声を奪われてしまった少年の魂を宿したキメラ犬 ヤン の 物語 | マンタムのブログ

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この世にタダ一つしかないカタチを作ろうとしているのですが出来てしまえば異形なものになってしまうようです。 人の顔と名前が覚えられないという奇病に冒されています。一度会ったくらいでは覚えられないので名札推奨なのでございます。

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その国は決して強い国ではありませんでした。

 

ですから強い国からの侵略に備える為それなりにですが軍隊も作りましたし侵略者達が少しでもその国を壊しづらいようにたくさんの美しい建物を建て彼らをより理解する為に侵略者達の文化や政治の研究もしていました。

 

でも彼らの軍隊は数も少ないし装備もたいしたものではありませんでした。


ですからそれだけで防ぐ事は出来なかったので侵略されないように近隣の国と色々な約束事を作りもましたが実際に戦争がはじまってしまうといとも簡単に反故にされて折角の美しい建物も粉々に壊されてしまったのです。

 

それでも50年程戦いのない平和で静かな時代が続いていたことがあったのですがある時突然侵略を受け王様も彼を支えていた大臣や兵隊達も皆掴まって処刑されその国からやってきた領主という役職の大きな頭のしかめ面な老人と彼に仕えている太った魔法使いが代わってこの国を支配するようになったのです。

 

それでも最初の頃はまだ人々の生活が大きく変化する事はありませんでした。

 

税金だってそんなに変わらなかったし食べるものや生活に必要なものが滞ることもありませんでした。

 

でも その国の歌を歌う代わりに侵略者達の歌を唄わなければいけなくなり食べるものやお酒も侵略者達の好みに合わせて少しずつ変えられていったのです。

 

折角美しく作られた建物も彼らの都合で死んだような色に塗り替えられ通りのあちこちに据え付けられていた彼らを守り和ませていた神様や精霊の彫像も侵略者の英雄達の姿に代わって行きました。

 

そのうち侵略者達は学校を作り自国の言葉や文化をその国の子供達に教え始めました。

 

それからそう経たないうちに彼らの言葉以外は使ってはいけないという法律迄作り何処か遠い国での戦争の為にその国の若くて元気な青年を戦場に連れて行くようになってしまったのです。

 

その少年の父親は青年というにはもう年を取りすぎていましたが屈強で勇敢だったので兵士長に選ばれそれは名誉なことだとされて戦争に行くように命令されました。

 

父親は少年と2人暮らしで自分が戦争に行ってしまうと他に預けられるところもなかったので断りたかったのですがそれはできませんでした。



もし父親が行かないのなら代わりにまだ15歳にもならない少年達迄戦場に連れて行くと言われたからです。

 

父親は他の大勢の村の男達と一緒にくすんだ緑色に塗られたトラックに乗せられ少年は残された犬のヤンと近所の人たちに助けられながらなんとか父親のいない生活を成り立たせていました。

 

少年はちゃんと躾けられていたので近所の人たちの好意にただ甘える事はなくヤンと一緒に荷車を引いたり山羊や牛を追ったりして村人達の暮らしを手伝っておりました。

 

だがある日見回りに来ていた兵士がこの国の自由を取り戻そうとするレジスタンスと戦闘になり戦死した事でそのレジスタンスを引き渡さねば皆殺しにすると領主は村人に宣告したのです。

 

ところが誰もレジスタンスを引き渡すような事をしなかったので村人のなかでも主だった長老達が最初に捕まり見せしめとして処刑されそれでも誰もしゃべらなかったので今度は村そのものが焼かれてしまいました。

 

火を逃れてなんとか逃げ出した少年も村の出口で兵士に捕まりそれを助けようとしたヤンは銃で撃たれてそのまま動かなくなりました。

 

少年はヤンを抱き上げたかったのですがそれすら叶わず他の村人達と領主の前に引き出されそれぞれに審問を受ける事になりました。

 

少年はレジスタンスの事は勿論彼らの知りたい事には何一つ答えず領主に向かって

 

「領主という多くの人たちに責任ある人間が兵士や銃を使ってナイフひとつ持っていない人間を脅して殺して大切な家迄焼いてそれでも恥ずかしくないのか?そんな人間の知りたいことなどなにひとつ答えたくない」

 

と答えたのです。

 

領主は怒り兵士に少年を殺させようとしましたが魔法使いがここで少年を殺せば余計な反感をかうだけだからと止めて代わりにその少年の声を奪いました。

 

そしてそのまま少年は帰されましたが村はもう焼けてなにも残っていませんでした。

 

彼はまずヤンの姿を探しましたが何処にもなく住んでいた家も瓦礫と化していました。

 

村の有様は酷いものでした。

 

立て直すつもりで帰って来た村人達もしばらくすると惨状とそこに残されたあまりにも辛く受け入れがたい記憶に到底暮らす事の出来ない村だと諦めてだんだんと他所へと移って行きました。

 

何度か少年も一緒に行こうと誘われたのですが 少年は父親を待たなければなかったので村に残る事にしたのです。

 

ところがある日少年は村人達と離れて山羊の群れを追ううちに崖から足を滑らせて深い窪のようなところに落ちてしまったのです。

 

普段なら助けを呼べばいずれは誰か来てくれるような場所だったのですが少年には声がなく結局誰も気がつかないまま少年はそのままそこで死んでしまったのです。

 

少年が発見されたのはいなくなってからちょうど一週間が経った頃でもう少年は固く動かなくなっていました。

 

それでも村人達は動かなくなった少年を村の外れに住んでいる錬金術師のところに連れて行くと彼は少年のなかでまだ助けをもとめている声を見つけてそれを水晶の坩堝で精製して少年の魂を呼び戻す事に成功しました。

 

ただ少年の体はもう冷え過ぎていて使えなかったので魂を彼が作ったキメラに移植したのです。

 

そのキメラの母体は村が焼かれた日に村人達を助けようとして焼けた村で見つけた銃弾を受け動けなくなっていたヤンでした

 

 

 

 

 

 

ヤンは少年の魂を受け入れ少年はヤンの体を手に入れました。

 

錬金術師はレジスタンスの指導者の一人でもありました。

 

侵略者に対しての抵抗運動としてはじめたものですが僅かな敵を倒しただけで村ひとつが焼かれしまいあまりにも多くの犠牲を払う結果になってしまった事を彼は苦悶しそれでキメラで戦う事を考えたのです。

 

ですが合成生物であるキメラは元々複数の魂が混在していて干渉し合うため余程強い魂でないと歩く事さえ叶いませんでした。

 

ですが少年の魂を得たキメラは小さな羽を動かして空を飛ぶ事さえ可能にしたのです。

 

結果として成功したのはこの少年のキメラだけでそれは少年の魂が強い必然によって存在するものだったからでした。

 

錬金術師は彼の計画を諦めレジスタンスとしての活動も破壊工作等ではなく情報の収集等に努めしそこからのプロバガンダを主体としたものに切り替えようと考えるようになりました。

 

キメラとして与えられた特殊な能力があっても最新兵器で装備された軍隊にたった1匹ではどうにもならないでしょうしそもそも折角助けた少年の魂を危険にさらしたくなかったからです。

 

少年の魂はキメラに移植された時点でヤンや他の素体となった生物の魂と融合したため元の記憶を失いもともとそうあった生物として自身を認識するようになっていました。

 

それでも侵略者に対しての怒りや多くの同胞を失った悲しみは理解していたので錬金術師の言う通りに侵略者達の動向を探りレジスタンスの連絡係として働いたのです。

 

少年のキメラはヤンと呼ばれるようになりレジスタンスの希望となりました。

 

そのヤンの働きで知り得た多くの情報でたくさんの命が守られたのです。

 

でもやがてヤンの存在は侵略者達にも知られる事になりかつてヤンの村が焼かれたようにヤンを引き渡さねば古くから大切に守られ残された建築物がある美しい町を爆撃すると通告してきたのです。

 

それでも誰もヤンを侵略者達に売り渡すものはいませんでしたし誰もその町から逃げ出そうともしませんでした。

 

ヤンは戦うつもりでした。

 

もともと戦うために生まれてその為に存在していたのです。

 

錬金術師も同志であるレジスタンス達も誰もヤンを止めることはできませんでした。

 

ヤンは満月の夜 予告通り町の空を埋め尽くした侵略者達の航空兵器にその小さな羽で懸命に立ち向かいました。

 

キメラとして与えられた特殊な力と絶対の意思を持って敵う筈もない圧倒的な兵力と戦いました。

 

美しかった町は炎に包まれ多くの命とその記憶が失われました。

 

それでも多くの人たちがヤンの戦いを見守っていたのです。

 

明け方になってようやく戦闘が終わった時にはもう空を飛んでいるものはなにもありませんでした。

 

 

この後 ヤンを見たものは誰もおりません。

 

それからしばらくして侵略者達はこの国から出て行きました。

 

 

侵略者から兵士として連れて行かれた人たちもようやく帰されて故郷の土を踏む事が出来その中には少年の父親もおりました。


天空に大きな月が昇った頃 父親はようやく懐かしい故郷にたどり着きました。


彼は少年に会えると思っていて嬉しくて家に戻ったのですが 故郷も自分の家もまだ焼け跡のままでそこには見た事もない小さな羽が落ちているだけでした。

 

その羽が何を意味するのか彼にはわかりませんでしたが月の光に照らされたその羽をとても懐かしいものと感じそこで少年の帰りを待つ事にしたのです。

 

空には大きな月が金色に輝き焼けて壊れた世界を照らしていました。


この国も父親も何もかもを失ったけれどでもその金色の光の中には未来への希望があるように思えたのです。






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