四年生 (アフタヌーンKC) 四年生 (アフタヌーンKC)
木尾 士目

講談社 1998-05
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鶯志摩(以下、鶯)

「ち~っす。鶯志摩です。今日は、思い出したように四年生と五年生のレビューします。いやぁ、レビューしようとおもったんだけどね…正直…きっついすわ~…。あ、今日も例によって対談相手いないんだよね。じゃ、仮想人格としてスペゴジさんをば呼びます。あ、そこ、きもいとか言わない!しょうがないでしょ!」


ぎゃおーん


がしゃーん


ちゅどーん


スペゴジ(以下、ス)

「あ、ども、スペゴジです。」


鶯「早速だけどさ、これ、結構読むと吐き気とかするんですよね。徹夜明けとか絶対読んではいけない本だと思う。一回、これ売ったんだけど、また読みたくなるっていうのは人間の不思議。僕の不思議。レビューとかそういう問題じゃなくて…。う~ん、精神破壊系で十分通ると思う。特に大学生の方々。」


ス「ははぁ。まぁ、鶯志摩さんは鬱展開好きですもんねぇ。君望とかが一番お気に入りなタイプじゃないの?」


鶯「あはは。それについては置いといて、だよ。この結晶体野朗。今この時点で鬱の何がよいか、は問題じゃないんですよ。あ、でも、僕は『鬱』とか多用して自己陶酔にひたっちゃてる系の奴はhateしているから、よろしく。」


ス「…あんたもそうでしょ。ところで、この作品ってどんな人にオススメなんですか?スペース的には『げんしけん』が結構ヒットだったから…ていうスライド式で読み始めたんだけど。」


鶯「うん。『げんしけん』はオタク系を主人公に置いた走りだと、僕は思ってるよ。かなりファンも多いし。それについて、僕が言えることはなにもない、と思うんよ。ただ、この四年生・五年生っていうのは好き嫌いかなり分かれるよね。それでも僕は、作品的には、こちらの方を推したいんですわ。」


ス「それってやっぱり鬱系だから?」


鶯「確かに、喜劇より悲劇のほうが好きだけどね。人間の感情って、そういったドロドロしたような醜いものを解さなければ見れないし、表現できないんだよ、きっと。そして、鶯志摩的には、ストーリーにおいてのキャラとの心情シンクロ率は高ければ高いほど高度な作品って思ってしまうんだよね。」


ス「いや、でもそれって個人差があるし、客観的なレビューではないんじゃない?その論法で言えば、鶯志摩さんのレビューって共感できる人にしか理解できないものになるじゃない?」


鶯「そうかもしれないな。うん。ま、僕は主観性から人間は逃れられないって論法に概ね賛成だしね。そこはお断りしておきますよ。で、主観的に述べると、

 オススメする理由①:ドロドロとした醜いものから得れる共感

            (普段は出せないような本音ベースのぶつかり合い)

 オススメする理由②:大学生活→社会人のリアリティ

 オススメする理由③:男女間の心理相違がかなり細緻    です!」


ス「ほうほう。あ、僕知ってますけど、鶯志摩さんは恋愛経験乏しいですから、よろしく。」


鶯「うる星!ま、なんつーんだろうな。まず①ね、これは後輩達のいかれた三角関係とかでリアルかな。」


ス「ま、ふっつーこんなのありえないっすけどね(笑)。吉村さんとか実際いないでしょ。リアリティないじゃん。」


鶯「そうだねー。こういうのって象徴主義っていうのかな。なんかの権化っていう意味で吉村さんは描かれているのかな。」


ス「僕の解釈だと、こういう醜いドロドロ関係に巻き込ませるのに都合のよいキャラクターが必要だったんじゃないか、と思うんですけどね。破壊者としての位置づけで。」


鶯「ふむふむ。そうだなー。鳩山と茅ちゃんはそれに巻き込まれる凡人って感じだよね。それにしても吉村さん強化され過ぎ感はあるよね。」


ス「うん。鳩山は優柔不断な男で、茅ちゃんは普通の女って感じかな。鳩山とか実際に良い奴だと思うよ。一番いそうだもん。」


鶯「それにしても木尾さんって男の性欲ありきみたいな所をアリアリと描いてるよね。セックス抜きに付き合えないかなみたいなところ。それが全てじゃないけど、それ抜きは無理っていう部分とか。だけど、彼女側としては正直セックスは『皿洗い』みたいな感覚っていう部分もリアルだよ『早くイって~』とか苦笑するしかないよね。


ス「ま、僕は宇宙生命体だからそういう部分はよくわからんけどね。ピュアな恋愛はそれでよいと考えているし。なんで漫画でそんな汚いものを見なきゃいけないのって思うんだけど。」


鶯「毎回は見てらんないかな~w。ピュアと鬱交互くらいがちょうどよいよね。」


ス「あ、今の論議で③はもうすでに出したから、あとは②だ。」


鶯「これはもういいでしょう。就職活動っていう大学生活の中で大きなイベントの1つじゃない。大学生だって生意気だろうけど、それなりにシビアかつシニカルに社会を見ているんだよねってことですよ。そしてその後、五年生になってからの就職した同級生と会うシーンとか切なくなるね。無情なる変化っていうのかな。」


ス「否が応でも我々は社会っていう歯車にぶち込められて、考えを変化させられるってことか。」


鶯「ん…、そういうのがすごく鶯志摩的には切ないポイントでしたね。『大人になっていく』っていう命題。これは真理的なんだよね。どんな作品においても、僕はツボに入るポイントです。」


ス「…」


鶯「…」


ス「そろそろ、評価しますか。」


鶯「うん。」


ス「評価…できないな、僕には。」


鶯「じゃ、50~95点ってことで。」


ス「なんとまぁ、無意味な数字だw」

映画「パニックルーム」、「Saw(ソウ)」を見たことがあるか?SawはⅠ~Ⅳまで出ているヒット作であり、多くの方がいずれかの作品を見たことがあるだろう。


見たことがあるとして話を進める。


最近…

『閉鎖空間』すなわち船上、機内、マンションなどの限られた空間且つ外界との連絡が一切遮断された≒密室で

『ハイリスク』大金、ときには命が賭かったハイリスクな

『ゲーム』一定のルールがあるゲーム感覚のやり取り

という設定の漫画が多い。ということは、まぁ需要も多いのであろうということが示唆される。


なぜ人々はそれらを求めるのか??


漫画には現実世界には無い非現実がある。漫画を読むことで非現実を楽しんでいるのである。

特に日常では味わえないスリルを読者は求めている。失敗したら死ぬ!間違えたら億単位の金を失うよう!といったゲームは日常からは程遠い設定である。また閉鎖空間であることがスリルを増長させると同時に読者の視点を一箇所に集める。

超能力や、SFを含まない現実的な設定の中で、非現実的な設定を組んでいるために、非現実を実際の体験談のように受け取ることができるのも理由のひとつだ。


また、一番興味深いのは、スリルたっぷりの漫画を読んでいる自分は安全な場所にいるということ。


安全バーの無いジェットコースターは死への超特急だし、荷造り用のビニール紐でバンジーしても怖いだけだ。


楽しめるのは自分が安全であるという大前提があってこそ。その前提のもとで過酷な条件やスリルの大きさが楽しさに変わるのだ。


こうしてpointをつなげると上記設定を盛り込んだ内容の漫画が多数存在するのも頷ける。某漫画からの引用を過大に含み考察した。


文責:カッチャキ号

ヨコハマ買い出し紀行 1 (1) (アフタヌーンKC) ヨコハマ買い出し紀行 1 (1) (アフタヌーンKC)
芦奈野 ひとし

講談社 1995-08
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 今回は1995年から2006年までの間月刊アフタヌーンに連載されていた『ヨコハマ買い出し紀行』について書きたいと思います。

 ・・・といっても、どんな風にレビューしたらいいのか迷ってもいる。往々にして名作というものには、あらゆる読者を引き付ける引力と同時に、あらゆる言葉を跳ね除ける斥力があるもので・・・。名作の魅力とは何なのか?と問えば「言葉にできない魅力がある」なんて風に逃げられてしまったりするし。この漫画にどんな言葉を付け加えようものか?いや付け加えるが必要あるのか?どこぞの馬の骨とも知れぬレビュアー如きが批評するのはそれこそ傲慢ではないか・・・


 なんてぐるぐる考えてしまって自身の矮小さに落ち込んでいるわけにはいかない。

 だって『ヨコハマ買い出し紀行』を読んで「落ち込んだ」なんて、もっとも本質から遠い反応であろうと思うのだ。この漫画に描かれているものは《誰の内にでもある美しさ》、《健やかな心》。心の中で噛み締めて、しっかりと栄養を頂いておくのが礼儀だ。


 物語の舞台は近未来、人の世が終わりに近づいている世界。と言っても、人々には悲壮の色はなく、なんとなく終末を感じながらもそれなりに暮らしている。なぜかのんびりした雰囲気の中、主人公である女性型ロボットアルファの営むカフェアルファの日常が描かれる。

 この漫画に感じる温かみ、その発生源が主人公アルファさんの人(?)柄。

 普通に笑うようなことで笑い、普通に驚くようなことで驚き、普通に泣くようなことで泣く。人以上に人らしい彼女に、登場人物たちは心を惹かれ、そしてたぶん読者も惹かれていく。


 ゆっくりと海に沈みゆく街並み、遠くの空に膨らむ緑色の雲、銃弾がはじけて網膜に焼きつく火花。

 それらを、やさしく、大事に。心にそっと置いておくこと。

 ほのぼの系の漫画、とジャンル分けできるのかもしれないが、僕はあえてそうは言いたくない。もっと稀有な存在で、ひと括りにしてないがしろにはしたくない。

 ゆるみきったゴムのような穏やかさではなく、切実に《今、ここにある自分の心》を大切にしようとする想い。

 強い穏やかさ。

 僕が好きなヒリヒリした駆け引きや限定条件下の能力バトルといった作品、つまり善も悪も超えた人間の力や知恵の限界を味あわせてくれる作品・・・それらを読んだときに得られるものとはまったく性質の異なる感覚だ。

 『幽☆遊☆白書』の浦飯幽助のようになりたい、と常日頃考えるのは(え、皆考えるよね?)イコールで霊丸を使いたいという、そのキャラクターの能力に対しての気持ちだと思う。でもアルファさんのようになりたい、と僕が思うのは、彼女の心の有り様、その強い穏やかさが欲しいと願うからなのだ。


「時代の黄昏がこんなにゆったりのんびりと来るものだったなんて」


 その「ゆったりのんびり」を、心の中に抱いて守っていくアルファさんの姿に、強い憧れを感じる。

 まぁ、やはり言葉になると曖昧な感じがしてしまうものだ。だから、少しでも興味が湧いたならカフェアルファを訪ねてみてほしい。