昨夜UPしたVOL346について、自分で読み返して意味がよくわからないところがたくさんあったので、
も一度書き直してUPし直しました。

よく自分でもこんなわけのわからない文章をUPするなと感心しました。


以後書き直したもの、

========================================
VOL 346

● 焼肉をたべる彼の横顔
 

今週あるレストランに食事をしに知人と入った。
すると知合いの欧米人のエグゼクティブがちょっと小太りの若いフィリピン人の
女の子と一緒に焼き肉を食べていた。

やあやあお久しぶりですね、と挨拶をする。
連れがいたのであまり長くは話さなかったが、彼はアジアの米系の大企業のエグゼクティブを転々と
転職し高級とりで本国に資産がたっぷりある。
フィリピンでも昔は自分の会社をおこしていたはずだ。

子供や孫もいて悠々自適だが、もうそろそろ年が年なので
そろそろここらでリタイアしても良いころだ。
フィリピンで仕事をしようが遊ぼうが何の束縛もないはず。
仕事中毒の彼は最近仕事をやめてしばらくこの地にとどまっているようだ。

そういうなにも仕事のない毎日が彼にとって望むべく状態なのかどうかは知る由もないが、
失職という状態は普通の人にとってあまり経済的にも心の準備のないうちに突然くる。

彼のように明日の心配もなく仕事を悠々とリタイヤできる人って万人に一人くらいだろう。
彼は楽しそうに女の子と話していた。


人が行う仕事にはその人自身の小さな分身とその影が乗り移っていると思う。


それはサラリーマンにとっても事業経営者にとっても度合いは違えど同じだ。

経営者にとって一つ一つの事業というのは自分の考えとその実現のために考えつくしたアイデアと
労力とその人と他人との信頼関係の歴史やらが詰まっているものなのでそのできあがった事業には
彼の分身が乗り移るのだ。

その分身はたとえ小さくても分身が傷つけられればその人自身が傷つくし、事業が褒められれば
うれしい。

他人のその事業への評価は自分への評価だ。
事業の経済的な成功や失敗は経営者本人を必要以上に喜ばせたり、奢らせたり、
苦悩に陥らせたりする。
そして事業にまつわるお金とは、分身の影を何倍にも拡大して自分自身の心の中に
映し出す投影機だ。

お店をやっている人なら当然自分のお店の評判は自分に対しての評判として受取るし、
商売が儲かっていれば有頂天になり、赤字なら自らを否定されている気になり反省する。

前述の彼が焼肉を食べながら若い娘に向ける笑顔をみていて感じたのは、
もし自分の仕事がなくなってやることがなくなった次の日の朝には自分自身の不安定さや喜びや苦しみを
数倍にして自身に投影してくれた’分身とその影’が急にいなくなってしまった
喪失感のような感情が押し寄せてくるのだろうなということ。

これはリタイアすればそうだし、会社組織から離れてもそうだ。

そして仕事に宿っていた自分の心を映し出す分身がいなくなってしまうのと
同時に社会の中で自分の存在を相対的に生み出していた他人の自分への認識
という土台が失われてしまう。

自分が属していた組織がなくなると自分と他者の関係は個人対個人だけになる。

そしてその人の人となりの魅力だけが他人を自分に関連づける土台として残る。

従来日本の退職組が大企業をやめてただのおじさんになってしまったときに
家庭菜園と健康のためのウオーキングの老人というレッテルで一まとめに
よばれてしまう理由そこにある。そういった自分を表現して周りの人や
コミュニティーに関係性を構築してこなかったつけがその孤独さの
根本にあるが、これは個人だけの問題ではなくコミュニティの消滅という
別の理由によるものだが。

組織という共同体の中にどっぷりつかっていれば自身の分身の光と影を
仕事や事業の上に映し出しておける。
それは自分のちっぽけなプライドと存在感をつなぎとめて置くことであり、
あとは家庭の中の自分という役割とバランスさえきっちりととっておけば
くずれそうなプライドというものをなんとか暮らしの中であいまいにしておける。


個人の魅力は自分自身を表現する繰り返しの作業と意思のみから生み出される。


他人に対する表現というものはもって生まれたもので無意識だろうと、意識的だろう
どちらでもかまわないが、繰り返してそれを行おうとする意思の元でそれが行われる
ほうがいいに決まっている。

それを意識的に行っていない定年まじかのおじさんは会社の中でもすぐわかる。
そういう人はあまり顔に表情がない。


そういう人が定年すると奥さんに離婚をつきつけられるタイプなのはいうまでもない。

起業家がエネルギッシュでバイタリティーがあるというステレオタイプは必然だ。

自分の属する組織の看板を無意識にしょって仕事上の他者と接している人達は、
経営者のように常に外に向かって働きかけて自らの会社を発展させてきた人に比べ
関係性を築くために表現しなければいけないという必然性が低い。

別に無理に他人との関係性を築かなくても、それについて鈍感であっても
明日の生活の糧に事欠くことはない。

だからまともに自分で事業を大きくした人は、他人の仕事上での他人に対する態度や
言動を観察するし、その人が他人の存在の存在をどう扱うっているか
ということに非常にシビアでセンシティブだ。

センシティブの意味はその人が人を人としてみていて、尊厳を持ってフェアに
扱っているか、ということに気付いており、自分の他人に対する言動や行動も
注意深く律し選んで行っているということ。

元はやり手のエグゼクティブの彼であっても今はフィリピンの娘と一緒に
焼肉を食べているおじいちゃんだし、家庭菜園でシャベルを持つ老人や
寝たきりになってしまう人に皆なってしまう。
事業や仕事や組織という自分の自信を増幅するディバイスが消えて人自身の本来の姿
に戻り一人の人として振舞うしかないということを理解して
若いころから他者一人一人の存在に対して敬意を払い、個人としてフェアに接し
立ち振って人間として関係性を築いてこれた人生かどうか?
それが人間性というものだ。

事業や属する組織の経済的な反映や成功はそこに宿るその人の分身のみならず本人までをも
鈍感にさせ、勘違いさせ、一人の人間として他人に対して接するということを忘れさせる。
逆に事業や組織の失敗が分身を萎縮させ、本人自身の存在の威厳を著しく不安にさせたりもする。

外にでていて僕が感じるのは、仕事というフィルターを通すと
人のずるいところや他人に対する心の大きさなどが拡大されて見えてくる。
事業を自分でやっている人にとって自分自身の事業に流れるお金はただの数字ではなく
血の通う温度を持ったもので、商売の相手を選ぶということは生き抜いていくためには不可欠だ。
商売そのものうんぬんよりもまず最初にその人がどういう人かということ。

その人をみてその人の他人に対する普段の対応でその人の裏をさりげなく見つめる。
会社とか組織を離れてその人とお友達に気軽に付き合えるかなという単純だが
本質的な問いかけをする。
あくまでもビジネスだからお金の損得がだけが問題だよという意見もあるにはあるが、
短期的ではなく長い目でみればその人が付き合うに値すべき人かどうかの判断の結果は
最終的に自分に全て返ってくる。

人と人のつながりだけが実はこの世の仕事や商売に必要なものの全て。

人それぞれの価値を認めて、それを仕事を通じて表現していくこと。

自分は他人に対してフェアに接しているだろうか?
奢ったりしていないだろうか?
関係性を保つために表現する努力を十分しているだろうか?

焼肉を食いながら楽しそうに話しているそのおじさんの楽しそうな横顔を見ながらそう思った。






● 焼肉をたべる彼の横顔
 

今週あるレストランに食事をしに知人と入った。
すると知合いの欧米人のエグゼクティブがちょっと小太りの若いフィリピン人の
女の子と一緒に焼き肉を食べていた。

やあやあお久しぶりですね、と挨拶をする。
連れがいたのであまり長くは話さなかったが、彼はアジアの米系の大企業のエグゼクティブを転々と
転職し高級とりで本国に資産がたっぷりある。
フィリピンでも昔は自分の会社をおこしていたはずだ。

子供や孫もいて悠々自適だが、もうそろそろ年が年なので
そろそろここらでリタイアしても良いころだ。
フィリピンで仕事をしようが遊ぼうが何の束縛もないはず。
仕事中毒の彼は最近仕事をやめてしばらくこの地にとどまっているようだ。

そういうなにも仕事のない毎日が彼にとって望むべく状態なのかどうかは知る由もないが、
失職という状態は普通の人にとってあまり経済的にも心の準備のないうちに突然くる。

彼のように明日の心配もなく仕事を悠々とリタイヤできる人って万人に一人くらいだろう。
彼は楽しそうに女の子と話していた。


人が行う仕事にはその人自身の小さな分身とその影が乗り移っていると思う。


それはサラリーマンにとっても事業経営者にとっても度合いは違えど同じだ。

経営者にとって一つ一つの事業というのは自分の考えとその実現のために考えつくしたアイデアと
労力とその人と他人との信頼関係の歴史やらが詰まっているものなのでそのできあがった事業には
彼の分身が乗り移るのだ。

その分身はたとえ小さくても分身が傷つけられればその人自身が傷つくし、事業が褒められれば
うれしい。

他人のその事業への評価は自分への評価だ。
事業の経済的な成功や失敗は経営者本人を必要以上に喜ばせたり、奢らせたり、
苦悩に陥らせたりする。
そして事業にまつわるお金とは、分身の影を何倍にも拡大して自分自身の心の中に
映し出す投影機だ。

お店をやっている人なら当然自分のお店の評判は自分に対しての評判として受取るし、
商売が儲かっていれば有頂天になり、赤字なら自らを否定されている気になり反省する。

前述の彼が焼肉を食べながら若い娘に向ける笑顔をみていて感じたのは、
もし自分の仕事がなくなってやることがなくなった次の日の朝には自分自身の不安定さや喜びや苦しみを
数倍にして自身に投影してくれた’分身とその影’が急にいなくなってしまった
喪失感のような感情が押し寄せてくるのだろうなということ。

これはリタイアすればそうだし、会社組織から離れてもそうだ。

そして仕事に宿っていた自分の心を映し出す分身がいなくなってしまうのと
同時に社会の中で自分の存在を相対的に生み出していた他人の自分への認識
という土台が失われてしまう。

自分が属していた組織がなくなると自分と他者の関係は個人対個人だけになる。

そして残るのはその人の人となりの魅力だけが他人を自分に関連づける土台になる。

従来日本の退職組が大企業をやめてただのおじさんになってしまったときに
家庭菜園と健康のためのウオーキングの老人というレッテルで一まとめに
よばれてしまう理由そこにある。

組織という共同体の中にどっぷりつかっていれば自身の分身の光と影を
仕事や事業の上に映し出しておける。
それは自分のちっぽけなプライドと存在感をつなぎとめて置くことであり、
あとは家庭の中の自分という役割とバランスさえきっちりととっておけば
くずれそうなプライドというものをなんとか暮らしの中であいまいにしておける。


個人の魅力は自分自身を表現する繰り返しの作業と意思のみから生み出される。


他人に対する表現というものはもって生まれたもので無意識だろうと、意識的だろう
どちらでもかまわないが、繰り返してそれを行おうとする意思の元でそれが行われる
ほうがいいに決まっている。

それを意識的に行っていない定年まじかのおじさんは会社の中でもすぐわかる。
そういう人はあまり顔に表情がない。


そういう人が定年すると奥さんに離婚をつきつけられるタイプなのはいうまでもない。

起業家がエネルギッシュでバイタリティーがあるというステレオタイプは必然だ。

自分の属する組織の看板を無意識にしょって仕事上の他者と接している人達は、
経営者のように常に外に向かって働きかけて自らの会社を発展させてきた人に比べ
関係性を築くために表現しなければいけないという必然性が低い。

別に無理に他人との関係性を築かなくても、それについて鈍感であっても
明日の生活の糧に事欠くことはない。

だからまともに自分で事業を大きくした人は、他人の仕事上での他人に対する態度や
言動を観察するし、その人が他人の存在の存在をどう扱うっているか
ということに非常にシビアでセンシティブだ。

センシティブの意味はその人が人を人としてみていて、尊厳を持ってフェアに
扱っているか、ということに気付いており、自分の他人に対する言動や行動も
注意深く律し選んで行っているということ。

元はやり手のエグゼクティブの彼であっても今はフィリピンの娘と一緒に
焼肉を食べているおじいちゃんだし、家庭菜園でシャベルを持つ老人や
寝たきりになってしまう人に皆なってしまうということを考えれば、
事業や仕事や組織という自分の自信を増幅するディバイスが消えて人自身の本来の姿
に戻り一人の人として振舞うしかないということをわかって最初から一人一人の存在に
対して敬意を払い、個人としてフェアに接し立ち振って人生を送ってきたかどうか?
それは人の人間性の話だ。

事業や属する組織の経済的な反映や成功はそこに宿るその人の分身のみならず本人までをも
大いに勘違いさせ、一人の人間として他人に対して接するということを忘れさせる。
逆に事業や組織の失敗が分身を萎縮させ、本人自身の存在の威厳を著しく不安にさせたりもする。

外にでていて僕が感じるのは、仕事というフィルターを通すと
人のずるいところや他人に対する心の大きさなどが拡大されて見えてくる。
事業を自分でやっている人にとって自分自身の事業に流れるお金はただの数字ではなく
血の通う温度を持ったもので、商売の相手を選ぶということは生き抜いていくためには不可欠だ。
商売そのものうんぬんよりもまず最初にその人がどういう人かということ。

その人をみてその人の他人に対する普段の対応でその人の裏をさりげなく見つめる。
会社とか組織を離れてその人とお友達に気軽に付き合えるかなという単純だが
本質的な問いかけをする。
あくまでもビジネスだからお金の損得がだけが問題だよという意見もあるにはあるが、
短期的ではなく長い目でみればその人が付き合うに値すべき人かどうかの判断の結果は
最終的に自分に全て返ってくる。

人と人のつながりだけが実はこの世の仕事や商売に必要なものの全て。

人それぞれの価値を認めて、それを仕事を通じて表現していくこと。

焼肉を食いながら楽しそうに話しているそのおじさんの楽しそうな横顔を見ながらそう思った。



● パワーが出ない日



今日は朝起きても体がだるくて、ちょっと気分的にやる気が起きなかった。

こういうのって珍しいんだけど、寝不足っぽいのか、それとも体が昨夜のWork Outで
ストレッチをばっちりやらなかったからなのか、多分そうだろう。

気分的に力が入らなかった。

一人でやっているとこういうときに時間の融通が利くけれども、逆にいうと気持ち的に
盛り上げってえいやっていかないとその日一日、誰からも声をかけられずに静かに仕事の
時間をやり過ごしたいという市役所の職員の一日みたいになってしまう。


自営業でそれをやっていたらただ仕事をやらなかった一日で終わってしまうので、
午前中はデスクワークをかたずけ午後になって力を振り絞って外にでた。



なんでかなあーと考えてみても、思いあたるのはこの10日間米とかパスタとか砂糖とかを
とっていないことと、筋肉痛、寝不足くらいしか思い当たらないので、
それでは、と思い今晩の夕食はミネストローネスープとパスタとイタリアのパンと
胡椒が効いた魚料理として炭水化物摂取を無視してしまった。
その後はカプチーノ。


Fatoffの佐々木さんの話だと飛び回っている経営者の方にとって体脂肪が少ないのは必ずしも
体に最適ではなく、体脂肪が24とか25の方がスタミナがでていいこともあるのだという。

毎月の売上げや収支をみて、いろいろと改善すべきところがあり、経費の圧縮だとか、新規を
どうするとかそういうことを四六時中考えて全体のことを常に考えているので考える時間と量は
多い。そのための余分な脂肪はエネルギー元の余分な蓄えとして持っていた方がいいのだろう。
考えることで脳はケトン体をエネルギーとして燃やすわけだから。

最近はEUとかインテリアとかをキーワードにして興味深い人達との出会いがあったり、

思いつくことは瞬時に実行するのが大事だから。

そのために気力はいつもハイレベルに保持したい。


というわけでひさしぶりにパンやコショウやパスタなんかの炭水化物をとったので、
気合をいれるためにちょっとWork outしてこようか。


それともゆっくり休んだほうがいいのかな。

うーん。


From by the bay

● はじめに


というわけで最近は GI index というものに凝っている。(Glycemic Index)

http://www.kenkodiet.jp/food_insulin.html

それというのもいつも読んでいる(旧マニラ落葉拾い)’落葉拾いの民の食卓’
のC-sanのところや FATOFFの佐々木豊さんのところで
取り上げられていたグリセミックインデックスというのに出会ってこれだと思ってしまったのだ。
 
落葉拾いの民の食卓

 http://ameblo.jp/c-san/

FATOFF
http://blog.goo.ne.jp/yutafatoff/e/a737e5d022fbad8e408e284e5e65cf4f


C-sanのところの記事で主食(炭水化物)を抜く食事療法で糖尿病
を治しているお医者さんについて知った。

カロリー制限で糖尿病は治すというのがよく知られているが、そうではなくインシュリン
をコントロールして治すという「低炭水化物ダイエット」(ローカーボ・ダイエット)
というのに非常に興味を持った。


  http://www.drrk.net/gi.html


ダイエットというからには別に病気じゃない太った人でも当てはまる、
糖尿病の治療という点では根本的な原因の解消になる。

いままで僕は運動をずっと続けていたが、体重がじわじわ増えてきたり、
体脂肪が多いのはなんでなんだろうと不思議に思っていたが、その答えが
でた感じだ。

それはは中性脂肪の値とインスリンの働きに関連が合ったのだ。(以下僕の理解で説明、
間違ってたらごめんなさい)

なんとなく中性脂肪の検査をしてそれが高いと、それは甘いものを食べるから
だよ、とお医者さんに言われていた。

総コレステロールは悪玉、善玉コレステロールと中性脂肪の計算値ででるから
つい脂肪=油が良くないという風に思ってしまうし、実際に世間の風潮では
焼肉とかを食べたり、油物はいけないといわれる。
実際脂肪というのは油なのだが、中性脂肪も油っぽいものを食べると高くなるような
気になる。
でもそれが考え違いのもとのようだ僕の場合は。

食事を取るとき人は食品群1とか2とか、数種類のものを組み合わせて食べる。
それは主食(米や小麦粉)肉、魚、野菜、果物、乳製品などだ。

僕らは食べ過ぎ、というとき食べている食品のそれぞれのカロリーの総計を
気にする。

しかし摂取カロリーが4000Kcalでも2000Kcalでも食べた分だけきっちり体が
エネルギーとして消費をしていればプラマイ0で体重は増えない。

しかし4000Kcalーを体の中にいれて2000Kcalしかそのエネルギーを使わない
と、残った2000Kcalは使われなかった糖分が脂肪となって貯蔵される。

そこでいかにカロリーを燃やし、余分な糖分を使い切り、糖を脂肪に変えないかがポイントになる。

糖分は炭水化物や砂糖から出てくる。
糖分をエネルギーとして使える形で筋肉や肝臓に送る働きをするのはインスリン。

さらに血液中に糖の濃度が高く、余ってしまった状態だとインスリンが判断すると
今度はインスリンが糖を脂肪に変える。

インスリンは血液中に糖が急上昇するとつられてどっと増えてでてくる。
つまり物を食べると糖が食べ物から出てきて、血中にインスリンも出てくる。

精白米を日に朝昼晩と食べると糖が急上昇して、インスリンも急上昇する。
ご飯と肉や砂糖などを食べるとインスリンが分泌され、糖が脂肪として蓄積
されやすくなる。

炭水化物だけではなく、たんぱく質なども若干インスリンを上げるし、
同じ炭水化物を含むものでもじゃがいもとさつまいもではインスリンの上昇具合が
違うからややこしい。

そこでGIインデックスの出番だ。

GI値が60以下の食品をたべてもインスリンの出方がゆっくりだ。

インスリンを作るのが膵臓だが、甘いものや精白米を食べてばっかりだと
インスリンの急上昇がたびたびあって、インスリンのバルブが壊れてしまって、
インスリンが作られなくなるのがI型糖尿病、インスリンの働きが悪くなり、
エネルギーが必要な筋肉などに糖のエネルギーが伝えられなくなる状態が
II型糖尿病。

しかし人類は農業が発達する以前では木の実や肉や魚だけしか食べていなかった。
エスキモーなんてアザラシの肉とかだけで野菜を食べれるわけではなかった。
つまり糖分を体内でエネルギー源として利用されるのは農業が発達してからのこと
であり、(C-sanお勧めのドクター江部の糖尿病徒然日記によると)
体は脂肪としてためこんだエネルギーを利用できる。

http://koujiebe.blog95.fc2.com/blog-entry-54.html

これがダイエットでジムなどにいくとまずは最低20分は走らさせられる理由だ。

最初にまず血液中の糖を燃やしてあげて、その後おなかについた脂肪が燃え始める
のですよーと言って。

糖分は実際あまりないので20分くらいで使い果たしてしまい。
脂肪が燃えるようになるとぜい肉が減っていくから中性脂肪もへるわけだ。

ここで中性脂肪というのがそういう糖が余分にできて脂肪に変わり貯蔵されている
ものだということがわかる。
別に油をたくさん食べるから脂肪が増えている訳ではないのだ。


ご飯を食べると眠くなる。僕の場合はご飯が好きだから、いつも夕食を食べると
眠くてジムの前に仮眠を取ったりしていた。

これが実際GI値の低いものを注意しておかずだけにすると眠くない。

腹一杯食べても。

最近はサラダとチーズとか、鶏肉、豚肉が夕食で、朝や昼は全粒パンや全粒シリアル
などだ。

炭水化物と単純にいうが、ご飯や小麦粉などに含まれているが、実際に目に見える
食べ物ではない。GIインデックスなどをみるとある種の野菜とか、こしょうなど
もGI値が高いからややこしい。

http://www.linkdediet.org/hn/modules/pico/index.php?content_id=172

なぜ肉や魚は米よりも低いのか?
なぜ同じ野菜でもイモは高くてサツマイモはいいのか?

いろいろ疑問は出てくるけど、用はGIインデックスというのはどれだけ
急激にインスリンを上げるかという指標なので、精白米のようなピュアな
デンプンのものはすぐに吸収されて糖になるけど、玄米のように繊維質がある
と消化されるのに時間がかるので急激にならないと言うことらしい。

繊維質が入っているものはインスリンを上げないようだ。

精白米などでインスリン上がった状態のまま、肉とか野菜とか砂糖を使われない糖分が
取ると余計に脂肪に変換されやすい。

なんとなく僕も理解したようなしていないような感じだが、
とりあえず自分の体で実験をしている。

よくスーパーで気をつけてみると、糖尿病用の食品というのは結構売っている。
それだけ糖尿病患者が多い国だから当然だ。

アメリカから直輸入しているものも結構有るし、パンやパスタもGIインデックスを
うたっている物まである。

まだ初めて2週間もたっていないが、気のせいか体重が3kgへりました。

もちろん、それだけでいいかっていうと、普段の運動も必要なことはいうまでもないけれど。

正しく理解しているかどうかわからないので、もし間違ってたら指摘してください。


  Night swimming

From summer tour go go



● 雨が降ってきた、人生、troubled face



今夜は夕方から少し雨と雷があった。

ベランダにおいてあった紙の箱が水にぬれて柔らかくなっている。

外を走る車が少ないのか、雨のせいで音が吸収されるのか、いつもより静かだ。


年初から今まで突っ走ってきたけど、やっと一段落ついて、これから多分3ヶ月ほどまた
時間のかかることにとりかかるつもり。

自分のことに今年はかかりっきりで、わが道を行くって感じで集中していく。


今日ある人のメルマガを読んでいて思ったこと、いかに生きるか?ということを
突き詰めて考えて、自分の生きたいように生きていくということを実行している人は
少ないのだろうということを。

そういう自分も生きたいようにってわかってるんか?といわれれば自信がない。

お金がほしいから、お金がもうかることをやる、

お金がほしいから仕事をやる、

名声や自己満足のために仕事をやる、

なんとなく結婚してしまったが、本当に相手を愛しているかよくわからない、

多分突き詰めて考えずに普段やっていることなんて日常生活のほとんどだ。


では逆に自分がやる全てに明確な目標や同期が必要なのか、といわれれば
そうではない。

だけど少なくとも僕らは自分が好きだと思う状況を自分で作り上げ、選択して
生きたいという欲求が満たされたときに自分の人生を生きているというささやか
な幸福感を得られるのではないだろうか?


朝起きて、仕事に行く、仕事でくたくたになって帰ってくる。

次の日もその繰り返し、その繰り返しの中で自分の家庭生活や個人の経済を
昨日よりは優位な状況に持っていく。そんな中で日常のわずかな時間の使い方の
中で自分の優先順位が仕事なのか、個人の人間関係なのか、お金なのか、家庭なのか、
名誉なのか、快楽なのか、なんなのか、そこを常に意識しながら
生きていくこと。

僕の友達でも自分で起業して一国の主という人がたくさんいるが、
最初は誰でも起業するときの一番の動機というものを持っている、
やがて困難に直面し、金銭的なこと、時間的なこと、家族のこと
他の人間との関係やさまざまなことをこなしていくうちに
最初になぜそれをはじめたのか、もうそんなことはどうでもよくなって
しまうことが多々みられる。

最初に考えたことを変えるなということではなくて、しだいにぐちゃぐちゃに
なって自分の主体性を失い、その周りの状況に能動的に対応するだけに
なって月日を重ねていくことの危険性。

いかに生きるかということが最初にあって、そのために仕事なり、人間関係なり
なんなりがあるわけで、いかに生きるかということがもうどうでもよくなり、
仕事やなにかにぐちゃぐちゃにもまれてしまって日々をすごしていくこと。

人生をハッピーに過ごすために仕事はあるのであって、

仕事のために君の人生があるのではない。


troubled face

From summer tour go go



● 嘘つきの日経とそのAftermath


相変わらず深夜にBloomsbergをつけっぱなして寝込んだりする。

ダウも日経も持ち直している、

それにしても自動車や電機の実際の販売減少のNewsや企業が正社員に行う賃下げのNEWSや
アメリカや日本の不動産の下落ぶりを聞くとあーあと思うしかない。

日銀は信託銀行を通じてシカゴのグロベと呼ばれる日経先物市場で毎日介入を行っている。

4月2日あたりのG20を目指して、株を買い支えているのだが、日本の貿易額が
例年の半分になってしまい実体経済が半分に縮小してしまったのに株価だけを
保ってしまったものだから、他の国の株式市場の下落率に対して割高になってしまっている。

市場をこれだけ崩してしまったのだからつけは必ずくる。

それも日本売りという形で、アメリカがあれだけお札をすって銀行の
借金を帳消しにしているのだけれどもこれはオバマの金融安定化政策の目玉だ。
要は100の取得価格のあった金融商品が今は80しか価値が無かったとして、
民間は6だせば政府も6をだします。あとの68を損してもFDICが保障しますから
6で80の物が買えると、だからお得ですよ、

だからみんな買ってねということだろが、

当たり前だがこのお金は米国民の税金だ。

金融機関をつぶせないから、AIGの高級とりに怒って見せたオバマだが、
これは自分に非難の矛先が向かないためのポーズだけ。

ドルの崩落は間違いないし、今の株高は最高の金融株の売り抜け場だ。
だまされてはいけない。

今もTVをみていたらカリフォルニアの地下の下落が他の州に比べて
飛びぬけているNewsをやっていたが、地下の下落は日本のバブルの
例を見るまでもなく実態経済を直撃する。

田中宇さんの情報によると ”全米各地で「連邦政府に税金を払う必要はない」
「政府は腐敗した銀行家を税金で助けるな」と主張する、ボストン茶会の
運動が始まっている。「新しいアメリカの茶会」
(New American Tea Party http://newamericanteaparty.com/ )
という市民組織が作られ、3月から4月にかけて全米150カ所で市民集会や
デモ行進が予定されている。”らしい。

メキシコの米国国境のドラッグウオーもアメリカが武器をメキシコに
流した上で騒ぎを大きくしているらしいし。

今年中に暴動が起こるかもしれんね。



 Light

From summer tour go go



VOL344  アップルジュースを飲みながら

● はじめに、

今日はGYMのあとにCafe でアップルジュースを飲んでいる。

遅い時間に入ったこともあって走って腹筋だけだったが、普段より30%走る距離
とスピードをあげて汗びっしょりになった。

今はぐったりしてしまったので、このアップルジュースを飲むことは幼い頃
銭湯にいって湯上りに飲んだ牛乳みたいなガラスの容器に入ったりんごジュース
をごくごく飲むのが好きだったことを思い出してしまった。

汗びっしょりになって風呂にはいって、りんごジュースは僕にとっては
最高だ。

いろんな面で現在の経済状況に僕の仕事やパーソナルファイナンスも
影響を受けているのは皆と同じだ。しかしこれは大筋でどちらの方向に
向かっているか、見える船に乗っている感じなので、氷山にぶつかる
タイタニックからは早めに降りることで対処可能だ。

自分が意識して生活のさまざまな面についてコントロールしていくポイントが
ある。

現在の経済状況は単にバブルが弾けたという大不況という認識と次元が違う
ことを理解する。政府と金融、国民の役割が大反転する類のもので、
気がつかないうちに高度の管理社会、社会主義のような政府に世界中が
変換する可能性があること。

それを頭に置いた上で、仕事がない、とか日本経済がだめだからどうしようもないという
前に僕の念頭においている点は、

1.体を使い、体力を強化する。
具体的には今までの1.5倍を目標として、有酸素運動、筋力をつけるような
トレーニングをする。そのためには仕事の時間を短縮し、じっくりとWork out
をできるような週単位での時間配分を心がける。

2.堕ちていく経済状況を逆手にとり、金融商品の知識と実践をして、
パーソナルファイナンスを強化する。

経済のいろいろな面が絡み合ったクモの巣にかかった蝶がずるずると堕ちていくような
時だからこそ、方向性が予想しやすいのでチャンスが生まれている。

具体的にはEワラント、ベアファンド、金地金、金ETFは使えると思う。

Eワラントは勉強している最中だが、為替と先物の特徴をあわせ持っている感じだ。
将来のある時点にインデックスなり、個別株なり、為替が上昇するか、下落するか
を予測するのだが、上昇するならコール、下落するならプットのものを買う。
先物と違って追証がないけど、レバレッジがかかっているからリスクが高い。

3.周りにいる人との人間関係に時間と思いやりを充てる。

こういうときこそ仕事にしても周りに居る人を思いやって信頼関係を
築くことに時間も気持ちもふんだんに使う。人間関係を強くすることができる
時間が生まれることは仕事が忙しくて周りの人にやさしくできないことは
いやだし、すばらしいチャンスだと思う。

独立している人は結局はその人をみて周りの人は仕事を一緒にしようという
気になるのだし、どういうものを売っているか、ということよりもその人を
売っているのだから、どんな外的経済要因にあっても、そこを外していると
どうにもならない。

と書いてみたが、よく考えてみたらこれら3つのことは実はこのメルマガの
テーマである
マニラで自由な時間と健康とお金と仕事を手に入れる

ということそのままだ。

仕事がなくても毎日とっても暇でも、健康と人間関係と適度なお金があれば
人間ほがらかに暮らしていけるわけだし、いくら仕事が忙しくても
病気で、人間関係がぎすぎすしていて、個人のファイナンスが苦しくて
金まわりが悪ければ楽しくない。

こうやって見てみると僕という人間は別に仕事というものに特別執着があるわけ
じゃないのがわかる。仕事を通じてのやりがい、人間関係やお金が入ってくるという
ことがそれを重要にさせている要因だが、仕事以外でそれが実現できれば
それはそれでいい。

村上春樹が小説を書く前にJazzバーだったか喫茶を国分寺だか、国立だか、吉祥寺だか
でやっていたらしいけど、そういうのもいいかなって思ったりするし、
ギリシャとかで小説を書きながら、毎日走るとかいうのにはあこがれる。

結局僕は自給自足というか、他人に頼らず自分が決めたシステムにのっかって
生活したいというのが心の奥底にあるみたいだ。

とここまで書いて、となりのフィリピン人のおばさんグループのうちの一人が
さっきからマシンガンのように一人でしゃべっていてうるさい。

よくもまあ一人でぺらぺらしゃべれるものだ。

それにしても中学とかの時冬の朝マラソンとかなんとかいって、無理やり
グランドを走らされたりしただろう。そういうときって息があがって肺が痛かったり
するけど、自分でペースを決めてだらだら走るとなかなかそういう状態までいかない。

気温が低いとそういう風になるのか。

話がばらばらするけど、要は周りの状況に左右されず自分のペースを決めて生きようってこと。



● 市場の話とか、

シティが国有化されちゃったけど、日本の銀行もそうならないとは限らない。

日本のメガバンクも自己資本比率が株価の下落で10.何パーセントになっているから
3月末をにらんでどのように株価を支えるかということで政治家が頭を悩ましている。
日本株のファンドを日銀が直接購入するとか、そういうことは3月末までには
法案が成立しそうもないし、結局年金を使って信託銀行経由で日経先物を購入して
買い支えるという現在の手法しかないのかな。

今日のニュースで外資は先週は売り越し、信託銀行の買いこしというのがでていたり、
公的年金資金は08年10-12月期は5.7兆円の赤字とあったけど、その後もずっと市場介入が
続いているので、09年1-3月期はそれ以上の赤かもしれない。

厚生労働省は損するとわかっていても税金だと使い道を決める権限があるのだ。

20年度は4-12月までで8兆6738円の損なので、1-3月期の損を加えたら12兆円くらい
になるんじゃないか。

こうなると年金保険料の引き上げになるわけだが、いい加減にして欲しいな官僚は。

英国のLLOYS銀行とか、シティは国営化になる理由は国の信用で不良債権の下落を
止める、ということだと思う。
それら不良資産の損害については国が補償するということだ。
それはお金を刷って、国債を売るということだ。

この辺はGMの資金繰りがうまくいかないので、国がお金を貸すというのとか
AIGの損害について国がお金を入れるというのと乱暴に言えば同じことで、
それをやるしか道がないということならば、やるしかないだろうし、
やるのだろうが、日本や中国が少しでも買うのを嫌がるそぶりをみせれば、
長期金利が上がり始める。

ちなみに、今円キャリートレードがとまり、ドル高円安になってきているのは、
ドル、円、その他各国の経済の崩壊の強弱と金利の差のバランスだ。

ドルとヨーロやその他韓国だったり、インドのルピーとかの関係は、ドル以外の
国の経済が崩壊しそうだからだし、そういう国の金利は円やドルと比べ
高い。ドルー円ははっきり言って良くわからない。相対的な弱さの問題だから
と思うからだ。唯1ついえることは金が上がっているということは通貨がさがって
いるということだし、現物資源に対して通貨がインフレということ。
工業製品なんかについてはこれからデフレになると思うけれど、
インフレのデフレってあるんだろうか?

こうやって書いている間にもシティが20数%下がっている。
配当もでないし、そんな国有化されちゃった銀行の株なんか持ってても
面白くないからみんな早く売っちゃえってわけで。

先ほど市場が始まる前のNasdaqのEワレントのプットを買っておいて
売りを指示しておいたら勝手に売れていた。

アップルジュースの中の氷もとけちゃった。
帰ろう










● Chest machine とRespect 

というわけで今夜は9時過ぎにGYMに入った。

ので、当然できることは限られている。20分程度歩いたら終わりだろうか、と思ったが
もう少しやろうと思いまたChest machineをやった。

重さを調節するために四角い錘にピンを挿すのだが、60と書いてあるところに
ピンを挿し、ちょっと重めでやった。

両脇からでているハンドルをつかみ、前に手を持ってきて、両横に腕を垂直にしながら
戻す。

それを3セットくらい。


それを終わってロッカールームでシャワーを浴び、着替えながら

少し考えていた。





漠然と、

こうやって体が動いて、エクササイズをして、

その前には '3kinds of mashroom wantan small' と 'Honey lemon chicken'

をNorth Park で食べ、



仕事で人と会話をし、頼みごとをし、頼みごとをされ、



こうしてSTARBUCKS でノンファットカプチーノを飲み、



これを何不自由ない、平凡な幸せと呼ぶのかなっと、




仕事での小さな成功とたくさんの落胆に少し慣れ、ちょっとやけに
なったり、鬱になったり、自信がなくなったり、


少し元気になったり、



でも僕は自分の中の最後の殻のようなものの体裁を守り、整えようとする意思を
まだもって、体と気力を内から湧き出す泉を枯れさせないという姿勢はくずさないで生活をしてきた。



一人でやっていてよーくわかったこと。



僕は少しおおらかにやさしくフィリピン人に対して親切に接しられるようになった
のかな。



その理由は、人にとって最も大切なことのうちのひとつは

自分自身と他人へのリスペクトだということを知ったから、


他人が自分に対してリスペクトしてくれないということは、

じつはとてもつらいということを身に沁みて実感したからだ。


そのおかげでこの歳になってわかったのは、

他人に対して僕がとれるベストの態度は、どんな人もリスペクトすることだ。



街を歩くコールセンターのおねえちゃんやおにいちゃんや、
コンビ二の店員、タクシーの運ちゃん、工事現場のおにいさん、
事務員のおばさん、おじいさん、おばあさん、赤ん坊、
水商売のおねえちゃん、



誰にとっても、他人が自身に接っするときに感じることは、

第一に他人が自分を同じ人間として、その人の全てをリスペクトしているかどうかだ。



そして他人を普段リスペクトできるかどうか、ということは

お金のあるなしや、頭の良し悪し、仕事のできるできないは

関係なく、



他人が歩いている人生を自分が歩いている人生と同じだけ価値のあるものだと

感じられるか?


つまりどんな人の人生も自分の人生とおなじように貴重だと

感じられる気持ちの余裕があるかどうかだ。



それは他人の人生も自分のそれと同じようにいとおしむ気持ちと言い換えられる

のかもしれない。


普段フィリピンで生活していると日本人にはフィリピン人の至らない
所作にいらついたり、頭にきたりするということがある。


それはそれで考え方の違いからくる理由があるだろうが、
それはそういう人をリスペクトしなくなる理由とは次元が違う。


街を歩いたり運転したりする人全てが自分と同じような余裕をもった

環境や境遇や育てられ方をしてきた人達ではないから、当然余裕のない、

利己的な行動に走る多くの人達がいる。


ただその事実がどんな人の人生も自分のそれと同じように貴重だと感じられる自分自身の
余裕をなくさせる理由にはならない。



もちろん自分にマイナスなことをする他人から自分を遠ざけたり身を守ったりする

ことは必要だが、普段自分が接する他人に対してはリスペクトとスマイルを

もって対応することは自分がリスペクトを持って他人から接してもらう

ための必要最低条件だ。



愛想のかけらもない接客をするレストランでもお店の人でもおかまいなく、

相手をリスペクトすると不思議なことにそういう人達も、自分をリスペクト

して笑いかけてくれるような気がする。


自分が愛想よくしてほしいから、相手に愛想よくするということとは違う。



自分が必死に守って維持している殻のようなものを、他人も同じように

必死になって守って暮らしているのだと気づくこと、同じときに、同じ世に

出会った同志としてのいとおしさ、とでも言ったら

よいのだろうか。



僕は真剣に自分ひとりで考え、仕事を成り立たせ、生計をたてて、

人間関係を成り立たせ、将来への漠然とした不安にさいなまれつつ、

時には他人から自分がいないようにスルーされるむなしさを経験しながら、

そういう中で少しずつ自分というものと対峙し、

それによって他人の価値を自分と同じようにリスペクトし、いとおしむ

ことの意味をちびっとわかり始めた。

それは自分にとってつらい、とかマイナスだって言ってるんじゃなくて、

とっても大切なことを知り始めて有り難いという感覚なんだ。


GYMのロッカー室の中でシャワーを浴びて、そんなことを考えていた。





● 作家の巧みさ


巷で話題になっている村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチを目にした。

それを読んでみると作家というものは人々の心の奥底に響いてくるように影響を
与えることができるのだなあ、と改めて感動してしまった。

そういう意味では政治家よりも影響力は深いのだろう。


極東ブログ 
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/02/post-1345.html

多分この英文原稿を彼は日本語で書いて、訳してしゃべったのだろうが、

彼の小説を読んでいるようですばらしかった。




 ● 底が抜けそう、

自分的にいえば今日火曜日の日経とダウの動きどちらも7500くらいで、
ダウが現在(夜中の1時過ぎ)3%も暴落しているのは、底が抜けかかっている。

オバマが新しいStimulus Packageをサインをしようとしているときに
マーケットがそれじゃあ効き目がないだろうと、厳しい判断をしたといえる。


アメリカの銀行、保険会社、不動産もぼろぼろの株価になってきてるし、
AIGとか国営化されたのに1ドルをきっているし。

別にオバマの政策以外でもEUやイギリスやロシアのCDSが上昇しているので、
アメリカよりも先に逝くだろう。

そうするとドル暴落というシナリオが変わってきて、ユーロ暴落ということで
ドルが上がる。米国債の長期金利も上がらずには膨大な国債を売り切ることが
できなくなるので、通貨は少し複雑になってきたが。

明白なのは通貨は価値をなくし金が年初から10%値を上げている。
こうなることは明白だった。

昨年から地金と日経のベアファンドのは有効と言ってきたが、
後最低半年はそのままでいいと思う。

通貨は中国政府がなにをするかわからなかったりトリッキーなファクターが
あるので、わからないところがある。

株に関しては中国以外は売りだろうし、希少貨幣とかはいいんだろう。

今日から株価には注意。

第二の大きな流れになるような予感がする。
● 山岸さんへの手紙


というわけでフィリピンブログにたくさんのせられているので、知っている人も
多いと思うが、Happy Cream Puff Makati 店の開店です。

http://happycreampuff.seesaa.net/

Dry Runなのでまだ完璧じゃないことが多いとのことですが、
ぼちぼちと仕上げていってくれるでしょう。

僕もいろいろばたばたしてまだいけてないですが、伺うのが楽しみです。


僕も前のお店の仕事にはかなり関わらせていただいて、フィリピンでの
モールでの飲食業についてずいぶんと勉強させてもらいました。

マーケティングというのは実はとっても創造的なことなんだな、とわかりました。

山岸さんの人となりについては山岸マニアの僕ずいぶん知っているんですが、
ブログを読んでいただくとわかるようにそのままの裏表のない人で、
見た目はふわっとしてますが、粘り強い信念の人です。

ただこういった飲食店の事業をやるっていうのは非常に複雑なコントロールと
合理的なシスティマティクなマインドと創造性、そしてリーダーシップと協調性
がいることだ、というのが山岸さんのお店を見ていてよくわかりました。

これから2店をどのような戦略で運営して、このブランドを成長させながら
経営上成功させるか、というところでこれから非常にチャレンジしがいのある
おもしろい局面に入ったというのはご本人が一番感じていらっしゃるでしょう。

また僕が命名した生シュー(Fresh whip cream puffでしたっけ)3個一気食いに
挑戦させてくださいね。

たまには自分にやさしく休んでください。

山岸マニアのTOM より、/font>
● Oat mealを食べながら Robert plant&Alison Krauss を聴く

というわけで Album of the year をとったロバートプランツ を聞きながら夜中
の1時にあつあつのOat meal をふうふうしながらスプーンですくっている。


http://www.youtube.com/watch?v=AZXN0KHpvUg


Led Zupperin のVOCALISTとしてのあの特有の甲高い叫び声から
想像できないが、このアルバムはいい感じ。

久しぶりにアルバムを車に入れて聞きたいな。


なんだか知らないけど、このアルバムのビデオの映像といい、
音を聞いていると60年代だ。

ベースとドラムの音がそうさせるんだろう。

でもIpod Nanoはだいぶ前に売っちゃったから、再生するものがない。
CDを買うしか。

Alson Kraussという人は知らなかったんだけど、Sandra Bullock を
高貴にしたような顔で、
カントリーシンガーなんだって。

Rolling stonesなんかもそうだけど、60年代に活躍していたRock Bandの
人で今でもさりげなく出てくる人たちって、いい感じに歳とってるよな。

経済危機とかオバマとか関係なくなるものこういう人たちの音楽に
包まれてると。

 Stick With Me Baby

とか

 Killing The Blues

じっくり歌詞も味わって聴いてみよう。