地域の大学の「生涯教育」でジャスピアノのクラスを取り始めた。今回のクラスは夏学期なので、一回2時間ほど、5週間という短い期間のコースになっている。夏学期には「ジャズピアノ1」と「ジャズピアノ2」というクラスがあるのだけど「ジャズピアノ2」を終えるとそれなりに弾けるようになるのか、その先の「ジャズピアノ4」とか「ジャズピアノ5」というようなクラスがあるのかは分からない。正規の大学の授業だったら、学期初めにシラバス(学期中に勉強することの概要や、テストの日時、成績の付け方などが明記されている)が配られて、学期が終わるまでに教わる内容が分かるのだけど、生涯教育のクラスでは成績が付くわけではないので、その辺りはいい加減で、5週間のクラスが終わった時に、どの程度「ジャズピアノ」が弾けるようになるのか分からない。

 

一度目のクラスでは、セブンスコードとツーファイブのおさらいをして、コード名付き一段譜で実際に弾くところまでやった。二度目のクラスでは、一度目にやった一段譜での練習から始まった。一度目のクラスではコードは全て基本形(ルートポジション)で弾いていたので、第二回目では転回形をするのかと思ったらジャズピアノ2」にならないと転回形はしないそうで、私はどのコードでも、だいたい基本形で押さえられるようになっているので、転回形をしないのは少々残念。

 

一度目のクラスでは長調の ii-V-I について説明を受けたのだけど、二度目のクラスでは短調での V-i の話になった。すると、一人の生徒が「短調でドミナントからトニックに移るコード進行ではドミナントはメジャーコードにしないといけない」と、多分、他のピアノクラスで教わったことをそのまま繰り返して発言した。私も、そういった説明は聞いたことがあったけれど、なぜ、ドミナントがマイナーコードのままではいけないのかと言う説明は聞いたことがないので、先生に聞いてみた。先生は「メジャーコードのドミナントだと、この先に行きたい感があり、マイナーコードだとそこで落ち着いてしまう」という。しかし、私にはマイナコードが「落ち着いている」という感覚が分からなく、マイナーコードは不安定に感じる。それをぶつけてみると、先生は困った様子。そこで「V-i が不安定から安定、 v-i は最初から安定、と言うのは、物理的、人間の本能的な感じ方ではなく、そうだと思って聞いていることを、西洋音楽が重ねてきた文化的な感じ方なのでは」と、私が長いこと考えている仮説をぶつけてみると「その説明が一番すっきり来る、文化的な感覚ですね」という所に落ち着いた。ちなみに、私のピアノのY先生に、このエピソードの話をすると、西洋音楽がたどり着いていない「未開の地」の原住民に、同じように音を聞かせて、聞いた印象を聞いてみても、西洋音楽を聴いてきている人とは全く違う感想を言うという研究があったと言っていた。私の仮説を証明してくれていた研究者がいたようだ。

 

そして、授業は続いた。授業では、一段譜で、右手メロディー、左手でセブンスコードと基本形を押さえる練習が続く。ピアノ歴が浅い人もいて、単純なメロディーラインさえやっとこ弾いている人や、コードが分からなくなってしまう人も多いので、私は時間を持て余していたのもあり「このクラスの課題の範囲から外れてしまうならそう言っていただいて構いませんが」と前置きをして、突っ込んだ質問をしてみた。私がジャズのクラスを取った目的は「ピアノにおけるクラシック曲やポップス曲とジャズの違いを習い、習得すること」で、クラスで課題で使っている有名なジャズ曲の簡単バージョンでは「どこが、クラシックやポップスと違い」「どこで、ジャズ曲としての特徴を含んでいるのか」と聞いてみた。

 

先生は「ジャズの基本は、スイングというかシンコペーションのリズム、セブンスコード(やテンションコード)ツーファイブなどのコード進行」と言う。しかし、ここでも、私は食い下がった「クラシックでもセブンスコードは頻繁に使うし、シンコペーションだってやる。世の中には、クラシック曲のジャズ風アレンジなどもあり、確かにリズムやコードにそういう手を加えてはいる。でも、私がクラシック曲をジャズ風アレンジをしようと、リズムやコードに手を加えてもジャズっぽくは聞こえない、私のアレンジにリズムはコード以上に何かが欠けているのは明白だ」と言うと、やはりクラスでやる内容以上のことだったのだろう、それ以上の説明はなかったけれど「それは面白い、是非見てみたい」とは言ってもらえた。

 

 

先日のチェロのレッスンの際に、先生が調弦をしてた時に、弦が一本切れてしまった。先生に、どの弦を使っているのかと聞かれたので、ダダリオのKaplanだというと、先生は知らなかったらしい。どんな弦なのかネットでチェックすると「へぇ~」と言う。先生が勧めようと思っていたのはヤーガーの弦だったそうで、お値段で言うと、Kaplanの半額位しかしない。

 

弦の品質は値段と比例するところがあるので、先生は「ヤーガーの弦は良いし」先生の教授も使っているからと言い訳めいた勧め方をしてきたけれど、私のチェロは初心者から中級者向けのレベルのものだし、弦は安すぎるものは問題だけど、そんなに良いものでなくても良いと思っている。お値段安めのヤーガーを使ってみて、それでも十分なようなら、わざわざ高いKaplanを使う必要もないだろうと思い、ヤーガーを購入してみた。今まで使っていた Kaplan は、一年程使っていたものだったので、切れたD線のみでなく、四本すべてを張り替えて置こうとセットを購入。あまり、多くの人が購入する商品でないのか、発送に時間が掛かり、注文から我が家に到着するまで、一週間程掛かった。

 

 

早速張り替えて、音を確かめてみる。お安い弦だから、パワーがないかなと思ったのだけど、Kaplan と変わらない位に思える。音色も悪くない。Kaplan と比べると、Kaplan の方が良いように(個人的好みにあうと)思うけれど、値段の差を考えると、わざわざ高い Kaplan を買う価値があるかと言うのは疑問だ。

 

先生もヤーガーの弦を使っているそうだけど、このクラシックではなくて、一歩ステップアップした物を使っているそうだけど、6か月から8カ月で寿命を迎えると言っていた。私は先生ほど弾かないので、格下のクラシックでも一年位持ってくれればと思っている。

 

数か月前に始めたK先生とのオンラインピアノレッスンでは「色々な音色を弾き分けるテクニック、体の使い方を教えてください」と伝えてあり、曲の中で必要になってくる随所随所のテクニックを教えてもらっている。特に、私の指は寝がちで、それが原因で音がしっかりなっていないと言われていて、レッスンでは、指を立ててしっかり音を鳴らす訓練をしている。

 

たしかに、指をきちんと立てて鍵盤を弾いた時の方が、ハンマーがちゃんと弦を打ち、響くことの出来る音を出していると感じる。しかし、私的にはちゃんと響いた音が出ていると満足しているのだけど、K先生は「しっかり音が鳴っていない」「もっと指をしっかり立てて」という。先日のレッスンでは、そんなやり取りの中、先生が「こうやってしっかりと指を立てて、鍵盤に落として」とご自身のピアノを弾くのだけど、その音がとても幼稚で、私は絶対にそんな音でピアノを弾きたくはないと思った。しかし、そういうのもはばかれて、そこは何となく濁してやり過ごした。

 

すると、その次のレッスンで、先生がレッスン方針、方向性について話がしたいという。少々、会話を続けると、先日のレッスンで私が腑に落ちていないのが伝わったらしい。そこで、正直に「先日、先生がお手本として出した音は、とても子供っぽく聞こえて、私は弾きたくないと思った音色でした」と伝えた。その私が「幼稚」と呼んだ音が「正しい音の出し方」と思っているK先生は、腑に落ちない雰囲気だったけれど、最終的に「好みの問題」という線で落ち着くことになった。

 

先生は、今までは「ここはこういう弾き方をしないといけないから、こうやって弾きなさい」と進めてきた感じだけど、今後は、私がどんな音を出そうとしているのかを考慮に入れて音を模索していく方向性で行きましょうという言うけれど、次のレッスンではどうなるだろか。

 

ちなみに、私が習っているもう一人のY先生は「ピアノの弾き方には、曲調や、曲の構成などから、やってはいけない弾き方はあるけれど、正解の弾き方というのはないと思ったほうがよい」といい、私もその意見の方に賛同する。そして「いけない弾き方には必ず、なぜいけないのかの理由がある」と言う。K先生は「こうやって弾きなさい」「こういう音を出しなさい」とは言うけれど、その理由づけは殆どすることがない(ご本人も理由の説明が必要だとは思っておらず「そうやって弾くものだから」でやってきたのではないかと想像している)私は、何かの理由や原因や「なぜ」を知りたがる性格だし「そういうものだから」どいう理由は受け付けない(職業的にそういった思考訓練をやってきたので、その傾向が一層強い)ので、理由づけがないと納得しないし、腑に落ちないのかもしれない。

オンラインで受けているY先生とのピアノレッスンでは、現在3曲の課題曲に取り組んでいて、そのうちの一つがモシュコフスキーの20の練習曲集。私がこの曲集について知ったのは、とある方がブログで紹介されていた方がいらしたからで、その後、ネットで検索すると、この練習曲集はロマン派のピアノ曲を弾くのに必要なテクニックの習得を目指しているとあった。それまで独学で2年半をかけてやり通したチェルニーの小さい手の為の25の練習曲は古典派の曲調だったので、趣向を変えてみるのも良いかと思った。
 
丁度、そのころにレッスンを始めることになったY先生に相談すると「ロマン派の曲を弾くにはしなやかな手の使い方が要求されるのだけど、モシュコフスキーの練習曲はそういったしなやかな動きを習得するには良い教材だ」ということで一緒に取り組むことになり、レッスンを始めて数か月の今は、2番の譜読みを始めたところだ。
 
二番は、チェルニーの練習曲によく似ている形式で、右手で16分音符の音程を上ったり下りたりのメロディーを弾きながら、左手は和音で伴奏を弾くというもの。Y先生が繰り返し言うのは「鍵盤を弾く(押す)前には、必ず指がその鍵盤に載っているようにすること」それをするには、音の動きを先読みしながら、どこで手(指の幅)を縮めてたり、広げたりするのかを把握して、その手の動きを体に覚え込ませるが練習となる。そのため、曲に取り組み始める段階で(私の場合は)手の動きをしっかり確認しておく必要がある。
 
今回も左右バラバラで、ゆっくりと音の動きを確認したけれど、どうしても右手がすらすらと動けないところが出てきた。反復練習はそれなりにしたのだけど、どうしても手がなじまない。こうい時、私は、しっかりと頭で考えて動きを言語化すると手がなじんできやすいし、それを楽譜にメモると頭に定着しやすい。今回は、オクターブで下りアルペジオが数セット続けて出てくるところなのだけど、一つ一つの音を確認、どの指がどれくらい下がるのか、それとも同位置(同じ鍵盤)で弾きなおしなのかを確認、矢印でメモを付け加えた。
 

 
こうして言語化して、それを思い出せるようにメモを付け加えたら、指が間違えた所に行く確率が下がり、がぜん弾きやすくなった。今後の練習は、動きを指が覚える様に反復練習をする段階で、練習の道筋がついてよかった。

バイオリンやチェロのレッスンに行くときは、だいたい、前日に練習した後、楽譜や眼鏡をレッスンバックに入れ、楽器や弓などもケースに入れて準備をしておいて、翌日に家を出るときは、もう持ち出すだけに準備をしておくことにしている。そうしないと、何かしら忘れ物をしてしまう。それなのに、先日はチェロのレッスンに行くための準備を怠ってしまった。レッスン日の前日と前々日には、練習をしようと思っていたのだけど、ダラダラとしてしまい、レッスンを怠ったために、レッスン日には準備が整っていまま、レッスン当日を迎えてしまったのだった。

 

レッスンの直前に必要なものをレッスンバックとチェロケースに入れたと思ったのだけど、先生のお宅に着き、チェロケースを開けると、弓を忘れていた。やはり、忘れ物をしてしまったと思ったのだけど、幸い、チェロケースの中には前に使っていた古い弓を予備として入れてある。仕方がないので予備の弓でレッスンしましょうということになった。

 

さて、レッスンの前には、先生が調弦をしてくれるのだけど、その日のレッスンでも、先生が調弦をしてくれることになった。私のチェロのテイルピースには、アジャスターが付いていて、普段はペグではなくアジャスターで調弦をしてる。先生はアジャスターをちょちょっと触ると「ペグを調節したほうがよさそうだ」と言う。そしてペグを触り始めた先生が「変だなぁ」と言う。ペグを回してもG線とD線の音程が変わり方がおかしいらしい。

 

よくよく弦とペグを見てみると、何と、G線とD線がお互い反対のペグに巻かれていた。チェロの弦交換は、私が自分でやっているのだけど、前回に弦を張り替えた時に間違えたペグに巻きつけたのだと思ったけど、よくよく考えてみると、私は弦を交換する時は、一本づつ変えるので、巻き付けるペグを間違えようがない。4本の弦が全て取り除かれたのは、前のチェロの先生の旦那(ルシアーだと言っていたのに)に駒の交換を頼んだ時だと思う。弦を巻きつけるペグを間違えるなんて、どうしようもない教師の旦那は、どうしようもないルシアーだったらしい。

 

間違ったペグに弦を巻きつけているのは不味いと、なおしてしまうことになったのだけど、一年も間違った位置に固定されていた弦には変な癖がついてしまい、弦が正しい位置になかなかとどまってくれないようで、先生は四苦八苦している。やっと正しいペグに巻きつけられたというのに、今度は、調弦が全然上手くいかないらしい。そのうち、キリキリとやっているうちにD線がプチンと切れてしまった。私は、予備の弦は持っていなかったし、先生も余分なD弦は持っていず、レッスンは延期となった。

 

弦は、一年は使っていたので、この際D線だけではなく、全部交換したほうが良いだろうと、新しいセットをネットで注文した。ネット販売には珍しく、配達までには一週間位掛かるとのことで、現在は配達を待っている。それまで練習はお預け、延期されたレッスンには練習をせずに向かうことになりそうだ。