マーラー交響曲第3番 |  ヒマジンノ国

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長谷磨憲くんち

マーラー交響曲第三番。ピエール・ブーレーズ指揮ウィーンフィルハーモニー管弦楽団。ソプラノ、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター。

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これはグスタフ・マーラーが1896年に完成させたスケールの大きい交響曲で、彼がまだ人生に順調で、幸せだった時代に書かれた。有名なアッターゼー湖畔の作曲小屋で、規則正しい生活の中で書かれ、雄大な8本のホルンの高らかなユニゾンで始まり、自然描写をメインにすえた壮大な音楽となった。

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この曲には美しい音楽がある。それはこの曲の終結部にある・・・アダージョだ。


それはマーラーの書いた緩徐楽章の中でも第五のアダージェットや第九のアダージョと並ぶ、出色の出来栄えの美しいアダージョだ。

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決して今自分が幸福でなくとも、この深い人生肯定の音楽は、必ず人生への賛歌となるだろう。


僕はその曲に特別愛情を抱いていて、疲れたとき、あるいは落ち込んでいる時などに聴くことが多い。マーラーの交響曲は10曲あるが、人生と自然への賛歌にも似たこのアダージョは僕の心を落ち着けてくれる。


それはしっとりとした真夏の午後のような陽気で、美しい。


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このアダージョを聴いていると僕の心にはいくつかの映像が浮かぶ。それは幾重にも咲き乱れるカラフルな花園で、夏の日光がまぶしい。そこに注がれる感情はは現世への極めて強い満足感であり、安心感である。


ゆっくりとゆっくりと心の悩みを解きほぐすかのように、この楽章の標題が言う、「愛」が我々に語りかけるのは、自己肯定と、満ち足りた幸福感なのだ・・・。

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他の楽章にも楽しめる音楽がある。個人的には第一、第四、第五楽章が好きだ。それぞれ、自然の神秘を感じる事ができるだろう。

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全楽章には標題があり、次のようになっている。


第一楽章。「牧神が目覚める。夏が来る。」他にもマーラーは「夏が行進してやってくる。至る所に新芽が伸びる・・・。」などとも語っている。


第二楽章。「牧場で、花が私に語る事。」


第三楽章。「森の中で、獣が私に語る事。」


第四楽章。「人が私に、語る事。」


第五楽章。「天使達が語る事。」


第六楽章。「愛が私に語る事。」


夏が訪れる前、この曲を聴いて、夏へ想いを馳せるのも悪くない。

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人生には時に苦しみが必要だが、反面、自己肯定も必要だ。苦しみは各人の傲慢と慢心をたしなめるが、人はそれだけでは人生に疲れ、参ってしまう。


だから、人は自分を慰めるため色んな努力をする。しかし、その慰めが理に適っていれば良いが、そうでなければ人は再び人生に迷うだろう。人間には質の良い慰めが必要だ。


そこに安住してなおかつ、本当の意味で安心できる場所が必要なのだ。


長谷磨憲くんち


マーラー交響曲第三番。ヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団。

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僕自身、CDはウィーン・フィルを振ったブーレーズとチェコフィルを振ったノイマンの物しか持っていない。ブーレーズの演奏は、とにかく繊細で緻密な演奏。その分、音を圧縮するので、強音部が硬くなりがちで、豊かさに欠ける。美しい事は保障するが、もう少し大らかな演奏のほうがこの曲を楽しめると思う。


カラヤンなどと似た美学だ。


それに比べれば、ノイマンの演奏は大らかで、チェコフィルの練られた弦の色合いが素晴らしい。しかし、繰り返し聴くと、ちょっと田舎っぽさが気になる。ただ豊かな響きは魅力的だと思う。