人類はまだ始まったばかり | 満願寺窯 北川八郎

満願寺窯 北川八郎

九州、熊本は阿蘇山の麓、小国町、満願寺窯からお送りするブログです。
北川八郎の日々の想いや情報を発信してまいります。

<2003年月刊致知10月号より48回にわたり連載された「三農七陶」から抜粋します>



小国郷の冬は厳しく 今冬も大寒の頃から零下10度以下の朝を何度か迎えた。工房の一階はもとより 二階の部屋に置き忘れたコップの水も凍るほどだ。ポリバケツは上から下まですっぽり きれいなカチンカチンの氷となる事がある。


大寒の候には 毎年 水道管が地中のどこかで凍り、洗面所や台所の水が何日も出なくなる。飲み水は、家から少し谷奥に久住山からの岩清水が一年中絶え間なくほとばしってくれているので、本当に助かっている。


小国は 2~30年前まで陸の孤島だったらしく、ここの壮大な草原の景色や温泉等が あまり知られていなかったようだ。それに今でさえもこんなに雪が積もり、交通が途絶えるのだから 都会の人々からは敬遠され続けてきた事だろう。だから ここに移り住んでずっと 毎年、毎冬 広がる田畑や杉の森に積もる 美しい雪景色に恵まれる。とても九州に住んでいるとは思えない一か月が過ごせて嬉しい。


そんな数ある美しい景色の中でも、あの日の雪の景色は 神の傑作としか思えない。

それは 2月初旬の大寒期の終わりの頃だった。

朝早く「ワァッ~」とか「ウォ~ッ」と騒ぐ大きな声に目が覚めた。

「お父さん来てごらん!外がきれいだよ。これは 今見なきゃ」と布団から引きはがれた。

震えながら 薄明るい外の景色を見て うっとりとしてしまった。


なんと不思議な美しさ・・・。

空も、山も、林も川も道路も そして周りの木の枝も 南天の実も、目の前の大地すべて どこも、かしこも 少し水分を含んだ、柔らかい「まっ白」の世界。

今まで見た事のある雪景色とは まるでちがう優しさと柔らかさ。

右も左も、上から下まで 見える世界すべて見覚えのない純白の世界。

なんという不思議な柔らかさ、白さ そして美しさ、静けさ。その上 爽やかな空気。胸いっぱいに吸い込む。「おいしい!」と喉が騒ぎたてる。新鮮!肺の気持ちの良さ。適度の湿りと純白の香り。


みんな黙り込んで 景色の中に歩み出そうとしない。めったに出合えない風景。ただ白いだけでなく ふんわりとして 鳥のダウンの固まりのように柔らかそう。優しい雪。その優しい雪が 小さな枝の先から 野の草の細かい葉先まで そして冬枯れで残っている小さな木の実まで 精妙に ふっくらと包み込んでいる。


・・・つづく


(月刊致知2004年4月号)