今=過去の選択。元夫≠ただのモラハラ夫。 | ASDとともに

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ASD(自閉症スペクトラム)による双極性障害・解離性障害・PTSD・パーソナリティ障害とともに生きる一人の女性として、母としての日々。

保護室生活、41日目。

昨夜、
一つ前の記事を書いた後、
最初の夫(以下元夫と書きます)とのことをいろいろ思い出してしまって

泣きたい気持ちになって
この動画、観ました。


以前の記事、
にも書きましたが

2008年3月1日は
Syrup16gが解散した日であり
私と元夫が初めて出会った日でした。





私と元夫は
中学生の頃にブログを通して知り合い
それから文通やメールのやり取りが続いていて
でも実際に会うことはなく
(地元と元夫が住んでるところは1000キロ程離れてます)

数日前に
『Syrup16gの解散ライブのチケット一枚余ってるんだけどまにゃの友達で行く人いない?』
と聞かれ
(私自身の分は確保済み)
私の友達に聞いたら行きたいとのことだったので
私が持ってた分は友達に流して、
私と元夫は2人で観ることにしました。

日本武道館に着く前、
確か午前中に東京には着いて
(当時私は都会の専門学校高等課程に通っていました)
元夫と東京をぶらぶらした記憶があります。

そしてライブが始まり
あっという間に公演は終わり
私は夜行バスで自宅へ戻りました。

この時は
元夫のこと
「イケメンだなぁ」くらいにしか思ってなかったのですが
(姉曰くスキマスイッチの大橋卓弥とハンドボールの宮崎大輔を足して2で割って優しさを倍にした感じらしい)
自宅に帰って
日常をこなしていくうちに
元夫のことが頭から離れなくなり
元夫の誕生日(3月7日。確か)に
私から告白しました。

私が住んでいたところと元夫が住んでいたところは中距離離れていて
片道2時間、新幹線だと一時間で着きます。

元夫からはその場でOKをもらえ
私は早速中距離の往復を始めます。

会いたくて仕方なくて
元夫といると
必要とされてる感じがして嬉しくて

私は元夫に依存していたのだと思います。

そして元夫もまた、
私に依存していたのだと思います。





当時生活保護を受けて生活していた私。
家賃の高いところに住んでいたため、
引っ越しを勧められます。

どうしようか悩んでいたら
『俺も一人暮らしするから一緒に住む?』
と言ってもらえたので
元夫の元へ転がり込むように同棲を始めます。

これが2008年4月下旬。

元夫の異常さに気づくのに
そう時間はかかりませんでした。

私が携帯を触っていると不機嫌になったり
私のバイト先での出来事等を話すとすぐ不機嫌になったり
バイトを通して知り合った人たちと遊びに行って帰るとリストカットしてたり
目の前で男性の連絡先を消させられたり

そう、
元夫はいわゆる【モラハラ夫】だったのです。

この人はちょっと普通じゃないかもしれない。
そう思い始めた5月中旬、
妊娠が分かります。

それ以降のことは
こちらの記事
に書いています。





こうやって元夫のこと思い出して
書き出してみると
元夫はただのモラハラ夫ではなかった、とも思えるんです。

思い出補正が入ってるかもしれないけど
私も私で
結婚して夫婦になったのだから覚悟を決めて腹を括る必要があったのだと思います。

いつまでも子どものままで
全て受け入れる覚悟もなくて
何もかも何かの誰かのせいにして
私は大人になりきれてなかったのだと思います。

離婚の原因は、100%片方が悪いということはない。
そう思っています。

私は離婚してASD(自閉症スペクトラム)の診断を受けるまで、
離婚の原因について元夫のモラハラだけにあると思っていました。

だけど
自分の考え方のクセや傾向を知ると
「そりゃ暴言吐きたくもなるわ」と
元夫の気持ちも少しは察することができたというか
私も悪かったんだな、
って思えたんです。





この動画観て、
また泣きました。

もしこの日、元夫と会わなかったら。
私はどんな人生を送っていたのだろう。

そんな【タラレバ】を考え始めたらキリがないけれど
今の私は
過去の私の選択で成り立ってる。

それを忘れてはいけないんだと思います。

今の私=過去の選択の結果。

だから私は
【今】を大切にして生きていきたいです。





最後に、
元夫が好きだった曲を。


この曲を聴くと
元夫を思い出します。

エロティックな曲です。






皆さま、
おはようございます。

朝から長文かつ昔話にお付き合いいただき、
ありがとうございます。

私も皆さまも、
今日がいい一日になりますように。