今日は、お正月以来、久しぶりのゆったりできる(することにした)休日。

最近、タンザニアのダルエスでは、雨期らしい雨の日が続いている。


いつものバケツ手洗い洗濯を済ませて、雨で外にも出かけられないし、

久しぶりに文庫本を読み始めてみた。


昨日、日本に帰国した知り合いの方から譲り受けたものだ。

いただいた本は2冊あるが、今日、読んだ一冊は、


鎌田實『がんばらない』(集英社、2010年)


私のことをよく知っている友人は、このタイトルを読むだけでプフッと笑うかもしれない。

あまのじゃくな私は、当初、このタイトルを見てあまり読む気がしないな、と思っていたが、

読み始めると止まらなかった。なんだか、読む手を止めてはいけない、という気さえしてしまった。


一部の人は、鎌田實という著者名を見れば、

あのテレビに時々出ているお医者さんだ、と気が付くのかもしれない。

私は、顔写真を見て、初めてなんだかテレビで見たことがあるな、くらいに思った。


著者は、東京で医者になったあと、

1974年に赤字が増え続け、医者が集まらない、患者が来ない、長野県の地方病院に赴任した。

当時、25歳。

そこから、自身の信じる医療を地域の住民の人たちと実践し続けており、

チェルノブイリの救援活動への参加でも有名になった。


この本は、そんな著者が、

様々な患者さんやその家族、病院スタッフや看護学校の学生たちとの、

一つ一つの出会いやエピソードを丁寧に紡いでいる本だ。


短編集のように、それらのエピソードは一つ一つそれぞれで完結しえているものだが、

根底には共通して、著者の「今必要とされている医療とは何か」の問答が繰り返されている。


医学や医者の目線ではなく、患者さんの目線から考えている。


様々なストーリーがある中で、著者が一貫して行ってきたことは、

患者さんの言葉に耳を傾け、その人が最後まで自分で決定し、自分らしく生きることができるように、

患者さんと家族を支えることであったように感じた。


どの患者さんのストーリーからも「寂しさ」ではなく、「温かさ」を感じられた。


また、著者の一人相撲ではなく、

同じ病院のお医者さんや看護婦さん、その他の職員の皆さん、

看護学校の学生、地域のボランティア、患者さん自身までもがその温かい環境を作り出している、

そう感じられる本だった。


本の読み途中、

亡くなった私の祖父の元気だったころの思い出を思い出し、涙が止まらなくなってしまった。


東京に戻る日、玄関の前で、

私と母が見えなくなるまで、万歳三唱をしてくれた祖父。

病院で絞り出すように、大好きな俳句を詠んだ祖父。


最後まで読み切って、なんだか自分自身にも宿題が課されたような気がした。

風立ちぬを観てきました。

素晴らしい映画でした。。。

ジブリ作品の中で、ナウシカを初めて観た時と似た感覚を受けました。
感情の種類や内容は違えども、
あふれ出る気持ちの量というか大きさは、同等なものであったような気がします。

色々な要素を含んだ作品のストーリー、
描き方も多様な世界観が混ざり合い、
それでも一個人の視点で表現された物語り。一個人の生き様。

作り手(クリエーター)、登場人物のエネルギー(生命力、命)を感じ、
そんなエネルギーや感情が積み重なって、
私は最後のエンドロールで自然と涙があふれてきた。

ただ、決して「悲しい」という言葉で表される感情ではない。

私の中でも、なぜあの時泣いたのか、
どんな感情だったのか、正直、わからない。

ただただ、エネルギーを感じ、
気持ちの積み重ねから、ラストシーン、その後に「ひこうき雲」という主題歌が流れ、
ただただ泣きたかった。涙が流れてきた。
泣かされたのではない、自然の涙だったように感じる。

今の私で、この映画に出会えたことに感謝です。

鑑賞者、そしてその人の年齢に応じても、
感じるもの、見方が変わる映画だと思います。

また観たい映画です。
そして、色んな人の感想を聞いてみたい。


去年の6月23日に書いた日記。



 私が毎週末、日頃の運動不足解消のために、市場に歩きに出かける。

何か目的のものがある時もあれば、あてもなくただ探検するために23時間歩く。

そうすると、時々、思わぬ出会いをすることがある。


今日は、石鹸置きになるものが欲しくて市場に出かけ、あるお店で立ち止まった。

お香をたくときの置物が目に止まったのだ。

カッサラでは、コーヒーを飲むときにお香をたくことがあり(虫よけ)、

土器にペインティングを施したものに炭を置き、その上にお香をおくといい香りがする。


値段は、2.5スーダンポンド。公定レートでいうと、日本円で約60円(2012年6月当時)。

たまたま店の人が英語を話すことができ、お香置きを買いながら立ち話をしていたら、

コーヒーをご馳走になることになった。

ちなみに、スーダンでは、コーヒーを売っている場所が街のいたるところにあり、

初対面の相手、しかもアラビア語の話せない日本人でも、

ただ挨拶しただけで「コーヒー飲んでくか?」と言ってきてくれる。




さて、店主と色々と話していたら、その店主がエリトリア難民であることがわかった。


30年前にエリトリアエチオピア紛争から逃げるように、スーダンへと避難してきたそうだ。

しかし、以降30年間、UNHCRの難民認定を受けているものの、

国に戻ることができず、ほかの国に移住することもできない。

スーダン国籍を取得することもできていない。

エリトリア国籍であるものの、エリトリアによる保護を期待できるはずもなく、

まさに、国籍が無いに等しい。




 私がコーヒーを飲む傍ら、店主はさらにこう続けた。

 

 「30年間、citizenshipがない。

 だから、家を持つこともできず、このお店も借りてるだけ。

 アメリカやヨーロッパへのresettlementUNHCRに何度も申請しているが、

 どこの国も受け入れてくれない。

 特に、イスラム教徒の受け入れは、キリスト教よりも認められにくい。

 エリトリアに今戻っても、軍隊に入れられて戦場に駆り出される。

 ここ(カッサラ)は人も良いし、いいところだが生活は苦しい。



 What can I do?(これ以上、私に何ができるんだ。)」




 店主には、二人のお子さんがいる。奥さんもエリトリア人。

 自分はスーダンでcitizenshipを持っていないから、スーダン人と結婚できないそうだ。

 子供たちは、エリトリア人を対象とした学校に通えるが、

 それは中等教育までで、高等教育には進めないという。


 また、隣のお店に同じエリトリア難民の小学生くらいの男の子がいるが、

 食べるために働かなくてはならず、学校に行けていないと言う。


 悲しそうな顔をして店主が言った。


 「自分が難民だから、子供たちも今後、難民であり続けてしまう。」


 最もおどろいたのは、難民であるが故に、

 誘拐されても誰も何もしてくれないと、店主が言ったことである。

 店主は、夜は極力出歩かないと言う。

 時々、人さらいが難民をさらって売り飛ばすからだと。


 スーダンの警察は、スーダン国民を守るためのものであって、難民を守るものではない。

 スーダンとエリトリアの国境付近には、UNHCRの難民キャプがあるが、

 人さらいは難民キャンプにも現れるそうだ。



彼は、言った。


"No one protect refugee."



 (この話は、あくまで一個人から聞いた話です。

 難民保護のために尽力されているUN機関、NGOがあり、

 日々、職員の方は奔走されていることを忘れてはいけないと思います。)