1999年2月から2000年12月まで百回にわたって毎週火曜日 熊本日日新聞のコラム「ワラブギ談義」の原本を10年ぶりに開きました。当時53才~55才。当時から伝えていることは変わりなく その心を読み返したく連載します。
1999・12・24 no47
11月23日は満月だった。
こんな好条件の夜にはめったに出合わない。この日は11月なのに一日中土砂降りの雨だった。夜11時頃川の中の共同温泉から帰る途中 自宅への道を曲がった途端に月の光がさーっと照り渡った。思わず立ち止まり空を見上げる。月が雲の切れ目いっぱいに広がり 二つの輝く星を従えていた。雨上がりの満月は森を浮かび上がらせ 冴えわたっていて美しい。大気も心地よく冷えている。
満月にはタヌキもほえているという。犬だけではないらしい。私は虫もほえているのを感じる。きっと木も草も満月にほえているのだろう。
雨上がりのせいで森も道路もぬれていて美しい。谷の奥から杉の香(今日は特に杉の香が強かった)の 何とも言えぬ甘い匂いが漂ってきた。いつもは落葉樹の香りが強いのだけれど 何度大きく息を吸い込んでも甘い杉の香が胸に入ってくる。
すがすがしい気持ちになって 両手を広げ 犬のようにほえてみた。私の遠吠えが森の杉にしみてゆく。この村で満月の夜に騒ぐのは私だけなのだろうか。きっと太古の人々も月光の下で騒いだのではないだろうか。私は月の光で透明になってゆくように感じた。悲しさとはかなさと 満足と安らぎが細胞の奥から立ちのぼる。
雨上がりの満月の夜はにおいがいつもより濃いようだ。森が木が草が 動物たちも虫たちも みなざわめいている。私は山に住むありがたさを思う。山があり川があり 杉や椿や虫や蛇がいて私があるのだ。感謝。