ヴィクトル・ユゴーの小説、「レ・ミゼラブル」。佐藤朔、訳。新潮文庫。
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ショパンの肖像画で有名なドラクロア、幻想交響曲の作曲家ベルリオーズ、そして世界的にも有名で映像や劇などにリメイクされ続けている「レ・ミゼラブル」の作家、ヴィクトル・ユゴーの3人を世界はフランスロマン主義の大家とみなしている。
ロマン主義にあるのは古典的な均整のとれたプロポーションの良い作品ではなく、個人的な願望やその存在意義などを問うた、時に曖昧な要素さえある、19世紀当時の精神運動だった。
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確かにこの「レ・ミゼラブル」も、作者が自分の意図を明確にしており、人々に作者自身の考えと感動を伝えようとする意識を感じる。だが、その作者の意図というのは、ロマン主義によくあるように、かなり個人的な主観を含んでおり、ヴィクトル・ユゴーの性格をこの小説は良く現しているように思う。
いずれにせよ、「レ・ミゼラブル」は素晴らしい小説で、その作品の批判の中には「面白すぎる」という意見さえあるほどだ。
僕がこの小説を読んだのは、ちょうど高校を卒業したころだった。全てを読み終えると泣けてしょうがなく、今思うと、生涯忘れられない印象だったことが思い出される。
「レ・ミゼラブル」の作者は友愛に満ちた心情でもって、不幸な人々を描き出す。
それは必ずしも彼等自身が選んだ不幸ではなく、時と場合さえそろえば彼等も不幸な悪に染まる事がないのだと言う、作者の優しさに満ちた描写は人々に自信と勇気をもたらしてくれる。
反面、「面白すぎる」と言う批判があるように、確かにこの小説に登場するキャラクター達は役割がはっきりしすぎる嫌いがある。しかし、小説自体の意図ははっきりしており、小説全体としては充分な内容だと思う。
作者の小説全体の意図がはっきりしている、と言う意味ならドストエフスキーの「罪と罰」とさえ比べられる気がする。
とにかく、とても美しい物語だと思う。
