VOL386: 夏の陽、ストロベリーTEを飲みながら、




写真が切れるので見難いと思う人はこちらへどうぞ、

 写真BLOG  http://blog.manilanoyoake.com/


送信者 manila bay




●  はじめに、


最近は晩になると、TEAを飲むことが多い。

昼間は大体STBKSや仕事場で3,4杯コーヒーまたはラテを飲む。

だからというわけじゃないが、夜はTEAの方が体のためにいいような気がするし、たしかに

TVや雑誌などを見ているとコーヒーは日に3杯くらいにとめておいたほうが良いとある。

先週末、山岸さんのところで、strawberry tea をごちそうになって、ちょっとガツーン

とショックを受けたのだ。


Strawberryの甘い香りと、砂糖が入っているかのようなまろやかな甘さにこんなおいしい

TEAもあるんだ、と驚愕した。



TEAといえばイギリスだが、そのもらったTEAは spanish産なので、TEAじゃなくて TEだ。

なんだか10種類くらいフレーバーがあるみたいで、インドの御香のようなにおいは

さすがにきつすぎて飲みにくいが、りんごとかイチゴはとてもおいしい。

おみやげにいろんな種類のTEをもらってきて家で試している。




送信者 manila bay





イギリスといえば先週の金曜の夜は映画シャーロックホームズを観たが、面白かった。


なにがおもしろいかって主演のRobert Downey Jr. からして、なんかMarvelのコミックを

映画化したような感じで、動きがあって、まるで昔本で読んだシャーロックホームズのイメージとは

ぜんぜん違った。



当然話している内容は当時のイギリス人がしゃべる内容だからその時代的背景の英語の知識がないと

聞きとれても意味が理解できないという難点だが、それはさておきおもしろい。




このRobert Downey JR.という役者実は最近になって目につきだしたのだが、名前自体はもう

だいぶ前から知っている。


数ヶ月前に買ったGQに彼のインタビューがでていて読んでいてなかなかおもしろいと思った。



どこがって、売れない期間が長かったからかもしれないけど、そういう経済的な苦境に

対しての恐れがとっても強いっていうことを素直に告白していて好感がもてた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BBJr


送信者 manila bay





彼の Wiki を読んでいるとドラッグプロブレムで悩んでいたから、あーそうか、って

感じで今時の単純なActorと違って、僕らの同年代の人って感じだよね、80年代の

Actorの複雑さっていうのを内面に抱えてて。

映画も作っていてほんと僕らの時代の感性が入っている人だ。

リハビリテーションセンターにも入っていたと書いてあるけど、そういうことなんだよね、

アル中でもドラッグでもまずは自分が中毒だっていうことを認めるところから

はじめるわけじゃない。



依存症から脱却するには自分の内面と向き合うことだから。





恐れに対して素直に向き合う人っていうのは、じつは一番クレバーな人じゃないかと

個人的には感じているし、自分もそうありたいと思う。






送信者 manila bay







自分の仕事でも人間関係でも健康でも人生とかでもどれも同じなんだよね。




自分の状態というのをまっすぐにみつめること。




それが一番大切なのに、それは一番やりたくないことだったりするわけ。



自分の顔を鏡でじっくりみて、ああしわ増えたなとか、おなかたるんでるなとか、

たいていの人は鏡をのぞいていても、見てみぬふりをするんだ。

そんなの毎朝気にしたくないじゃん。





自分の仕事だって、人生設計だって、うまくいってないお金のことや家族関係だって、

はっきりと真正面から問題をみたくないことばかり。





でも、いつか人生のどこかで、そういうことをはっきりと向き合って、つきあってこなかったら

その歪は絶対現れてくるわけ、大体悪い形になって。


自分の見たくないところに付き合うって、それはそれで慣れが必要だけど、それに対して

人間って慣れてしまう強さがあると思うの。




それを強いって言うのか、繊細って言うか、歳を取るっていうか、経験を積むっていうのか

いろいろと意見がわかれるけどね。



でもそれって人が避けて通れない道じゃないかと思うよ。



送信者 manila bay




そんなわけで、マニラの陽ざしはもう夏のそれだ、陽ざしが頭に突き刺さるわけ。



VOL385

● 今年の抱負、ひとそれぞれ、いろんな仕事で



というわけで今晩はハイストリートにできた割と新しい麒麟っていうチャイニーズレストランで、

マニラでそれぞれ異種の業界で仕事をやっている日本人の方々と友達の輪で夕食をとってきました。

林さん関係のIT系の方が多く、フレッシュな20代の方もいて、あまりに日本人と飯を食べる

ことがない僕にとってはひさびさに新鮮でした。

今の大学生の就職状況とか聞けたし、

ちょっと勇気がわいた。


みな結構がけっぷちに立ちながらそう感じさせないというか(僕だけかなあがけっぷちなのは)、

楽天的ぽい感じに力づけられました。

よし、俺もイッチョウ新しいことをやろう、と思いました。



そこで思ったこと、違う業種の方に会ったりして、フィリピンで仕事を始めようとする方に

自分の良く知っている分野のことを伝達することって非常に自分にとっても相手にとっても

有意義なことではないかと。

人は皆それぞれ自分の会社でやってきた専門分野があり、マニラに来てなんでもやらないと

いけないときは自分もとまどうことが一杯あったけど、そんな時気軽に聞ける相手がいればいいんじゃないかと。


それは自分にとっても違った考えを持つ方、とくに経験をつんでその道の分野でやってこられた人から、

他業種のお話、ビジネスモデルについて教えてもらうことは新しい発想を考えるきっかけになる。


今日話をしていて気付いたのは、人というのは自分のやってきた業種で経験してきた

ビジネスプラクティスによって、その人のお金の価値観、仕事のやり方、価値観などについて

大きな影響を受けているのだろうなということ。

具体的に言うと、毎日八百屋さんで野菜を売って現金収入を得ていた人とソフトウエアを

作って給料をもらう人と、不動産を売り買いして自分の会社を築いてきた創業者、公務員の人とでは

随分と違うお金と労働についてや稼ぎ方、経済、金融、仕事についての仕組みへの理解の仕方が

違うのだろうなあということ。

ただ一緒に話をしていると仕事は仕事、お金はお金と呼んで同じ呼び名で同じ意味合いの

ことを話しているように見えても実は人それぞれ随分違う思いをこめて言葉を使っているのだ。


最近考え方が停滞していたのは新しい人たちにあっていなかったからなんだなあと思ってしまった。

自分の属している業界の人とだけ接しているとしゃべっている内容と意識のずれがない。

でも、違う業界の人としゃべっているときには相手が同じことについて同じ意味合いで

使っているかどうか、いちいち確認しながらでないと理解し合えない。

それは社会にでて働いている人と働いた経験がない学生とが仕事の話をするときに、

働いている人が学生さんに対してしゃべっていることが理解できるかどうか確認しながら

意味を説明していかないとコミュニケートが成り立たないこととをみてもあきらかだ。

だから僕らは異業種の人と話をするときには時々相手のいっていることがわからなかったり、

違和感を覚えたりする。


僕にとってはITのことって知らないだけに聞けば聞くほど実は興味深い。物ではなくて

知的付加価値を提供してそれを顧客に課金する方法は物理的な商品の取引の形態以上にいろいろあるし

おもしろそう。

GOOGLEなんてその最たるものだし。可能性は無限大だ。

他には作られたソフトなり、データの価値ってどういう風に値段をつければいいの?とか興味ある。


送信者 manila bay




今年はいろんな人と交わっていこうと思います。

自分のことを考えるよりもほかの人のことを考える時間を増やします。


というわけで、なにかフィリピンに関わっておられる読者の方でなにかどうしたらいいかわからないとか、

フィリピンに来る、住む、または商売をはじめる際の素朴な質問でも、専門的な質問でもありましたら

どんどんメールしてください。

僕が知っている限りの回答をさしてもらいます。

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ご質問、ご相談  メールアドレス  tom_manila@yahoo.co.jp

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VOL384: 価値を生み出せる人、リアルな時代の2010年始動




● はじめに、だらだらっとした幸せ、フィリピンと寒い日本、


土曜の晩はのんびりとフォートのGYMに行った。


今週はWork outを2回すでにしたので軽く流す感じで、30分くらいだけ流す。

それだけ。

日本から帰ってきてこの一週間はいろんな面でプレッシャーがかかった時期だった。

生活の面でもいろいろ変化があり、家事を真剣にやってみたりしたり料理をしたり、

なかなか忙しい。

日本では京都、静岡、横浜、東京と滞在してきたのだが、感じたのは車の運転でも、

道をあるくのでも、一見整然として、効率よくやさしいシステムがたくさんあるのだが、

ちょっとでもルールからはずれると、すぐキッとなって注意する。

僕なんてひさしぶりに運転するから、ここで交差点に入って右折するときはどういう

風に右の車線にはいって、どういう動きをすればいいのか、とかいろんな場面で、

日本人風の挙動を忘れてしまっているから、他の人にたまに怒られたりする。

道路上でのルールだけのことじゃないんだ。

電車の中での携帯の使用とかでも、よく言えばルールに厳しすぎる。

悪く言えばちょっとでも違う人は社会全体で許容しないという暗黙のルールが全体を覆っている。

多分それは規制ということだけではなくて、悪い意味で外から入ってきた人に

排他的、(あまりやさしくない)印象を与えるのだろうか。

ここんところとても微妙だ。

たとえば市役所とか行くとブラジル人とか中国人とか韓国人で仕事をしに日本に来ている

外国人のために一つの課があり、日本の市への届出や国民健康保険のやり方なんか

をきめ細かく指導しているところがあると思えば、入管などはあまり外国人への

ビザをだすのにウエルカムではないような雰囲気もあるし。

いったいなんだようというか。

行政全体の取り組みとして外国人を受け入れようということと、市民のレベルで

外国人の隣の人と暮らしていくということはまったく違うことで異質な人を受け入れる

ということはまだまだ一般社会に染み渡っていないのだろう。


マニラに戻ってなにがほっとするかというと、車の運転の仕方なんかだったりして意外かもしれない

のだが、交通ルールがなってないとか悪いとかではなく、基本的には街には

いろんな種類の人がいて、それぞれやっているから、どういう風にサバイバルするのかは個人の

責任ですよねっていう割り切り方があって、それが僕にはさっぱりしていて割とあうんだけど。

なにかを排除するという形ではなくて自分で注意していくしかないという路線、言い方を変えれば

モスリム市民やいろいろな言葉をしゃべるプロビンスからマニラに集まってきた人達

を国として纏め上げていけていないフィリピン政府の特徴がでている。

日本やシンガポールのように市民としてルールというものを厳密に作り上げ、それを厳しく守って

いきましょうというのが自然に行われるのは素晴らしいことだと思うが。

それが行き過ぎているような気がして気持ちが悪い。


そのようなコンセンサスがとれない街並みに紛れ込んだ安心感とでもいえましょうか。

簡単にいっちゃうとたとえばC5というかなり車の速度が速い幹線道路でも思い思いに人が

渡ってしまうような場所では、人は交通ルールがあってもそれが厳密に守られるとは信じられない、

信じて行動すれば自分が危害をこうむる状況なので、ルール(政府)があっても

みな自分の責任と判断で行動している。


日本というと交通ルールからはじまって、学校教育、社会に出たときの行政、福祉、

公共ルールの全ての面においてお上のの引くレール、システムに従うように教育されて

きたわけだから、それを無意識のうちに肯定して、少しでもルールからそれるものを

はじきだすという無条件反射みたいな行動をみると、僕はこわいんだよね。


社会には社会の許容力があり、それは市民個人個人の規範、判断能力の幅のようなものに

よって人と人との織り成す行動の規範の線を引いているのだと思う。

その包容力がなくなって、人間がちっさくなっちゃているような気がするのは、

個人がそういったルールに対して外国と比べて、行政が出すぎたまねをしていないか、ということを

常に考えて政治に介入していくということが基になっていると思う。




そりゃあフィリピンの商取引とか、警察とかお役所とかいい加減でいんちきで、法があきらかに

通じないっていうのも明らかにこまる。

日本とフィリピンを比べて国によって法とその遵守の違い、国民がどれだけ政府の立法、

施行能力に信を置いているかということの違いはあり、法は法で守られるほうがいいんだけど。

そういう問題をいってるんじゃなくてね、具体的には携帯を電車で使ってはいけません、とか

エコバッグの使用とか、細かい市民生活の内容まで自治体や市が細かく決めてとか、

駅のエレベーターで左半分に立って右は歩行者用に空けましょうとか、それを守らないと白い目

で見られるみたいな風潮ってなんだか市民同士で監視しあっているようで気持ち悪い。


道路をJwalkするときは個人の責任で渡るのと同じで、ただでさえせまっくるしい道路で

譲りあいのし過ぎとか、そういうものは個人個人の常識で判断するものであり市民一人

一人の社会性からくるべきものであって、ルールを決められて、それを守らないといけませんって

いうのは小学校の子供レベルの話だ。


行政が市民にルールを押し付けるのは社会的に有意性が明らかに認められる場合だけであって、

乱発のしすぎは日本人の従順な気質からして制限されるべきだと思うのだが、どうだろう。

そういうのが日本人の良い気質というのとは違うと思うんだよね。

ただお上の管理に考えずに従ってるというか、考えてないっていうか。



でっ、一番前の話に戻って、土曜の夜にだらだらとWork outをして、ちょっと27度くらいの

気温でみながだらだっとthe fort あたりの高級なミドルイースタンレストランで、

うまいHummsとか チキンShawarma とかトマトスープをすすっていると、ああなんて快適で

幸せなんだと実感できるよ。


コンドミでも購入して、まともに暮らしできるくらいの収入源があればもうあとは人生この

ままずっと行ってくれって感じで。


それに対比してじつは日本は言われるほど豊かではない、ということが身に染みてわかった。

いやあ日本にいる時は寒いから外でるっていっても地方都市だと

JUSCOとかアピタとかイトーヨーカドーに行くぐらいしかないでしょう。

そこに来ている人はほとんど生活必需品を買いに来ているわけで、着る物とかは

Uniquro で買っている(そこで買っているのは若い、お金の使える人達)。

アルバイトしてる人達って良く考えたら十数万円の収入だからそんなに使えるわけないし。


直近の話では製造業とかが盛り返してきたみたいな感じだけど、2010年はそうじゃないと

思う。

実際は金融危機の根本の問題である金融機関の損は時価会計をやめた時から

隠されたままになっているし、会社をたすけるためにだされた政府からのお金は世界中の

肝心な会社に流れずに、株や先物などの金融証券に金融会社が使ってしまってバブルを

生み出しているだけだ。


中国のバブル、欧州や中東、どこが先にはじけるか。

中国あたりがあぶないんじゃないか、中国は米国債の損を地金購入のゲインで補うということで

アメリカとの合意があるらしいが、金価格も12月のはじめに1オンス1200ドルから1100ドルに

調整したのが1140ドルまで年明け戻ってきて、それにドル高円安も加わってきて

僕が少し購入している円建てのワラント債が戻してきている。

このままドル高円安基調が続くと3月以降日本の国債が危なくなる。

日本のカントリーリスクというのはその借金の大きさで格付け的にはいまやギリシアと

あまりかわらないところに来ている。


日銀の国債買い上げという非常事態になる前に中国政府はインフレ抑制のために、

金融引き締め政策を近じかするだろうが、それで世界中から流れ込んでいる資金が

一気に流出するとバブルがはじけるだろう。


まあいろんなうわさが流れてきているが、案外ドルに対して価格がくずれていないペソ

あたりが円よりも良かったなんてことに3年後くらいになってるかもしれない。

そうするとフォートあたりで1sqm1000から1500ペソ払って、割高すぎるという

ことで貸してもいないコンドミニアムをだまってホールドしている中国系フィリピン人

小金もちたちがこの10年くらいで一番資産を減らさないグループになるようなきがして

最近しょうがない。

今年は個人の生活を如何に安定させるか、というのが課題だ。

大きなことはできないが、まずは安定させるのが先決だなあ。

そのためには酒のんで遊んでる場合じゃない、

人の寝てる時間、自分の信じることにつきすすんでいくしかない。

それがたとえ人のやっていない道でも、

誰も自分の人生の計画を立ててくれるわけでもないし、

歳とって派遣村に入ってしまった人たちを日本政府が面倒みてくれるわけでもない。

外に転がっているチャンスに目を向けて突き進むしかないっしょ。





● 価値を生み出せる人、リアルな時代の2010年始動


昨日は偶然見つけたフィリピンでリタイアしている日本人中年男性の人のブログを読んでいた。

そこで思ったことがあった。

その方はフィリピン人の奥さんを頼ってフィリピンの地方都市に家を買い、奥さんの家族や親戚

などと暮らしながら日常のいろいろな文化や言葉から来るもんだいに悩まされながら暮らしている。

生活の糧なども年金が入るのをあてにしながら暮らしていて、これからどうしようかと将来的に不安なのだ。


同じような形でフィリピンに居を構えつつも、悠々自適、マイペースでやっている方たちの

ブログも沢山あるから人それぞれだろうけど。

結局年を取ってフィリピンに来てなにかビジネスをはじめようかという人が失敗するとか、いうのは

はやいところフィリピンという特殊性ではなく、その人が日本でもビジネスをできる人かどうか、

その人の能力の問題であって場所の問題ではない。

なにも下調べをせずに退職金があるからと誰かのうまい人にのっかってポンとお金を出す人は

それが日本であっても結果は同じだ、いやもっと沢山日本だったらお金を失う。

ビジネスの形態により、場所、人、コスト、組織作成、ビジネスモデル構築、資金などが変わるので、

それは日本の中であっても自分がやりたいビジネスの内容によってその全ての要素を最適化しないと

人様からお金はいただけないのであって、その辺がきちっとしていないと絶対にお金は回ってこない。

ましてや外国だとさらに自分のコミュニケーション能力や資金、法律規正、マーケティングなどの要素

さらに加わってくるから安直にビジネスを立ち上げても大もうけできるレベルにいけれるかという

なかなかそういうわけにはいかない。

現に言葉ができて、フィリピンのことを良く知っている日本人の方でも良くて会社を安定的に20年くらい

継続できているのが関の山で人からのうわさになるほど安定的に儲かっている日本人の有名人という

のはほとんどゼロだ。(もっともそういう人達はフィリピンにはいても他の国に居をかまえているのかもしれないが)






でっ、最初のブログの人に戻って、日本で勤め人でやってきた人がフィリピンにやってきて商売をする

ということになったときに誰もがとまどうことということで筆を進めていきたい。

それは勤め人から個人経営者になったことなんだようと簡単にいうとそうなるが、言葉にすると簡単だが

この意味を最近かみしめるようになった。


結局他人様に物なりサービスを売ってお金をもらうということは、その人にとって得になるものを提供しなければ

ならないということ。物を売るという最前線の現場にいた人はそれがわかるのだろうが、会社という組織に

いると店の売り子さんや営業員でないと(営業であってもわからない)実感としてわかないだろう。

本当に必要とされているものでないとなかなか毎月続けて売れない。

製品を作る製造の人や経理などの人が会社を立ち上げてフィリピンでやる場合に、これだったら売れるだろうと

考えてやって結局売れなかった。ということがあるが、それは元営業の人だって、人が求めているものを

自分で作って提供するというのは試行錯誤だ。

本当に物を必要としている人に必要なものを提供するという魔法の調味料がぴったり組み合わさって、

やっとお金が入ってくるという作業をそのほかの人の問題やら資金繰りやら法律の問題やらをかたづけ

ながらやっていくというのだからフィリピンで商売をやっている方には脱帽する。

そこにはマニラで働く社長の日記さんやOFFshoreさんやHappy cream puffさんやOscarさんやAkiraさんのように、

これがいいんじゃないだろうかと自分で考えて、これでいこうときめて、人やお金の手当をして、という

算段を踏んで実行、試行錯誤の繰り返しというある種自分に対するぎりぎりのところでの読みとダメだったときの

読み、プレッシャーなどの戦いなどのタフさが求められる。

なにかで読んだけど、3年間はがんばれるけど、それ以上だめだと人の心はくじける。

必要としている人をさがしたり、必要とされるものをさがすのには時間がかかるから、うまくいかない

ことがあるたびに心はくじける。

そのくじける体験はいつになっても慣れないし、やはりたまには成功体験というものがほしい。


それはただやみにくもいろんなことをトライするのではなくて、試行錯誤の繰り返しの中でもやはり

正しい魔法の調合を配合するのに突き当たるように正しい道筋のつけ方というものがあると思う。


それを決め、商売や社員をその方向に向かわしていけるかどうかが、実は経営者の最も大切な質資であり、

それがなくてただ売上げをあげることしかないカンパニーに5年後はないと思う。

それは結局必要な人に必要な物を提供できているかどうか、という問いにも返ってくる。

フィリピンに来ていきなりサラリーマンから自分の商売を始めよう、あるいは奥さんの実家にすみついて

から何をやろうかという人は、結局そういったことをやろうとずっと準備してきた人ならまだしも、自分はなにが

できるんだろう?という問いから始まることが多い。

自分はなにができるんだろう?は日本で会社を転職しようとするときに転職会社の人から聞かれる質問だ。

そのタイプの質問から誰のために何を提供できるか、というレベルの質問を常に問いかけられるようになるには

心の中で結構なプロセスと経験を踏まなけりゃいけないと思う。

それが好もうがいやだろうが、そういう風に考えれるようにならないと誰もお金は払ってくれない。

魔法の調合だ。


人には向き、不向きがあって、お金の計算が得意な人、物を作るのが好きな人、人に物を売るのが好きな人、

人を管理するのが好きな人とか、いろいろあるけど、必要な人を探し、必要な物を調達し、提供ということが

商売の形、組織としてなっていない商売は成り立たないので、そこがむずかしいところだ。

いろいろと自分が会った会社の経営者の中でもバランスがとれて何でもできる人というのはいなくて、絶対どちらかに

偏っている。物を売る営業が得意なオーナーの入る会社はとりあえず物があればなんでも売って商売を

続けていけるわけだし、一つのものにこだわる人はある特定の分野のものにこだわった製造なり、売り方を

考える。100個会社があれば100通りの会社の形、商売のやり方があるのは興味深い事実だ。


人に対して価値のあるものを提供できる自分になる、というのは単純なようであっておくが深いものだ。


そこを意識して、フィリピンで商売を始めるもよし、リスクを踏まずにリタイアメント用にお金をセーブして暮らしていく

もよし。

お金というものは必要以上に人の幸せ不幸せを左右する魔力を持ったものなので、それに影響されないように

真剣になってその扱い方を学習していく。


残念ながらもはやなにも考えずにサラリーマンを続けていけば老後は安泰のような幻想的な世界は存在しないのだろう。


2010年は僕が想像してきたリアルな答えを日本人に突きつける終わりのはじまりだと僕は心の中で思っている。



VOL383: 今日もまたオムレツで、


(写真がちょん切れて移るので写真BLOGで見て頂戴)

  http://blog.manilanoyoake.com/



今晩もなぜかオムレツだ。

なにかオムレツって体にいいような気がするのだ。

UCC CAFEでメニューをみたらオムライス、というのもあったが、オムレツはないの?と聞くと
Morning メニューというのを持ってきてくれて、そこにあったSpanish オムレツを頼む。








今日は大事なレポートを仕上げるために4時間くらいぶっ続けでレポートを作った。

元になるノートはできているからそれをPower pointに切り貼りするだけだったけど。

こんなに長時間なにかを集中してやったたことはこの半年なかったような。

そのため脳にいくエネルギーが消費されたはずだから夜でもオムレツだ。



その後はちょっとみっちり有酸素運動をやろうという気で、立ちながら足をクロカンスキーみたいに
両側に押し出していくのを120Wを目標に、これだと走るのよりも高いカロリーを消費できる。

30分で300カロリーくらい。その後は軽く10分くらい走る。

その後は腹筋をやって、それからベンチプレスは50kgを3セット、最後の仕上げは
チェスト。

まあまあのWORKOUTだった。




なにをどのタイミングで食べ、どのエクササイズをどの強度で、睡眠は、疲労度は、
全てが関わって体調に出てくる。

どのような状態に体調をおきたいのかを意識し、なにを引き出したいのかを知ることから
体調を主体的につかむこと、それから全てが始まる。

そこさえ意識せずして、自分の人生でなにをしたいのか、と思ってもそれは単なる希望にすぎない。

富士山の頂上に登ろうとしたらどうやって上るか考えることが必要で、ただ単にその辺を歩き回るだけでは
絶対にそこに行き着くことはできない。









● ダライラマの言葉、そして写真、




前回の丸山健二の言葉はシニカルだったけど、今日はちょっと違ったポジティブな言葉を写真ブログである ”タスマニアで生きる人たち” からダライラマの後援での言葉を引用





引用開始


”世界の環境問題についての講演だったが、話の内容はバラエティにとんだものになった。
色々な話の中で僕の心に残った言葉を少し紹介したい。


1、幸せになるためには自分自身に自信を持たなくてはいけない。自分に自信がないと人を疑う。
どんなに富を得ても自分を疑い、人を疑う人生に幸せも、心の平和も訪れないと彼は言っていた。


2、社会の変化、環境の変化、人間の変化、世の中の変化、全ての変化は突然空から降って来るものではない。
一人一人の人間が行動を起こさなければ、いかなる変化も起こらない。一人一人が行動を起こすためには
その人の心の中に変化が起こらなければならない。
心の変化は一人一人が物事を良く考えなければ起こらない。

「考えなさい」と彼は何度も言った。

「ホバートは小さな街だから忙しい大都会の人たちより、考える時間はたくさんあるでしょう」というと会場に笑いが広がり拍手が起こった。

3、「私はいまでも毎日5時間のメディテーション(瞑想)をしている」といっていた。

ダライ・ラマに会えて本当によかった。”

引用終わり





これを読んで僕が思ったのは、自分は自信がなかったのだな、と。

自分に自信がないと人を疑う、と。


当然自信がないとせこくなる。


人を疑う人生に幸せも、心の平安も訪れない、と。


自分に自信を持つ、これ簡単なようでじつは僕にとっては大変なことだ。

自信を持つこと人を疑わないことは、人に優しくするための必要最低条件なんだ。

いつになったら自分に自信ができるんか知らないが、これが性格なのかもしれないが、

でもいつかは克服すべきことなのだ。



関係ないけど、僕は20個くらいの写真ブログを読んでいる。

でっ、それらのブログの文章を毎日読んで感じたこと、写真ブログをやっている人の

言葉って謙虚でいつも被写体から学ぼうとする姿勢がある。

何気ない日常の中にあるシーンを切り取ると言うことは、そういう何気ないシーンに

なにかを感じ取るという姿勢の持ち方だから。

そして何を撮るかにはその人がくっきりと映し出される。





VOL 382: 炭水化物をとらない生活をしていたら、丸山健二の言葉、


血糖値とかにきをつかって、炭水化物を取らない生活をしていて、
肉ばっかり毎日食べてたら、

この前の血液検査でUric acid (尿酸)が 8.4だってさ。

その代わり中性脂肪なんかは普通だし、ちょっとLDLがたかいのでトータルコレステロールが232
と正常値の上限みたいな感じだ。

最近は日本の学界でもトータルコレステロールの上限値が210くらいから230くらいに
変えられたのがひろまったようなので、一様健康みたい。

それにしても尿酸を上げない食べ物ってみてたら、肉、魚介類、豆、野菜、おまけにカフェインと
全部いけないって書いてあるサイトもあって、なんじゃこりゃだ。


だからちょっと気をつかって今日の晩御飯はこんなもんだったよ。





でちょっと野菜を、





で最後は物足りないので、ちょっと




これでも最近はベンチプレス50kgあげれるようになったからちょっとは体健康なんじゃないかなあ、

情報がいろいろありすぎてなにをたべればいいのかちょっと考えをまとめ中。


● 丸山健二の言葉


大学生の頃丸山健二の本は良く読んでいたが、孤高の作家で長野かどっかの山の中で一人で
庭をつくっている写真かなにかを見たのを覚えている。

毎日読んでいる”いつも心に青雲を”っていうブログで田舎暮らしのことがとりあげられていて、
そこに ”田舎暮らしに殺されない法”(丸山健二)の引用で面白いのがあったので、僕も引用します。

なぜかというとそこには男の一生が詰まって書かれていると思うから。









これって会社勤めの人が脱サラしたときや、フィリピンに来て新しいことをしようとしている
人にあてはまると思うから。

厳しい言葉だ。






以下引用。
   
 (定年を迎えた団塊世代のあなたはこれまで)親に依存し、学歴に依存し、職場に依存し、社会に依存し、勝手に依存し、家庭に依存し、酒に依存し、経済的繁栄の時代に、依存しながら、くぐり抜けてきた数十年の間に自立の事実の機会をことごとく失い、単に自分に課せられた勉強や仕事を通してのみ知りえる現実の厳しさだけを認識しているばかりで、本当のあなたは、自身からも、世間からも、逃げて逃げて逃げまくってきたのではないでしょうか。
     *      *      *
 職場におけるあなたは、頑張ってきたわけでも、闘ってきたわけではありません。あなたは、単に忍従と屈辱の日々に自分を慣らすことのみに精力を費やしてきたというだけなのです。つまり、あなたがくぐりぬけてきたのは、逃げて逃げて逃げまくってきた数十年間であって、決してそれ以上ではなくその醜い逃げ癖は、いまだに骨の髄まで染みついているのです。

 職場における地位や、世間的な評価といったものを誇りや自尊心の土台にし、一人前のおとなの男のふりはしているものの、実際には何のための人生であったのか疑わざるを得ない木偶の坊であり、自分の始末さえもつけられないガキなのです。
 そんなあなたのことを一番よくわかっているのは、たぶんあなたの連れ合いでしょう。
     *      *      *
 もしもあなたが田舎への移住の目的のなかに、人と人との温かい触れ合いや優しい交流なるものを、漠然と、あるいははっきりと加えているのだとしたら、それはすぐさま削除すべきです。
 そして、そんな情緒的に過ぎることを求めたがる、そんな甘ったれた愛に飢えているあなた自身について、自分がどんな男になってしまっているかについて、つくづく考えてみてください。
     *      *      *
 定年による職場からの離脱によって初めておのれのすべてでもあるかのごとき肩書や学歴や職歴といった尺度が世間にはほとんど通用しないことを悟り、それでも辛うじて残っている過剰な自尊心をひけらかしながら同じ待遇による次の職場を捜しても相手にしてくれる雇用主はひとりもおらず、現役を維持している友人たちが友人に思えなくなり、そんなこんなを世間の冷たさのひと言で片づけ、さかんにため息を洩らしながら、都会における非情な暮らしから脱出さえすれば傷ついた心がたちまち癒されるのではないかという身勝手な幻想を抱き、牧歌的な美しい風景を胸に抱き、素朴な人々との人間らしい接触を夢見ているうちはかまわないのですが、あなたはそれを突然実行に移そうとしています。ろくに確かめもしないで。

 そんなおめでたいあなた方の心理を巧みに突き、煽って商売に結びつけようとする、狡猾な手合いがごまんといます。かれらにしてみれば、幻想の世代は実に落としやすい恰好のカモに見えてならないのでしょう。
     *      *      *
 ある日、紋切り型の労い(ねぎらい)の言葉と、数日のうちに枯れてしまう花束と、長年にわたってこけにされてきたにしてはあまりにも安すぎる退職金を与えられて、明日から自分の才覚と采配だけで生きてゆかねばならない厳しい状況に追い込まれたのです。

 あなたがうろたえるのも無理はありません。常に世話を焼いてもらって生きてきた子どもの精神のまま、自身を鍛える機会も得られないまま、いきなり老後の世界へ引きずり込まれてしまったのですから、迷子のごとき無様な反応を示すしかないのかもしれません。あとはもう、金と健康と連れ合いの愛情にしか頼れないと思い詰めてしまうのも当然の成り行きでしょう。

 しかし、あなたは強力な助っ人の存在を忘れているのです。
 それは、あなた自身です。
 
 あなたは確かに絵に描いたような強者ではないかもしれません。でも、あなたが思い込んでいるほどの弱者でもないはずです。おのれのすべてを他者に預け、委ねて生きてきた長年の付けをきれいに払いさえすれば、そこから本来在るべき姿の本物のあなたが浮上してくるに違いないのです。
 そうした方向に持ってゆくことこそが、本当の第二の人生なのです。
 (引用終わり)
     






歳をとってしまってから強力な助っ人の存在、自分自身をみつけられるかどうかはわからない。

だったらもっと早いうちからすればいいのに、と思うのは自分だけだろうか。

特にここのところでしょ、ずきっとくるのはね、


以下引用
定年による職場からの離脱によって初めておのれのすべてでもあるかのごとき肩書や学歴や職歴といった尺度が世間にはほとんど通用しないことを悟り、それでも辛うじて残っている過剰な自尊心をひけらかしながら同じ待遇による次の職場を捜しても相手にしてくれる雇用主はひとりもおらず、現役を維持している友人たちが友人に思えなくなり、そんなこんなを世間の冷たさのひと言で片づけ、さかんにため息を洩らしながら、都会における非情な暮らしから脱出さえすれば傷ついた心がたちまち癒されるのではないかという身勝手な幻想を抱き、

引用終わり

でっ、考えたのは肩書や会社や学歴が通用しない世間にでてしまったとき、人はどのようにして心豊かに暮らして
いけるのか、退職金をうまく運用して、病気をせず残された人生の数十年を波風なくすごして逃げ切りたい、と
思うのが大半の人の考えではないのか?

でも世の中には歳をいくらとっていても、他の人のために役に立つものをあたえられるということができれば、
その人は社会から認められる、または自分自身の存在を社会の中で意味のあると感じて生きていられる。
その唯一の手段だろうと思う。

別に歳をとってリタイアしたときだけのことだけじゃない。

たとえば30歳で会社をやめて何にも属さない身分になると突然不安が襲う。

周りの人は自分を空気のように見たり接したりする。

そういうつもりはまったくないのだが、会社を辞めていない人にはやめた人の気持ちが
大きく変わってしまったことが感じられないから残酷な態度を取る。

自分の仕事に関係ない人はもう関係なくなるのは当然だ。

つまりなにかを与えられない人は社会的に0になる。

それはなにかを与えられるようになるまで0は0のままで続く。

それは受動的に会社を与えられているうちは仕事をするということによってなにかを社会に貢献しているので
そういう気にはならない。

それが退職したり自分で会社をやめたりして、肩書がなくなるとある日突然他人が自分を相手にして
くれなくなるということに気がついて、世間は冷たい、とか言う風に考えてしまう。

ほらっ、昔小津安二郎じゃなくて黒澤明の”生きる”って名作があったけど、
あんな感じ、

最後に市役所をやめた老人がみんなのために公園を作るって話。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B_(%E6%98%A0%E7%94%BB)









当たり前だが誰でもそういう状況になれば一度は世間は冷たい、とつぶやくのだ。

60歳になっても70歳になっても会社の創業者や社長が楽しそうなのは、それはそれで
会社という組織をつくりあげることによって他人に仕事や給料や楽しみを与えているのだ。

そりゃ、それは普通の人よりつらいことも人一倍あるけど、自分で人生をつくっているから
しょうがない生みの苦しみだって。


貴方がただ会社に職を与えられる側であるならいくら部長でも専務になろうとも会社を辞めれば
ただの老人だ。
すべての社会に貢献するという術が失われ自分ひとりになるから。

Happy cream puffさんと話をしていると僕には彼の言っていること、その一人で世間を相手に
商売をしていく苦しみ、孤独がよくわかるのだ。(いや彼だけではなく周りの独立している
経営者の方と話すと別に何にも言わなくてもわかる。)

厳しいよ、世間を相手にするのって、社長一人を喜ばしてればいいんじゃなくて、
知らない他人が喜んでくれるかどうかだけが結果で判断される。自分の人生や家族の
未来もかかってくる。







それは誰もがいつかは通る道なのだが、恵まれた学校環境や会社環境でそういう目にまだあわずに
経済的に勝ち組のままいく人も沢山いれば、そういううまい境遇にありつけずに苦労している
人もマニラにはたくさんいる。

Happy cream puffさんの偉い点は真正面から他人=社会においしいものを提供する、とか人を雇用する
ということでなにかを与え続けていることを目標においている(他にもマニラで起業している仲間たちは皆一緒だけど)ということだ。

一人よがりでは社会とつながっているとはいえないし、生計も立てていけない。

一人でもいいから喜んでくれる人がいればいい(それは商売とは限らないけど)

そしてそれをすることによって生計をたてていけるならこんなに素晴らしいことは
ないんじゃないか。

実は会社に属さずやっている人はみんな同じ気持ちだというのが僕にはよーくわかっている。

会社というものにおんぶに抱っこでそれがある日突然なくなってしまって自分の存在価値さえも
消滅するようなことが起きるないために皆自分で自立して生きていこうよってやっている。

田舎にいったって何かが変わるわけじゃないよ、自立してるかどうか、社会に受動的ではなく、
能動的に主体的に関わって生きているかだけが問題だよって。
丸山健二は多分そういうことをいいたいんだと思う。


ただこの文章は自分が思っていてはっきりわからなかったことをあまりにもずばりといってくれたので、
ちょっと感動してしまったのだ。








フィリピン人の知人が癌でなくなった。

人一倍に一生懸命人生を駆け巡った人だった。

2年以上にも及ぶ激しい治療と手術の日々だったが、もうなかなか逝きそうもない、と
関心が薄れたころに逝ってしまった。

人がこの世からいなくなるとは、もうどこを探してもその人には会えないのだという
不思議な感覚を得ること。

最後のお別れはまだしていないが、

自分の身内にそういうことが起こったらどんな気分になるんだろうか。

明日死んでしまうと考えて今日を生きようと言うが、

多分それはできないような気がする。

僕らにはしみったれて、しがみつくものが多すぎる。




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VOL 380:


● 久しぶりに金とか

というわけで金価格は連日最高値を更新している。

一年くらい前にBLOGで取り上げたときは1オンス800ドルとかだったが、今日は1160ドルだ。

http://netnavigate.net/kikinzoku/


繰り返し書くけど、これは金が上がっているというよりもドルの価値が単純に下がっている
意味になる。

ドルペッグしている中国元や香港ドルにしても同じように金に対して価値が下がっているし、
全ての通貨の価値が下がっている。


そしてニューヨークダウは上がり、日本株は下がる。



(ここからは興味がない人はとばして、最後の行までスクロールダウンしてください。)

-----------------------------------------------
アメリカは国債を売却するため金利を0.15%(3ヶ月物、日本国債は0.35%)に保ち、
米国の大手銀行は安い金利でドルを借り、
米国以外の国の国債を買ったり、株式に投資したりして高いリターンを得るドルキャリートレードの
おかげで株高は演出されている。


原油や先物などにお金が入り、世界中の国では経済悪化を防ぐために国債を発行して
いるために、世界中の債権市場が長期金利の懸念を抱いている。


何かの理由で長期金利が上昇し始めると全てのものが一気に逆流し、ひどいことが
起こる。

僕が参考にしている吉田繁治さんの考察では、米国の株高は人手をカットして少し黒字に
なったことをとらえて景気回復の兆しだ、という意味づけをしている。
ただ大手欧米系銀行の自己売買が過剰に増えて米国の株高を支えているのは間違いはないとのこと。


2006年に日本銀行がゼロ金利を停止したのはたった0.25%公定歩合を上げたのに
過ぎないことだけど、レバレッジをかけているヘッジファンドにとっては0.25x20倍=
5%利上げしたことと同じ意味合いだからすぐ資金を引き揚げてお金を返さなければいけない。



これが米国の住宅ローンにも投資していたヘッジファンドの崩壊につながっていることから
見ても、いづれは同じ事が起こるのは明白だ。


というか大手銀行は確信反的にそれらの操作をやっていて、いつかはタイミングを見計らって、
市場をクラッシュさせるものだと思う。これらのことが昨年と同じ規模で起こるのかどうか、
序序におこるのかはわからないが、2008年のくラッシュと決定的に違うのはドルの覇権の
終了と国債のクラッシュが同時に起こりそうだということ。


ドルキャリートレードで集められた資金は資源国BRICSへと向かい、それらの通貨を
押し上げている。資源国は自国通貨がドルに対して上昇すると輸出を抑えられるので、
通貨介入を必死でしてドルを買おうとする。具体的にはドル国債や社債、株式を買うことになる。
これが米国の株式が上がり続ける理由。



米国債が常に海外の投資家や国に対して売られる宿命にあるのとは対象に日本国債は
その大半が日本国内で消化されるしかない。
なぜなら利回りが低いから(同じ10年物国債でも米国3.4%、日本1.4%)。

米国は09年1-3月期GDPが実質-3.5%だったのを7-9月期+3.5%に
押し上げたのは政府支出の$8000億のSTIMULUS PACKAGEによるものだが、
米国は162億円の国債を発行して、GDPを押し上げ金融危機を下支えをできている
海外から国債の買い手を引っ張って来れたからで、これを日本がやろうとすると
全て国内の投資家から買いが行わなければならない。

すでに日本は来年度の予算の90兆円にたいし、税収の落ち込みで40兆円しかない税収を補うために
50兆円の国債発行を予定しているが、それに対しあと50兆円国債発行を上増ししようとすると
国債発売の引き受け難が起こり、既債発行国債価格の低下につながる。

すると日本国債をたんまり持っている国内大手行の含み損が巨大になり、90年代の不良債権問題が
また起こる。


霞ヶ関の埋蔵金と言う言葉があるが、それは国債の形で蓄えられているから結局それを使おうとすると
国債を売ることになるので、国債価格を押し下げることになるので使えない手だ。


GDP押し上げ策が奏して経済活動が活発化してくるといずれは経済刺激策を止めなければならない。
そうしなければ金余りとなってバブルの再来だ。


すると公定歩合を上げるしかないわけで、すると前述したとおり低い金利で発行された国債価格
の高止まりが一気に崩れる。



現状はといえば数日前に日銀がデフレ宣言をしましたが、デフレを食い止めるためにお金を刷って
国債を売って政府が市場にお金を入れている。


結果としてそれが資金バブルを生み出しGDPが回復し、
いずれはインフレを生み出す。
それを防ぐために超低金利を解除したとたんに国債の崩壊が始まる。


そのパターンで日本の失われた10年は起こったが、それよりもっとひどい状況になりそうだ。
なぜならそれは日本の問題ではなくアメリカの問題なので世界経済を巻き込むことになる。


それならばドルはただ単に下落していくだけなのだろうか?
結果から言うと円も下落すると思う。


日本国債を買っているのは国内の投資家だけだ。

来年鳩山政権が50兆円の国債増発を決めた際には結局日銀が引き受けるしか手はない。
大手金融機関が購入する場合でも結局国債の価格が低下をさけるために、日銀が買うわけだ。


日銀は77兆円の日本国債を保有し、75兆円の紙幣を発行している。
つまり日銀の発行する紙幣は日本国国債の保有によってその紙幣の信用を保っている。

つまり後50兆円余分に国債を購入する場合は日銀は50兆円分の紙幣を印刷することになる。
日銀は国債を引き受けるしかないので、円を増発し続け同時に金利を低く保つしか手は
ない。

ここで例の欧米系銀行家達が円で資金を借りて、売りの利益を得るために円を売り
浴びせればどうなるか。

タイやマレーシアやロシアで起こった通貨危機のできあがりになる。

簡単に言っちゃうと米国の場合は、自国の経済を助けるために、国債を発行してお金を借りている。
他の国が買ってくれるうちはいいが、それは相対的にその国の借金と通貨を
他の国が買い支えてくれることになるので、その国の信用があるうちはいいけど、
信用がなくなるとその国の通貨も国債も暴落する。

日本の場合は国債を発行してお金を借りるのは米国と同じだが、金利が安いので
国内でしたそれを買ってくれる人がいない。国債の価格の低下を防ぐには日銀が
低金利に押さえるしかないし、最後の引受人は日銀しかいないので、たくさん
国債を発行し続けなければいけない場合は国債を買った分だけ自動的に紙幣の
発行を余儀なくされるわけで、円の対外的な価値は弱まるしか道はなく、
自身の自己崩壊を引き起こすことになる。

日本の場合問題は政府の国債発行を押さえることが肝要で、政府支出を上回る税収が
あがり国債発行額が抑えられれば危機は去る。

そのために鳩山さんは仕切りなんとか、(仕分けだっけ?)をやっているのだが、
日本のGDPを支える世界の景気が良くならない限りこの
財政赤字は続くから問題は外にあると言える。


--------------------------------------------
で長々書いてきたけど何がいいたいのか。


まだまだ金はあがりそうだようということ。


● Robert pattersonのアブ

というわけで今晩は ELLEN 

http://ellen.warnerbros.com/twitter/

を観ていたら、またNew moon のエドワードこと
Robert pattersonがでてきた。



彼はモデルなので GQ とか雑誌によくでてくるが、Harry Potterにも前にでて
いたのは知らなかった。

っで思ったこと、やっぱりかっこいい。

でっ、これ



マニラの夜明け:マニラで健康自由な時間と仕事を手に入れ静かに優雅に暮らす。


そうか、やっぱりこういうアブ(腹筋をもってないとダメなんだ。)

自分のボヨンボヨンしているしまりのない腹をみて心の中で密かに思った。

こういうアブになるまでコントロールしてやる。。。


というわけで半年後にこういう風になってなかったら笑ってください。


 


VOL379:New moon

● New moon


というわけで今晩はNew moon を観てきた。
ティーンエージャーを中心にものすごい人気のエドワードのおかげでアラバンタウンセンターは
パーキングがえらい混み方で、こんなのは見たことなかった。



映画の予約のためにAyalaの映画のオンラインの予約サイトはダウンしてしまった。


それを予測して一週間前から2回分の予約をしていたのでなんとか席は確保できたが、
普通にチケット売り場に行ったって今週末に観れるわけはない。



でっ、本を4冊読んでいる大ファンといったから内容は細かいところまでわかったが、
別に本を読まなくてもおもしろかった。



というか今年観た映画の中で一番おもしろかった。



女性によると主人公のエドワードは女性の理想とするものを全て兼ね備えているんだって。
危険で、ハンサムで、永遠に歳をとらなくて、命がけでの愛。



一作目もおもしろかったが、二作目はもっとおもしろい。



脚本家も良かったし、映像的にも素晴らしかった。







途中でトイレに2回もいったので、ちょっと見えなかった部分があるからDVDでもう一度
じっくり観ようっと。




個人的にはエドワードの家族はなんで金持ちか、ということ。



詳しい人によるとエドワードの父親はドクターであり、歳をとらないわけだから
何百年もドクターをやっていれば金持ちなのは当たり前だ、という事。


彼の車は青いVOLVOだったが、自分も数年後には買ってやろうと思った。



映画の中で彼は109歳と言っていたが、それだけ長い間仕事もやっていれば
ビジネスもうまくなって最後には金持ちになれるのだろうな。



自分はビジネスでゆっくりといろいろなことがわかっていき、時間はかかるが着実に
進歩していく人だということがわかってきた。



勉強でもなんでも好きなことをしていると確実にうまくいくのだけど
人とよーいドン出始めると他人よりのろいので負けてしまう。



でも人がやっていないことをやるなら時間がかかってもいいのだ。



ただ稼げるかどうかだけが問題だ。



人間の寿命はバンパイヤと違って短いので、早く成長しなければ時間切れに
なってしまうのだ。



それだけはエドワードをうらやましく思った。


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VOL378:


● GYM, わくわく


今日GYMに入るため階段を上っていく途中、なんだか知らないけどわくわくした。



先週末から車が調子悪くて、昨日も今日も修理のために車が使えなかったので
気分が悪かったのだが。




GYMに入ってみんなの顔を見るとそんなのは吹っ飛んでしまった。



僕は体を鍛えるという意思を持って、わざわざ仕事帰りにGYMに寄るような人たちが
好きみたいだ。




仕方がないので今日はランニングマシーンを37分にセットして走り始めた。







周りを見てると走る人は僕より長い時間を走っている人も女の人でも結構入る。



増田あけみタイプというか、体が小さくても、長距離走れるフィットな体の人は
たまにいる。



かと思えば体が大きめの男でも激しくわりと早いペースで長い間走る人もいる。



ストレッチをはじめにするときに気がついたのだが、足のももが張っているのと
肩がえらくこっている。



これは2日前にハイストリートの周りを走ったとき、じゃああそこまで競争しようと
いうことにつれとなり、全速力で走ったときの影響だ。



いつもだらだら走る人が全速力で走ると筋肉の筋がプツンと切れるみたいだ。



今日のWorkoutの仕上げはベンチプレスだったが、ここのGYMはバーが10kgくらい
あるらしくて、20kgのおもりを両方につけてやると総重量が50kgくらい
になるので、怖くてあまりバーを下げれない。


もうこの10年くらい40kgばっかりやっていてぜんぜん進歩がないやつと
いわれるだろうけど、それがいいのだ。あんまり重いものをもつというのは体にかえって
悪い。



最初に戻って、なんで僕がGYMに入るとわくわくするか、ということを考えていたが、
結局答えはでまだでない。



なんだか今日はまとまりのないお話になりそうだ。







● ひさびさにPALを利用して



この国を出ようとおもって、Philippines Airline のチケットセンターに行って、
その場で予約して、購入。これをするのに多分20分か30分は待たされた。



これだけのことだけど、なんかPLDTの支払センターと雰囲気がにていて、なんかカウンターは
一杯あるけど、開いているのは半分くらいで、とってもスローに受付をしてくれるから、
待ち合わせ場所のいすにはお客さんがだらーと座っていて、半分市役所にいるような気になった。


まあ今回はマイレージの購入があったから、Palのチケットセンターまで行ったが、
これからはぜったいオンラインか、旅行代理店でチケットは買おう、と思ってしまった。




そういえば、JALのマイレージも溜まっていたので、最近1万5千円相当のクーポン券に換えた。

1万マイルで1万5千マイルの券がもらえるので、日本に行ったらJALホテルに泊まるのに使う。


去年はこれで京都に行った。

今年はどこに行こう。

でもこれだけのことなのに、JALは日本からクーポン券をわざわざDHLでたった3日間で送ってきた。

あり難いけど、さすが赤字体質の会社だ。ものすごいコストかかってる。

PALも少しは見習ってほしい。


そういえば、スターバックスを飲むとスタンプパッドにシールを貼ってくれて、

特製Dairyがもらえる季節だね。

もう1冊はもらったから、今年は3種類全部違う種類をそろえようと思う。

スタンプが一杯のスタンプパッドを1冊900ペソで売るなんてせこいこともするけど。

土曜には NEW MOONの席を Sureseat.com ですでに購入してあるし、

クリスマス前になると気を散らせることばかりで楽しい。






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VOL377:

● 信用、Meditation and バロメーターとしての Work out

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写真Blogなら、

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今週は、といってもまだ木曜日の夜だが、忙しかった、プレッシャーとストレスがかかったまま
息をつく暇もなくここまで来てしまったという感じだ。

充足感、とか充実、とか感じる暇もなかったので、意識的にネガティブ系のもやもやした雰囲気を
ポジティブエナジーに変えるため、家に急いで帰ってきて、きゅうりと昆布の酢の物、ブルーマリンの焼き魚、
穀物系をまぶしたご飯を急いでかけこみ、GYMへと急いだ。

木曜の晩というのにハイストリートの周りはやけにランナーが多い。

なにか知らないが、外からわざわざ会社帰りに車でハイストリートに来て、車の中で着替えて
1時間くらい走る人達がいる。

クリスマスなのかなんなのか、ハイストリートの中をぶらぶら買い物しながら歩いている人達と
ちょっと対照的だ。

GYMもなんだか人がいつもより多いような気がする、このGYMには平日の夜は
あまり来ないのでいつもこんな感じなのかもしれないが。

この2、3週間ほどはベンチプレスにこっていて、結構連続して毎回マシンでのウエイトではなく
ウエイトエリアでベンチプレスをやっている。

マシンだとやはり機械のアームがある向きにしか動かないようになっていて、部分部分の
筋肉を効果的に鍛えることはできるが、一方向にしか筋肉を動かす必要がないので安全ではあるが、
筋肉が全体的につかないようになっている。

ダンベルなりベンチプレスだと手首からひじから肩からジョイント全ての動きを固定してやらないと
ウエイトは弱い方向に滑り落ちるので、常に全ての筋肉が緊張している。

普段は楽をしてマシンをやっているが、ベンチプレスに変えるとチェストとか腕が太くなるのが
わかる。

それでもって、なんとなくエアコンの効きが悪いのか人の熱気で汗がじわっとでる中でストレッチを
軽くやる。

で、ランニングマシーンに乗って3.4kmにセット。

早くしたり、遅くしたりして、うーん今日はなんだか汗が良く出る。





エアコンあまり効いてないな。

もわーんとして汗が出てきて、TVを見ながら走る。bachelorette(女の独身)というアメリカの
Game show を見ていた。

http://en.wikipedia.org/wiki/The_Bachelorette

これは一人の独身の女性のハートを射止めるために10人くらいの割とかっこいい男たちが
競いあうという趣旨で、これの男性版もある。

サウナにはいっているみたいな感じで汗がでて、今日は体力があるという感じだ。

僕にとってWork outは、という根本的な問いかけには、Meditation (瞑想)だと答える。

1974年の本で禅とモータサイクル整備のアートという哲学的な名著があったが、その本の内容にちょっと

http://en.wikipedia.org/wiki/Zen_and_the_Art_of_Motorcycle_Maintenance


The 1974 book describes, in first person, a 17-day motorcycle journey across the
United States by the author (though he is not identified in the book) and his son Chris,
joined for the first nine days by close friends John and Sylvia Sutherland.
The trip is punctuated by numerous philosophical discussions, referred to as
Chautauquas by the author, on topics including epistemology, ethical emotivism
and the philosophy of science.

似ているかもしれない。大学のときに読んだのでもう内容は忘れてしまったけど、
走るとか筋肉をただ黙々と動かすというのは禅みたいに無の境地に至れると
思うのだ。

今週はただ黙って仕事をしていた。

仕事といっても市役所の仕事じゃないので、なにか人から与えられたものではなく、
自分で何をやるか考え、アクションを起こし、人になんらかのアクションを起こし、
その人のリアクションをみて最善をつくし、信用を少しずつ得ていくというものだ。

気合いというか、気力が入ってないとなかなか難しいし、アクションやコミニュケーションを
どれだけやったということが収入にすぐ反映されるものではない。

それでも毎日の他人への呼びかけの積み重ねが長期的に自分の仕事に反映されていくことは
間違いない。

誰にどのように誠実に対応できたかということは坊さんが徳を積むように、だんだん積まれていく
信用になって戻ってくる。

この世の中で一人で完結する仕事はひとつとしてなく、他人あってこそ自分の作ったものを
お金を出して買ってくれるわけであり、自給自足、自己完結的なことでこの世がなりたつのなら
お金は必要なくなる。

そういう意味で一人でやっていると自分の一つ一つの判断と他人への対応の仕方が
遅かれ早かれ皆自分に跳ね返ってくるということが経験として実感とされる。

その点言えば全ての社会にでて仕事をしている人はそれが大会社の社長だろうと、
下請けの従業員だろうが、タクシーの運ちゃんだろうがみな同じルールに乗っかって
お互い影響を受けながら生きている。

自分が他人に仕事上でも個人の付き合いでもどのように接しているかだけが自分の人生を決める。

うまく仕事をやっていける人と不器用な人の差はたしかにあるが、そういう経済的なこととか、
名声みたいなことの基準とは別のところに、人は自分が他人にどのように
接するかだけが最終的に自分が死ぬときに自分自身に返ってくるを唯一のジャッジする規範になる
と思う。

経済的な成功、仕事の上での成功などは二義的なもので、絶対ではない。
それは自分のエゴを満たすものだ。そういいきってしまおう。

そういう意味でWork Outとは僕にとって、単に心肺能力を高めるとか
筋力をつけるとか以上の意味がある。

仕事とそれ以外の自分のライフのバランスを取れているかどうかを自分で知ることだ。

心に余裕がないとWork Outではうまく走れない、弱弱しくなる。

体力的に余裕がないとWork outではうまく走れない、同じく弱弱しくなる。

仕事ばっかりに頭がいっていると、仕事以外のことに楽しんだり、他のことを考えたり、
他人を思いやったり、人生をエンジョイする余裕がなくなる。

体は正直で。

思いつめたり、心配ごとがあってもWork Outをすればわかる。

そういう状態だと、筋力が下がる。
走ってもすぐわかる。

自分が仕事ばっかりの状態にあると、人に会ってもうまくコミニュケートできない。
常に自分の仕事のことしか考えていない。エゴイスティックな状態はなにをしていても
余裕がなく楽しくない。

家庭をもっていれば、奥さんや子供の心ははなれていくだろう。
それは最後の最後には自分に跳ね返ってくる。
そのときは遅い。

WORK Outを一人で黙々とやるのは暗い、とか言う人がいるけど、自分の場合は
人と楽しむときはスポーツでなくても別のことですればいいし、自分自身の心と体の
状態との対話の時間を定期的に持つことは非常に大切だ。

それは行き過ぎた状態をリセットする作用がある。

ステレオタイプになってしまうかもしれないが、傾向として、日本人の男性は仕事に
心を奪われて、家庭生活をおろそかにしてしまう傾向がフィリピン人より多い気がする。

その逆で仕事以外のことに心がいって、仕事がおろそかになるのがフィリピン人で
バランスよく両者を2で割ったくらいがちょうど良いんだろう。

さあ、明日も精一杯他人に対して接してきます。



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