こんにちは蓮花です。
日々の生活の中で、ふと守られてるなと感じることがあります。
こうなって欲しいと願うことが、上手くいくときは助けてもらったと感じますし
毎日の暮らしの中でちょっとしたことでも、高次元の存在に守られてると感じます。
そして昔にあった守っていただいた出来事を思い出しました。
各種の受け付けはこちらより
私が守られていて助かったとはっきり感じたのは高校生の時です。
当時の私は高校まで自転車通学をしていました。
家から学校まで毎日自転車で通っていたんですが、そんなある朝でした。
通学する道で一か所だけ高低差がある場所があります
坂をぐーんと上ってまたぐーんと下る道で川を跨いで超えていくのですが
そこで死ぬかも!と思うことがあったんです。
高校生だった頃の自分は体力もあり自転車もすごいスピードでした。
いつもの坂を勢いよく登り、その反動で下りはブレーキをかけずに一気に降りるのをマストとして毎日やってたんですが(危ないですよね、汗)
そんなある朝、坂の頂点からいっきに下ってた時に目の前に路上駐車があり
横を過ぎる少し前に車のドアがバーン!と開いたんです。
私の自転車は全速力でしかも坂を下ってるのでスピードマックス!
車のドアが開いたときに反射的に急ブレーキをかけましたが
距離が近くて絶対止まれないとわかりました。
目をつぶって両手て自転車のブレーキを握りながら車のドアにぶつかる自分の姿が浮かんだのです。
ほんの数秒のことだけど、スローモーションのように感じてもうダメだ!と思いました。
そして目を開けると、車のドアのギリギリの手前で止まっていたのです。
どう考えても絶対無理(止まれない)タイミングなのに
ギリギリで止まっていたのに驚いたのとホッとしたのと
とにかく良かったと思い、そのまま学校に行きました。
普通ではありえないことで本当に不思議でしたが
その頃の私はまだ守護していただいてる感覚はなくて「助かった~」と思っただけでした。
車のドアにぶつかると思ったときは、自分が吹っ飛ぶと感じて覚悟したのに何も無かった、ほんとに不思議?といった体験をした。
ですが今振り返ると、神仏のご加護か?守護霊様なのか?ですが
確実に高次元の存在に助けてもらったと解ります。
多分あのままぶつかっていたら大けがとなり、車の方もそうとうなダメージだったはず
それを回避してもらったのだと、命の危険から助けていただいたと思います。
若かりし頃の自分の無謀さにあきれる出来事ではありますが、汗
スピリチュアルな知識や、特別な信仰心などない頃の話で
どこかの神社やお寺に足しげく通ったりもせず、何も考えずに生きていた頃であってもこうして守っていただいている。
人は誰でも生まれながらに守ってくださる存在がいるのです。
普段なにも問題がないと気づかないけれど
ここ一番というとき、絶対に危ないときには
不思議な力で助けていただくことがある。
今日はなぜかこの体験が思い出されました。
きっともっと些細なことから、大変なことまで
今まで生きて来た間に数え切れないほどの守りがあったと感じます。
そう思うとありがたくて、嬉しくてほっとするのと
「今までありがとうございます」という気持ちが心に満ちていきます。
今日のお話は私の昔話(体験したこと)ですが
こういったことは、皆さんあるのでは?
忘れているけれど、よく振り返ってみれば「自分にもある!」と気づくはずです。
いつも自分は一人で生きてる
たった一人で生きていて、世間には危ないことがたくさんで怖いような
なにかに巻き込まれたりしそうな、怖さを感じることもあったりしますが
でも大丈夫ですよ、見えないけれど忘れているけれど
いつも守られてる、自分は一人じゃない
常に見守られて、危ないときには助けてもらってる
そのことを思い出せば「大丈夫だ」と安心して生きていけるように思います。
私が昔の体験を思い出したのは、皆さんに伝えて
誰もが安心して生きるように、というメッセージなんですね
いつも自分は守られてる、守護していただいてる存在がいる
心に留めて、この世界を楽しんでいきましょう。