アントン・ブルックナー7 |  ヒマジンノ国

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長谷磨憲くんち


<交響曲第9番>


交響曲9番は、おそらくブルックナーが完成させていれば彼の最高傑作になたことは疑いがないであろう、未完の傑作。

今までの彼の作品とは違い、冒頭から精神の高ぶりと厳しさが激しく、その後も精神の高揚感はそのままに融通無碍でとらわれのない神秘的な空間を作り出す。


崇高さを完全に閉じ込めた、音楽による精神芸術の頂点の一つだろう。

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ブルックナーが最後に完成させようとしていた交響曲第9番は未完成のまま、作曲家本人が他界してしまった。しかしこの曲は第3楽章までは完成されており、その完成度の高さはシューベルトの未完成交響曲に匹敵する。


最終楽章のアダージョが消えいくように終わるので、聴いているとチャイコフスキーの悲愴同様、完成された音楽のような印象さえある。


そしてブルックナーはこの曲を愛する「神」に捧げた。

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長谷磨憲くんち

カール・シューリヒト指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。ブルックナー交響曲第9番。

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表現は旧時代の硬さを感じさせる部分もあるが、昔の大家でなければ創造できない美しい響きが断然素晴らしい。ウィーンフィルのコクのある音色が出色で、曲の冒頭からこんな音がするのかという驚きがある。


ブルックナーに興味があるなら一度は耳にしたい、歴史的名演だ。


長谷磨憲くんち


セルジュ・チェリビダッケ指揮、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団。ブルックナー交響曲第9番。

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EMIから出ているチェリビダッケのブルックナーは第9番と第7番が素晴らしい。相変わらず異常なほどの丁寧な演奏だが、今まで気付かなかったこの曲の響きが聞こえてくるのはさすがで、間口の広いスケールの大きい表現も難解なこの曲を聴きやすいものにしている。


長谷磨憲くんち

ギュンター・ヴァント指揮、ベルリン・フィルハーモ二ー管弦楽団。ブルックナー交響曲第9番。

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正攻法のブルックナーでスケールも大きく、威力がある。

緻密な表現で、まずは第一に聴くべき演奏だろう。


ただどうも音をいじっているようで、全体にやや奥まって聞こえるのが残念といえば残念か。

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<晩年>


晩年、ブルックナーに最後の交響曲を完成させる時間はもう尽きていた。


第9シンフォニーの第3楽章が1894年、70歳のときに完成し、あと完成させねばならないのは第4楽章だけとなった。だが、ブルックナーは衰弱しきっており、最後の楽章を完成させる余力は残っていなかった。


生涯、その変人ぶりから妻を娶ることもなく、人生を音楽と神に捧げてきたこの作曲家にも最後が訪れようとしていた。


1896年、朝から比較的調子の良いブルックナーはその日も第9交響曲のフィナーレの作曲をしていた。だが同日15時ごろ、お茶を飲みかけて布団に倒れ込むと、骨と皮ばかりになったこの巨匠は大人しくなった。


そしてそのまま静かに何事もなく永眠したという。


長谷磨憲くんち


72歳だった。

それは長い地道な茨の道だった。


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物事を鋭い感性でその本質を見抜くことの多い指揮者フルトヴェングラーはブルックナーについて次の様に述べている。


「ブルックナーとはヨーロッパの歴史全体を通じてごく稀にしか出現しない天才の一人であり、この天才たちに課せられた運命とは超自然的なものを現実化すること、神的なものを人間世界に引きこみ、封じ込めることであったのです。」

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死後、ブルックナーは彼の第二の故郷である聖フローリアン教会のオルガンの下で、神の懐に抱かれて眠っている。