そして一転、壮麗さを呼び戻すと、音楽はその展開部の最後で第1主題と第3主題が大轟音よろしく重ねられ、ヴァントの指揮によって凄まじい内声が・・・天にも昇るような、破格のヒロイズムを朗々と奏でながらこの曲の白眉となって鳴り響く。その迫力はこの世の全ての思いを洗い流していくようで、本当に素晴らしい。
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ギュンター・ヴァントとベルリンフィルのブルックナー選集。
この一連の選集はどの演奏も従来のブルックナー演奏にないほど精度が高く、偉大だった。1912年生まれのギュンター・ヴァントは指揮活動を続けながら25年以上ブルックナーの楽譜の研究に打ち込み、1991年北ドイツ放響の主席指揮者を退いてからは演奏に余裕が出るようになった。
その頃から彼はヨーロッパでも久しぶりに「本物」と言われるような指揮者となったが、当時彼は既に80歳を超えていたと言う事実は驚き以外の何物でもない。
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<交響曲第5番>
圧倒的な音響の建築物。ブルックナーの交響曲でも最も力強い、この世への賛歌である。初演当時は長すぎるとして弟子達が改訂し短縮したが、ブルックナー本人はこの曲に直接改訂のペンは入れていない。
そのため原典版は原則一つしかない。
強力な音の柱が屹立する第1楽章、葬送風の気分に満ちた美しい第2楽章、そしてうねかえる鋼のようなフーガが、今まで思いもよらなかったようなコラールへと結びつき、壮大な限りないこの世への賛歌となる感動的な第4楽章。
一切甘さのない音楽だが、ブルックナーの書いた最も素晴らしい音楽の一つがここにある。
ギュンター・ヴァント指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。ブルックナー交響曲第5番。
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まさにベルリン・フィルの鋼のような威力が炸裂する名演。まるで近代建築のような鋭い迫力と強靭さでヴァントはこの曲を再現していく。低弦の迫力もすごい。
ヴァントは晩年にミュンヘン・フィルともこの曲を録音しているが、やはりベルリン・フィルの迫力は桁違いだ。
セルジュ・チェリビダッケ指揮、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団。ブルックナー第5番。
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ギュンター・ヴァントとは対照的なブルックナーの第5番。理知的で圧倒的な弦の美感を追求し、柔らかでふっくらとしたうるさくないブルックナーだ。
感情移入することはなく、全体にスローテンポで音響体としてのブルックナーを感じさせる。
上品な美しさが魅力だ。
解釈そのものはAltus盤もEMI盤も大差ないが、録音で好みが分かれそう。
Altus盤は全体を捉えていて、音楽全体に丸みがある。EMI盤はブルックナーの音楽を見上げるような音響で、個人的にはAltus盤のほうが美しいと思う。
