こんにちは蓮花です。
先日に緊急入院した愛犬は昨日無事に退院出来ました。
かなり重篤な状態だったので心配でしたが、頑張って乗り越えて
家に帰って来てくれたのが嬉しくホッとしました。
安心して久しぶりに昨晩はよく眠れました。
各種の受け付けはこちらより
自分にとって最も大事なものを失うかもしれないとなった時
今まで気にしていたことが全部気にならなくなりました。
普段、生きている中ではちょっとしたことが胸にグサッと来たり
誰かの言動や行動がとても気になったりして
そのことで頭がいっぱいになったり、今日も明日もずっと気にしてたり
特に会社勤めのころに多く感じていたと思います。
出会う人の機嫌の良し悪しが気になりました。
自分が挨拶しても返答が無い時などは一日嫌な感覚だったりして
会社という狭いコミュニティの中で気持ちが上がり下がりしていました。
自分以外の誰かが不機嫌だとしても、それは自分のせいとは限らず
コントロールが出来ないことなのに振り回されるなんて
こうして振り返っても、すごく他人軸で生きてましたね、汗
今ではそういったことはほとんどありませんが、それでも
まったくゼロにはなりませんでした。
ですが今回の事件(犬の入院と母の怪我)では
私は無になってました。
ちょっとやそっとの出来事には腹も立たない気にもならないのです。
そして、いかに普段の自分が周りの影響を受けていたのかを思い知りました。
ものすごいショックな出来事が重なったことで
無の境地となり腹がすわったんです。
心が安定して、さまざまなサポートが一生働く
伝授をしています↓
もしかすると、そうした無になった自分は本来の自分であり
元々はどんとした、なんでもコイの状態が
本当の自分であるのかも
表層意識のエゴは日々中で起こるちょっとしたことを気にして
あーでもない、こーでもない、とぐるぐる思考しますが
本来の自分(魂)はもっと落ち着いていて
どんと構えているものなんだな、と気づきました。
だからこそ、本当の自分に繋がる時間を持つのが大切なのです。
本当の自分に繋がることなく過ごしていると
常にエゴの声しか聞えないので、振り回されて終わってしまうからです。
きっとものすごくショックな出来事や何かにであった人は同じで
その時は心が無になったはずです。
起こった出来事によって、魂が磨かれ成長したとも捉えられますが
やっぱり辛い体験はなるべくしたくないですね
ただ、普段の自分が小さいことを気にしてクヨクヨするのが
どうでもいいことだったな、とよく分かるので
これからは小さいことには捕らわれない
おおらかな視点を持って過ごしていきたい
日常の生活に追われてエゴの声だけを聞いて生きているのが
ほとんどの人です(私も含めて)それを見直す切っ掛けとなった
今回の体験でまた一つ学びとなりました



