西武ライオンズタイムマシーン(第9回):1987年 清家政和 | はっきりいってライオンズびいきでした。~西武ライオンズの記憶~

はっきりいってライオンズびいきでした。~西武ライオンズの記憶~

1979年~2008年までの西武ライオンズを中心にプレイバック!
古き良き、そして青き「ライオンズブルー」の懐かしの選手や、思い出の名場面などを私が所有している当時の野球カードや記事などを紹介しながら振り返っていきます!

【1987年の清家政和】
西武在籍期間:5年目、背番号9
成績:72試合、34安打、打率.224、本塁打0、打点8、盗塁1

 

この年から背番号が「54」→「9」へ変更した。

1987年シーズンから石毛宏典が三塁手に転向し、田辺徳雄と遊撃手の定位置を争い、59試合に先発で出場した(年間出場は72試合)。
1987年の巨人との日本シリーズ第6戦、優勝を決めたこの試合で先制の本塁打を放ち日本一に貢献。
プロ入りしてからの10年間、レギュラーシーズンでは本塁打0だった為、この本塁打がプロ入り後初めて放った本塁打であった。(日本シリーズでプロ初本塁打を打ったのは史上3人目)

同シリーズでは全試合に遊撃手として先発出場し、16打数2安打1打点。

 

新聞スクラップより(朝日新聞1987年11月2日記事)

 

清家政和
西武在籍期間:1983 - 1990年(8年)
西武通算成績:204試合、78安打、打率.209、本塁打1、打点30、盗塁2

 

1977年ドラフト会議で阪神に3位指名されて入団。

1982年オフにトレードで西武へ移籍。
1990年年オフにヤクルトへ移籍。

1992年限りで現役引退。
西武では指導者として1993年から1997年まで二軍守備走塁コーチ、2008年から2010年まで一軍内野守備走塁コーチを務めた。