今日、ヒューマンライツナウのイベントに行ってきた。
議題は、
個人通報制度の批准や国内人権委員会の設置についてだったが、
そのパネルディスカッションの中で私が見いだしたのは、
閉鎖的な日本の再認識だった。
議論の中で、
青学の教授が2つの事例を教えてくれた。
数日前、朝鮮学校にある市民団体が入り込み、
小学生相手に
スパイの子どもたち、朝鮮人は日本から出ていけ等の罵倒をした。
その周りには、
遠巻きにいるだけで何もしない警察がいたそうだ。
別の事例では、
兵庫県で在日韓国人のカップルが入居しようとしたら、
外国人であるだけで断られたそうだ。
裁判を起こすも、
家主は、カップルが猫を飼いたいと言ったから
断ったなど嘘をつき、
結局敗訴したそうだ。
これらを聞いた私は、
今の時代にまだそんなのあるの!
ってか何で私、知らないの!
って恥ずかしくてたまらなかった。
去年、
リビングライブラリーっていう企画をしたときに
セクシャルに関する閉鎖性や
障害に関する閉鎖性を感じたけど
人種に関して、ここまで日本が時代遅れとは
わかっていなかった。
日本は、人を分類して、日本人の中でもさらに特定の人に関してのみ
人権が充実している
見せかけの先進国なんじゃないか。
ディスカッションの中で
個人通報制度、国内人権委員会、人権条約の履行など制度的な改革も重要だが、
社会の意識改革も必要だという話が出た。
民主党の議員さんが、
今の日本社会では人権問題は、
票につながらず、つながらないから後回しにされる
ということを言っていた。
確かに、そうだろう。
そして、だからこそ制度の整備も進まない。
まずは、
閉鎖的な日本を開国して
日本人社会をもっと多様性を受け止められるものに
していく必要があるようだ。
その一端として、
生徒も先生も多様な構成員からなる学校教育が必要ではないだろうか。
議題は、
個人通報制度の批准や国内人権委員会の設置についてだったが、
そのパネルディスカッションの中で私が見いだしたのは、
閉鎖的な日本の再認識だった。
議論の中で、
青学の教授が2つの事例を教えてくれた。
数日前、朝鮮学校にある市民団体が入り込み、
小学生相手に
スパイの子どもたち、朝鮮人は日本から出ていけ等の罵倒をした。
その周りには、
遠巻きにいるだけで何もしない警察がいたそうだ。
別の事例では、
兵庫県で在日韓国人のカップルが入居しようとしたら、
外国人であるだけで断られたそうだ。
裁判を起こすも、
家主は、カップルが猫を飼いたいと言ったから
断ったなど嘘をつき、
結局敗訴したそうだ。
これらを聞いた私は、
今の時代にまだそんなのあるの!
ってか何で私、知らないの!
って恥ずかしくてたまらなかった。
去年、
リビングライブラリーっていう企画をしたときに
セクシャルに関する閉鎖性や
障害に関する閉鎖性を感じたけど
人種に関して、ここまで日本が時代遅れとは
わかっていなかった。
日本は、人を分類して、日本人の中でもさらに特定の人に関してのみ
人権が充実している
見せかけの先進国なんじゃないか。
ディスカッションの中で
個人通報制度、国内人権委員会、人権条約の履行など制度的な改革も重要だが、
社会の意識改革も必要だという話が出た。
民主党の議員さんが、
今の日本社会では人権問題は、
票につながらず、つながらないから後回しにされる
ということを言っていた。
確かに、そうだろう。
そして、だからこそ制度の整備も進まない。
まずは、
閉鎖的な日本を開国して
日本人社会をもっと多様性を受け止められるものに
していく必要があるようだ。
その一端として、
生徒も先生も多様な構成員からなる学校教育が必要ではないだろうか。
昨日、ついに5年間続けてきた塾バイトをやめました。
厳密に言えば、
夏期講習で辞める予定だったんだけど、
人が足りず、今まできました。
思えば、私の学生生活は、
塾バイトとともにあったと言っても
過言じゃない気がします。
また、バイトだけど気づいたら5年間、
体調不良とか病気で休んだことは
一度もない気がします。
(旅行とか就活とかはあるけど笑)
むしろ、塾のおかげで
大きく体調を崩すことがなかったのかもしれません。
私にとって塾は、
精神安定財のようなものだったのかもしれません。
5年間やって沢山の生徒を見てきて、
どの子にも思い出があります。
ただ、その中でも一番思い出深く、
私に沢山のことを教えてくれたのは、
初めて担当した受験生2人です。
私も塾バイトをはじめたての頃、
2人は中学2年生でした。
家庭的な事情もあって
一癖も二癖もある子達だった。
受験勉強ももちろんだけど、
人として真剣に向き合って
笑ったり、真剣に怒ったり(諭したり)、
一緒に喜んだり、悲しんだり…
塾の講師としてはあまり良くないかもしれないけれど、
2年間、私は塾という場所を通して
2人の学力を上げるために試行錯誤しつつ、
2人に塾ではキラキラしてほしくて、
時にはとことん話を聞いたり、
塾という限られた場所を通して
私に何ができるかを自分なりに一生懸命考えた。
たかが、
二十歳前後のバイターには
勉強を教える以外にできることはないし、
塾バイト第一の生活をしていたわけでもない。
それでも必死だった。
塾の生徒に教えてもらったことを書き始めたら、
大変な長さになったので割愛します笑
また生徒のことを書くとかなりプライベートなので
心に秘めます。
ただ、最後に…
これからもっともっと沢山のことを経験して、
もっともっと沢山のことを知って、
もっともっと相手の気持ちを感じられるようになって、
もっともっと考えられるようになって、
もっともっと本気になれることを見つけて、
久石譲みたいな笑顔になれる人になって
いつか教育の場に立ってみたいと
何となく思った今日この頃です。
厳密に言えば、
夏期講習で辞める予定だったんだけど、
人が足りず、今まできました。
思えば、私の学生生活は、
塾バイトとともにあったと言っても
過言じゃない気がします。
また、バイトだけど気づいたら5年間、
体調不良とか病気で休んだことは
一度もない気がします。
(旅行とか就活とかはあるけど笑)
むしろ、塾のおかげで
大きく体調を崩すことがなかったのかもしれません。
私にとって塾は、
精神安定財のようなものだったのかもしれません。
5年間やって沢山の生徒を見てきて、
どの子にも思い出があります。
ただ、その中でも一番思い出深く、
私に沢山のことを教えてくれたのは、
初めて担当した受験生2人です。
私も塾バイトをはじめたての頃、
2人は中学2年生でした。
家庭的な事情もあって
一癖も二癖もある子達だった。
受験勉強ももちろんだけど、
人として真剣に向き合って
笑ったり、真剣に怒ったり(諭したり)、
一緒に喜んだり、悲しんだり…
塾の講師としてはあまり良くないかもしれないけれど、
2年間、私は塾という場所を通して
2人の学力を上げるために試行錯誤しつつ、
2人に塾ではキラキラしてほしくて、
時にはとことん話を聞いたり、
塾という限られた場所を通して
私に何ができるかを自分なりに一生懸命考えた。
たかが、
二十歳前後のバイターには
勉強を教える以外にできることはないし、
塾バイト第一の生活をしていたわけでもない。
それでも必死だった。
塾の生徒に教えてもらったことを書き始めたら、
大変な長さになったので割愛します笑
また生徒のことを書くとかなりプライベートなので
心に秘めます。
ただ、最後に…
これからもっともっと沢山のことを経験して、
もっともっと沢山のことを知って、
もっともっと相手の気持ちを感じられるようになって、
もっともっと考えられるようになって、
もっともっと本気になれることを見つけて、
久石譲みたいな笑顔になれる人になって
いつか教育の場に立ってみたいと
何となく思った今日この頃です。