天職を得て天使になった人たち | 満願寺窯 北川八郎

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九州、熊本は阿蘇山の麓、小国町、満願寺窯からお送りするブログです。
北川八郎の日々の想いや情報を発信してまいります。

<2003年月刊致知10月号より48回にわたり連載された「三農七陶」から抜粋します>


(前略)



年をとるということは いいことだ。

美しさと その奥にある命の輝きに気づかされる。

四季それぞれの美しさや山野の輝きや、小さな野の花や 風や鳥や 雲や青い海や、何気なく飛んでいるトンボたちでさえも美しく感じる。今は田の蛙の合唱がとてもいい。


10代 20代の頃は美しい景色も、たっぷりの時間も当たり前のことであり、味わう事はなかった。若い時のそれは 輝く電球同士みたいなものだ。傍らの輝く電球と競い合っていた。老いて 自分の光が衰えてくると、その隣の命の輝きの明るさに感動する。年をとるのも 味わい深くていいものだ。


4月は三越での個展もあって 東京滞在が一か月近くになった。

たくさんの方々にお世話になった。そして たくさんの生き方を見た。その人たちの中に天職を得て(本人はそう思っていないかもしれないが)天使になった人たちがいるので 紹介したい。


先日 武蔵野の吉祥寺にあるラッシェルという美容院に招かれた。

そこで働く美容師さん達が皆 実に仲がいい。笑顔がヒマワリのようだ。そこに一人の天使がいる。

顔の丸い 笑顔の素晴らしい青年だ。何か 生き生きとしている。その彼 西村君は幼いころから いつもワンテンポ遅れるので 成績もいまいちだった。仕事に就いても上手でない為に叱られてばかりいた。しかし 一つだけ素晴らしい性質を持っていた。それは 素直さだった。


美容室の採用試験の時 経営トップだった大野さんが面接し、彼のヤンキーな衣装のひどさに かわいそうになり つい一言忠告した。

「君ね その言葉遣いと そんな服装では あなたをどこの会社も採用してくれないよ。ウン!スン!と返事をしないで ハイに直し 背広に身を包んできなさい」と言われ 二日後 人から借りた寸足らずの背広で態度も変えて 再度面接を受けたのである。


その日は 大野さんは出張で、オーナーの日向さんが受け持ったため合格してしまった。

後で知った大野さんは 苦虫をかみつぶした顔で オーナーに迫った。日向さんは「いろんな人がいた方がいい。彼のいかにも借り物とわかる背広姿が私の心を打ったの」


日向さんの見込み通り 西村君は天使になった。

彼は人から何を言われても 美容師という仕事が好きな上 先輩から「ヘタ 遅い」と言われても、それを苦に取らず 早く仕事をする工夫や どうしたら・・たとえばクシ洗いもきれいに仕上がるか 丁寧に見直した。そのおかげで ささいな作業でも 誰よりも速く丁寧で きれいにできるようになった。自分の苦手なカールという仕事などは 上手な先輩の苦情もやわらかく受け止め 素直に仕事を工夫していったのである。


今ではそれが生き方になり、その会社において「なくてはならない存在」になってしまったという。日向さんから「彼なくして会社はまわらない」とまで信頼され 新人たちの鑑(かがみ)になり、しかも指導者の一人に選ばれ 尊敬されている。大野さんも「実にいい顔になった。私が恥ずかしいくらいです」と言われる。

素直とは なんと素晴らしい性質だろう。笑顔で周囲を救い始めたのである。


・・・つづく


(月刊致知2004年7月号)




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