俳句結社「篠」で、母が元気な頃に「おわら風の盆」吟行をした。その頃の私は子育て中で参加できず、ずっと行きたいと思っていた。同じ想いの会員の発案でこの度その吟行が叶った。



遠いようで近い富山。北朝霞からむさしの号(日に何本か)で次の停車駅が大宮。ここからはあっという間である。



着いてからまずはチェックインしたが、その後あいの風とやま鉄道の八尾までの整理券をもらうのに並ぶ。乗るのにもまたまた並ぶ。こりゃ大変な混雑だよと思っていたら、この晩のことをBSNHKで生放送していたらしい。(友人からの一報で知るものの、家族も観ていた)

おわら風の盆公式サイトスケジュールには何箇所もの場所で17時から同時に町流しとある。それでも聞いていた知識唐それはないだろうと想像して、遠まりでまずタクシーで中間地点まで行って様子見。すると犬山の鵜飼舟で聞いたあの歌声がどこからか。
(新幹線の通信が弱くパンフが荷物の奥なのでうろ覚え)人々の動く気配と音だけが頼りで六箇所以上ある地点をランダムに彷徨う。
 夕飯は戻ってからと思っていたが、神社前やお寺境内の踊りを見るうちに宵闇が迫ってくる。夜の流し踊りは最高潮の人出。途中トイレ休憩、水分補給、ほんの少し何か買って食べる、お土産見るなど挟み込みながら、また流し踊りを追う。八尾の町はauの電波が弱いらしく、バーコード決済もできなかった。
富山の宿もWi-Fiが弱く、新幹線もだから参った。











運良く暮れてからも良い場所で見られる。昔から動きを覚えるのが不得手なわたしは踊りが覚えられない。
特筆すべきは踊り手がほとんど二十歳前後の若者(男女)ということだ。弾き手、歌い手は年配者が多いのだが。
比べちゃなるまいだが、我が街の鳴子踊りのように若者が地元に残りたいと思える要因にもなっているようだ。
おわら道場なども見かけたので一年を通じて特訓しているものと思われる。
どうりで手先の表現がどの若者もプロっぽい。
秋の風をもみほぐすように柔らかな踊りと身に沁みる歌が続く。(ブログも続く)動画に関しては違うSNSで挙げる予定。




最後の一枚は先ほどのギャラリーカドッコで載せきれなかった一枚。からの原宿に移動してギャラリー装丁夜話に。物腰の柔らかい笑顔がチャーミングな女性が丁寧に応対してくださった。



















(ギャラリーカドッコ投稿に載せきれなかった一枚)

先程のギャラリーカドッコでは幼少期の庸介さんにクオリティの高いカード式の付録を毎日作られていた田中美子様の本業、装丁作家として著名な作家の本を色々装丁された作品が展示されていた。美子様のアルバムも椅子に座って拝見。
素敵な時間をありがとう!
人は肉体は有限で亡くなられてもその方の言葉や作品、人とのやり取りの思い出は色濃く残る。生きている我々がしっかりと心に刻めばいいんだと思う。
久々の原宿はすでに竹下通りに大中もなくなり外国人観光客向けのお土産屋さんが目立った。また何かスイーツなのか長蛇の列に親子連れが混じったものが延々と炎天下に。
途中ゴーカートが何台も公道を走り過ぎる。
どこも寄らず一目散に朝霞台の帰路へ。夜は生配信だし、割付作業も待機中。

実はもう帰宅していますが、謎に次女の世田谷区から早朝に我が家の駅を通り過ぎて上福岡で教会掃除。からのまずは荻窪の宵待屋珈琲店。昨秋ぶり🎵今日は一人で糖質制限中の4倍のパンを食べました。スープ美味。パンの焼き加減サクフワでマーマーレドやポテサラも美味しかったです。途中からギャルやお一人様女子、ご夫婦などで混んできたので、牧さんに挨拶して退店。











時短のため一駅乗って西荻窪へ。ギャラリーカドッコに「ににん」にご寄稿され、父岡田隆彦詩集成のクラファンにもご尽力頂いた詩人「田中庸介」さんのお母様「田中美子」様が庸介さんの幼少時に毎日お弁当に付録として手作りされていたハイクオリティなカードの展覧会に。










(庸介さんのコーナー)

装丁作家であった美子様の造られる付録の素晴らしさ(暮しの手帖に特集)もさることながら、幼児なのにこんなに漢字が読めて理解できていた庸介さんの神童ぶりに、平成令和代表詩人たる活躍と細胞学者という今の人となりが彷彿とさせられます。
受付が奥様と知らず、男性のお客様が熱心に質問されていたのを横目で見てうなづくだけでお店を後に(続く)