満願寺窯 北川八郎

満願寺窯 北川八郎

九州、熊本は阿蘇山の麓、小国町、満願寺窯からお送りするブログです。
北川八郎の日々の想いや情報を発信してまいります。

いいんですよ


もう 忘れなさい


河に流した手紙は


もう…見えなくなって


海に とけています


いいんです 忘れて


(小冊子「光りのこみち」より)



このことばは…


イヤなことは紙に書いて 流すといいです。


心にいつまでも それを持っていないで流しましょう。

西洋は「許す」と言いますが 日本は「水に流す」という素晴らしい文化があります。


「許す」ということは 形になって残っているわけで「お前の国は何百年前に攻め込んできた!」と言って覚えている。


その点「水に流す」は 流してしまって何も残らないから 本当に素晴らしいと思います。


イヤな人は 生きている間に無くした方がいいのです。

そうしないと 来生もまたその人と出会ってしまいます。




※熊本小国楽心会 12月14日(zoomはお休みします)






食欲や快楽のコントロールを覚えて

肉体の自我に支配されることなく この肉体に敬意を持とう。


平安な心の安定を持つと 周りの景色が美しく見えてくる。


優しい人たちと 穏やかに食事をするととても美味しい。


「新しい才能」はいくつになっても可能です。共に学んでいきましょう。


そして これから先に混乱がやってくると覚悟して生きていきましょう。




※熊本小国楽心会 12月14日(zoomはお休みします)






個人セッション通して以下の事を感じた。

人が抱く現実的悩みやトラブルは、

心のザワメキを取らないと、いつまでも、苦悩と心痛の素となる…

それは 治らない顔のニキビと同じで

内臓の脂肪を取り、食事を変えなければ

ニキビは出続ける

現実の悩み,心痛は

現実の世界の捉え方で きれいに変わる。


※ 明日( 9日)ポットキャスト第466回「子どもの“心の成長”の差とは?」が配信されます。同時に映像版としてYouTubeでご覧いただけます。https://bit.ly/2VaZTVj

※熊本小国楽心会 12月14日(zoomはお休みします)






私達のなすべき事
私達が気づき進むべき光の道…に気づいて欲しいです

「未来を悲観し苦しんでる人には 希望を

不運を嘆き悲しんでる人には 明るい未来を

見失い困っている人には 喜びを

人生戸惑い じっと立ち止まっている人には 勇気を

不安で一杯の人には 安らぎと希望を
もたらしてあげたい

お金に困っている人に はお金の心配のない生き方を示して笑顔をあげ

怒りと争いの人には平和感がもたらす、深い瞑想を教え

愛が欲しい人には神の愛の存在を示し

神の愛こそ全てを救うことを、体験させて救いたい。

どうしたらいのか悩んでいる人には 道があることを
教えてあげ

純粋に、濁りなく 無心で
皆んなを 光りの小道に導きたい

北川八郎



※熊本小国楽心会 12月14日(zoomはお休みします)







落ち込んだ時も 元気な時も いつも太陽を探そう。

なぜか・・・

私にとって 太陽=希望だから。

曇天の向こうにも いつも太陽=希望がある。

雨が降っていても 嵐の時も

その向こうに必ずある 太陽=希望を見つめよう。

そうです

顔を上げて見える太陽(希望)も 見えない太陽(希望)も

必ず存在している。

太陽の別名が 希望なのだと私は思ってきた。

それでは お月様は?

月は 静かにいつも私を見つめてくれている 母のエネルギー。

私には 月=励まし。

大丈夫・・・ 悪い時も 良い時も優しい光をくれている安らぎであり

大丈夫と微笑む 「励まし」

だから つい両手を合わせ感謝する。

太陽は時には強くて 夏の日中は避けたくなるが

月はいつも 静かで優しい励ましをくれる。

いくら浴びても 月光は飽きない。

ずっと澄んだまま・・・で 夜空を漂う私は 月=励まし と思える。

いつも空に 「ある」



※ 本日( 2日)ポットキャスト第465回「フリーランスの不安」が配信されました。同時に映像版としてYouTubeでご覧いただけます。https://bit.ly/2VaZTVj

※熊本小国楽心会 12月14日(zoomはお休みします)





後ろを見るのはもうやめよう…

未来は前にしか無い。

前を向いて,空を見上げて、生き抜け。

愚痴と後悔の人生は 終わりにしろ…

恥ずかしい生き方は もうこの辺で終わりにせよ。

『前だけ見て…さっぱりと気持ちよく、生き抜け!』






「善意に生きる」



善意を抱いて具体的にどう過ごすか…大事。

・人のために捧げる時間を沢山持って善意に生きる。

・イライラ、怒りを直ぐに鎮める(怒ってもすぐ切り替える事を練習…または謝る)

・社会貢献し人の役に立つために、善意で優しく生きる。

・一番身近な家族に対して…今世中に家族との業の和解を試みる対立を解決する。

(更に、対人関係において、憎しみと嫌悪の思い残しの無い関係にして、罪を下ろす試みをする)





人生において 色々な選択を迫られる時があるだろう

 

その選択は

 

お金になるか ならないか

 

自分にとって 得になるかならないか

 

有利か不利か ではなく 

 

その結果が人々の役に立つか 喜びにつながるかで選ぶと

 

あなたに 信が立つ(信頼される)だろう

 

いつも 相手・人々の利や喜びにもつなげていく習慣を身につけると

 

いつしか自分が 富者になっているだろう

 






自分を苦しめることや

辛い事件を思う時は

苦しみのスパイラルの穴に 落ち込まないように

楽しみのキーワードを一つ持って…

鬱の穴におちいらないように

切り替える習慣を持つといい。

たとえば 「〇〇に行こう!」 と 楽しい旅を即座に思うなどして

さっと 切り替える習慣を身につける。

明るく 明るく生きよう。

切り替える習慣を身につけよう。





先日来 頭善人?の人達にたくさん出会った。

科学的知識や経営的知識や 経済の流れにはとても詳しく 世間の一流の人々との出会いを誇りながらも 一番の関心は自分と自分の仕事ばかりで走り回っていた。

欲と名誉に追われ追われ 時間を失っていく人だった。

野に咲く小さな花の美しさや、五月の華やぎや 秋の静かな明るさに美しさを感じない人は 人の悲しみや痛みがわからなくなるだろう。

利を追って忙しく そんな感傷を笑うだろう。

また 人の胃や子宮や大腸を切り取るのが一流と思っている優秀な医者に出会った。

体の悪いところを切り取ればすべて・・・上々ではない。

病を得た人の 忙しく飛行機の中を走らねばならないような人に生き方を改めさせなければ 切ったガンも春の木の芽のように、次の芽がすぐに生えてくる。

人生を本で学び 人生哲学をいくら頭に詰め込んでも その知識を自己繁栄と 自己の都合に注ぎ込むならば 周りも自分も苦の渦に巻き込んでゆく。

このように頭善人とは 頭が良くて その善を実行しない人のことをいう。

頭で科学と経営学を学んで 自分の会社と自分の地位を売り上げの上昇のためだけに使う人をいう。

周りの人は いっしょに苦の海に巻き込まれるだろう。

昨年 渋谷ビル街で道路脇に座り込んでインスタントの食事をしている大勢の子供群に出会った。

その異様な光景に目を見張った。

利を優先する社会によって作られた子供たちの食べ物は 口当たりのよい化学薬品で固まり、子供たちはますます狂う。

病気にかかる人と病気の種類は増え 科学とお金は地球とその上の生き物を救うために使われなくなってゆく。もう利と欲を追うのをやめよう。

私みたいな説教好きの人間に 口善人が多い。

神様や仏様や人の道を説く人に、自分はやらない人が多い。

自分は吸うけれども テレビでたばこの害を一生懸命説いていたお医者さんみたいなものだ(笑)

あれこれ人に文句はつけるけれども 自分の行いが正しくない人は尊敬されない。

人の頭上のハエを追うのは簡単なように、人のことはよく解る。

私を含めて 口善人にならないためには 自分がしていない事を 他の人の言葉を借りて喋らない。

自分がしている事を 自分の言葉で語るようにしている。

人の喜びと安らぎと 向上心につながる言葉のみを語りたい。

口だけで良いことを言い 尊敬を得ようとする人を口善人という。

(月刊致知2005年3月号「三農七陶」より)




※ 明日( 25日)ポットキャスト第464回「今に囚われてしまう時」が配信されます。同時に映像版としてYouTubeでご覧いただけます。https://bit.ly/2VaZTVj