大阪で七宝会を鑑賞したの♪ | 能楽師 辰巳満次郎様 ファンブログ

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これも早や先々週の出来事…。薄れつつある記憶をたぐりよせたぐりよせ、強行軍の第一日めは七宝会鑑賞でございました。
七宝会は去年初めて鑑賞しました。そのときは住吉大社に行くことなんて全く考えてなく、夜行バスで朝着いて、香里園の駅から温泉(スーパー銭湯?)に行ってサッパリしてからお能鑑賞して、また夜行バスで帰ったという、これまたトンデモ旅でした。

 

さて、香里能楽堂は辰巳家の私有能楽堂で、こじんまりとした能楽堂です。
大きさとしてはセルリアン能楽堂ぐらいかしら…。
白州が少なめなので、見所と舞台とが非常に近く、ここの舞台に立ったら緊張するだろうなぁ~、と感じる舞台。と言うことは、鑑賞する側にとっては、演者の呼吸が感じられる程近い位置で観られる、幸せな空間を共有出来るステキな能楽堂と言う訳です。

 

 

見所には金沢の能楽堂のようにかなり傾斜(というか階段)が付いていて、後ろの席でも見易くなっています。さて、そういう演者と近いドキドキの能楽堂での今回の鑑賞は…。
 ココ→七宝会 第四回 定期能

 

 

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最初の舞囃子「花月」は、舞事が「羯鼓」で、腰のところに鼓を紐で結わえて、両手に持った撥でそれを打ちながら(実際は打つマネだけ)舞うというものです。
以前友人が「法下僧」で羯鼓をやった時に袖が翻って顔に当たって難儀した、と言うエピソードを記事にしましたが、男性の黒紋付って、袖が短いし身八ツ口が無い?ので、袖が翻えらないんですね~。何だか妙なところで納得してしまいました。
肝腎の、舞と謡は(かなり緊張していたように見えたけれど)きびきびして若者らしい颯爽とした筋肉質な感じで、非常に爽やかな印象で堪能させていただきました。

 

 

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「通小町」はついこの半月ばかり前に小書付を拝見したばかり。なので小書無しだとどういう風になるのかなぁ~、というのがイチバンの興味だったんだけど…。
八瀬の里で一夏を送る僧の許へ毎日通う女がある。不思議に思った僧が弔っていると、小野小町の霊が現れる。やがて生前小町に恋をした深草少将の霊も現れ、百夜通いの様を物語り恨みを述べるが、僧の弔いにより成仏する。
四番目物、季節:秋
  ☆社団法人能楽協会HPの曲目データベースより引用☆
シテ&ツレは実の父娘で、ツレ=小野小町をリアルに女性が務めます。
ワタシは別に女性が演じるに全く頓着ありませんが、ちょっと鼻にかかった感じの発声が面にこもってハッキリ聞こえない?ので何を謡っているのか聞き取れないことがあり、それがちょっと残念に思いました。
また背が高くスラっとしていらっしゃるのですが、装束(明るい朱色地に大きめの花が散っている唐織)が大きすぎて襟元とかがしっくりきません…。(でも女性用の装束とか女性用の面なんてないし…。)

 

 

後半にシテが登場すると、紺色の狩衣(多分、女郎花や小督のシテと同じようなの)を着けています。別会の小書付だとほとんど下着姿でしたが…。
で、別会の感想で「逆ギレのストーカーの物語」でどうも感情移入できない、と書きましたけれど、今回はそれに夜行バスの疲労が加わり、気づいたら終わってました…。
情けなさ満点でございます。

 

 

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東京以外では、定例能でプロの仕舞を拝見できるのもの楽しみのひとつ。
今回、女性職分のベテランの方の仕舞を拝見させていただきましたが、やっぱり職分だったら袴を胸高につけるのではなく、もうちょっと下につけた方がカッコいいのになぁ~、と思いながら観ていました。

 

 

で、辰巳和磨クンの仕舞を久しぶりに拝見したのですが、スゴイです。
日頃の鍛錬というか、お父上のご指導というか、ご本人の覚悟というか、この方も次世代のホープですね。先が楽しみです。
「経政クセ」を舞ったのですが、ちょうど年齢が「経政」と同じぐらいなので、なんだかすごく瑞々しい仕舞だったと思います。

 

 

辰巳孝弥師(←独立したので「師」とお呼びします)の「山姥キリ」は、一緒に行った友人がちょうどお稽古している曲とのこと、遠路はるばる来た甲斐があります。
え~、ああいう風に謡うの?舞うの?って、11月の「項羽」に続き感動です。かなり骨太の山姥だな~とは思いましたけれど…。

 

 

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さて今回の目的は、ちょうどお稽古しているこの「黒塚」を拝見することでした。
阿闍梨祐慶の一行は安達が原の一軒家に宿を求める。主の女は糸を繰りながら浮世のはかなさなどを物語るが、従者が女の部屋を覗くと死体が山積しており鬼の住家であることが分かる。祐慶は法力をもって鬼女を祈り伏せる。
五/四番目物、季節:秋
  ☆社団法人能楽協会HPの曲目データベースより引用☆
ワタシは今回が「黒塚」初見なんですが、やっぱりリアルタイムで勉強している曲って、何も知らずに拝見する曲よりも何倍も楽しめますね♪

 

 

ワキは関西の福王流の方、ふたりとも若くて背がすごく高くてデカイです。また狂言方も大きいし、なんだか作り物やシテが小さく見えます。

 

 

最初にワキ&ワキヅレが登場して「旅の衣は篠懸の」と謡います。これ「スズカケ」って読むんですね。謡本をちゃんと確認して驚きました。謡本の漢字はニョロニョロしてるので、ルビ(というのかどうか疑問はある)が振られている音から「鈴懸」だとばかり思い込んでいました。だって山伏装束のボンボンが付いているアレの事でしょう?
う~ん、先入観はよろしくないですね。

 

 

さて、アっという間に奥州安達原に着いた二人ですが、早や陽も落ちて困り果てたところに人家の灯が…、ここで作り物の引き廻しが取られ、中にシテが座っています。

 

 

 げに侘人の習ひ程悲しきものはよもあらじ。

 

 

このシテの声は、リリック・テノールの範疇に入ると思いますが微かに哀愁が漂っていて、悲劇的なこういう役にピッタリ!なので面も憂いを帯びたものが似合います。
装束は前後とも謡本の挿絵とほぼ同じ、前はベージュっぽい金地に桐と唐草模様の唐織を着附に、後は鱗の摺箔に青地の亀甲模様の唐織を腰巻にして出てきます。
シテの個性とは思うのですが、どう見ても侘び住まいをしている貧しい女というよりは、実は貴い出自の女が隠れすんでるって感じに見えます。

 

 

さて、二人のワキは必死になって「唯々宿を貸し給へ」と頼みこみ、なんとか一夜の宿を借り、つれづれの会話から「ワクカセ輪」で生業の糸を繰る所を見せてくれと、女に所望します。
ここでシテが、正面向かって左、目付け柱に近いところに座って、実際に糸を繰ります。糸を繰り始めるのは「糸ノ段」といわれるロンギの箇所から、地謡とシテとの掛け合いで、「長き命のつれなさ」から段々謡も糸を繰るのも速くなってゆき、最後は平臥して双手シオリとなります。(ここの謡がすごくステキなんですよ~)
しかし、糸を繰る(紡ぐ)っていうのは、古今東西、本当に象徴的に扱われますね。

 

 

ここで、シテがあまりに夜寒なので焚火をしてさしあげよう、と言い静かに立って橋掛リに行きかけると、ふと立ち止まり、
イメージ 1

 なうなう、わらはが帰らんまで。此閨の内ばし、御覧じ候な。

 

 

と念を押します。さらに

 

 

 此方の客僧も、御覧じ候、なぁぁ。

 

 

と有無を言わせないほどの凄味を込めてシテが問いかけます。この時ゆっくりと確認するように、面をややクモらせながらゆっくりと左足を掛けて橋掛リの方に向くんだけど、この間のとり方と面の使い方がすごく良くて、思わず鳥肌が立ちました。

 

 

この後間狂言が、閨の内を見たい、見るな、見たい、見るな、ついに見てしまい、正体を知った僧と知られた鬼女との対決となります。
前半があまりに哀れなので、つい鬼女の味方をしたくなるワタシ…。
わかってはいるけれど、ついに祈り臥せられて鬼女は姿を消し、附祝言の「五雲」で、今年度最後の七宝会は幕を閉じたのでした。