みんな神様がきめたこと~マナ@1歳のひみつ日記~ -12ページ目

言葉にできない

周囲の大人たちとのディスコミュニケーションに悩んでいる私。
「あっじゃっじゃー、にゃいにゃいにゃー、ばうわうわー」と
さかんに話しかけるのですが、誰も理解してくれません。


大人にもわかる言葉といえば、「パパ」「ママ」だけ。
それも気が向いたときにたま~にしか言いません。
言葉が早かったママは、1歳にもなればペラペラしゃべれると思っていたらしく、
「マナちゃん、まだしゃべらないねぇ」と残念がっています。


「語りかけ育児」とかいう本をブックオフで(また…)買ってきたママ。
このようなことが書かれていました。


・赤ちゃんが言葉を話しても、聞き返したり何度も言わせたりしてはいけない。
・これはなあに?などと赤ちゃんを試すようなことをしてはいけない。
・「ワンワンって言ってごらん」などと強制してはいけない。


なんと、私が普段されていることばかりではないですか。


ちょっとでも「パパ」などと言うと、みんなワラワラと集まってきて
「今なんて言った?なんて言った?なんて言った?」の大合唱。
絵本を見せては「これなあに?そっちはなあに?」と詰問。
「これワンワンだよ~。ワンワン。ワンワン。ハイ、言ってごらん」としつこく強制。
本によれば、そんなことをしているとせっかく出始めた言葉が引っ込んでしまい、
数ヶ月しゃべらなくなる子もいるというのです。


さすがにママは少々ショックを受けた様子。
心を入れ替えて本に書いてあることを実践するかと思いきや、
「こんな育児書通りに行くかー!」とどこかに放り投げてしまいました。
それなら最初から買わなければいいのに…。


現在、「アー!」「アー?」「アーア」の3種類を巧みに使い分け、自分の意思を伝えている私。
ママの最初の言葉らしい言葉は「あーあ、いっちゃった」だったそうですが、
私の最初の言葉は何なのか、自分でも楽しみです。


わ~

ア~~~(発声練習中)

食べる前に読む!

妊娠中から、かわいい絵本を見つけるたびに嬉々として買い込んでいたママ。
ひざの上に子供を乗せて、一緒にページをめくるというほのぼのとした光景を
ひそかに思い描いていたようです。


が、私にとっての絵本とは、ズバリかじるもの。
あの角の具合がちょうどいいのです。
近くにある絵本を手にとってはガジガジガジガジ…。


お気に入りの絵本がつぎつぎに食い荒らされていくのを見て、
ママは私のそばに絵本をおかないようになってしまいました。
ママが読んでくれても、好奇心の強い私はすぐ他に興味が移ってしまい、
最後までおとなしく聞いてなどいられません。
ちぎられたりかじられたりした絵本の残骸がむなしく増えていくばかりでした。


しかし最近、読書の楽しみが少しずつわかってきたのです。
かじる前によくよく見てみると、絵本にはキレイな絵がいっぱい。
大好きなどうぶつの絵もたくさんあります。


ページをめくるのも楽しいのですが、ママが読んでくれるともっと楽しくなります。
自分から絵本をママのところに持って行って読んでもらうようになりました。
最後まで読み終わると、いそいで他の本を取りにいき、

「アー!(つぎコレ!)」と指示します。


最初のうちは喜んで読んでくれるママですが、2冊、3冊と続くうちに
だんだん声のトーンが落ちていきます。しまいには、
「なっちゃんはかさをかってもらいました。よかったね~!ハイおしまい」と
1ページでやめてしまいます。


「アー!(ちょっと、かってにおわんないでよ!)」と抗議すると、
「マナちゃん、ちょうちょさんの絵本どこかな~?」と話題をすりかえてきます。
私がちょうちょの絵本を探してくると、「わ~おりこう!マナちゃんおりこうね!
ちょっと読んでみてくれる?」とおだててくるのです。


「たったったー、ちゃっちゃっちゃー」と私が素直に絵本を読んでいる間に
どこかに消えてしまうママ。
子供の想像力の芽を伸ばそうという気はないのですか。
また、お休みの日にはパパが絵本を読んでくれるのですが、
棒読みなので全然盛り上がりません。もっとテンションを上げて下さい。


ともかく、始まったばかりの私の絵本ライフ。
これからどんな感動と出会えるのでしょうか。


絵本

ガジガジ

はじめてのチュウ

早いもので、私の人生ももう13ヶ月。
着実に大人の階段を上っている私は、チューのしかたを覚えました。


朝、寝ているママに馬乗りになり、熱い口づけで起こします。
「マナちゃん、ママにチューしてくれたの?」と
ママは喜んで何度もチューを迫ってきますが、一回しかしてあげません。
追われるより追うタイプなのです。


そういえば、初恋の君・氷川くん。(くわしくはコチラ
待ちに待った「黒豆ココア」のCMが始まりました。
が、今度のはまったくそそられません。
あのキャッチーなメロディはどこに行ってしまったのですか。
一緒に歌い踊るのを楽しみにしていたのに…。
ガッカリした私は、テレビに氷川くんが出ていても見向きもしなくなりました。
女心とはかくも儚いものなのです。


ママには人前でも簡単にチューできるのに、
恥ずかしくてパパにはなかなかできなかった私。
ゆうべ、初めてチュッとしてあげました。
パパはとてもうれしそうでした。


「自分以外にはチューさせない」と言っているパパ。
私のファーストキスはいったい誰のものになるのでしょうか。


チュー

パパにチュッ!

アイドルはつらいよ

ずいぶんあんよが上達してきた私。

2~3mくらいならなんとか歩けるようになりました。
ただ、ひとつ悩みがあります。
誰かに見られているとうまく歩けないのです。
それなのに、私がいざ歩こうとすると、みんながよってたかって注目してくるのです。


私が立ち上がっただけで、「立った立った!マナちゃんが立った!」と大騒ぎ。
「ほらマナちゃん!あんよあんよ!こっちこっち!」と四方八方から声をかけられます。
私はいったいどこへ行けばいいのですか。
とくにおじいちゃまは、私がちょっとでも足を前に出そうものなら
「はい、ヨイショオ!ほれ、ヨイショオ!!」と大声で応援してくれます。

私はその声にビックリして必ず転んでしまいます。


シャイな私はみんなが見ていると緊張してしまい、足がもつれてしまうのです。
「こっちにおいで~」と呼ばれたりすると気がはやり、
足より先に上半身が出て前につんのめってしまいます。
誰も見ていないところでさりげなく移動する分には上手に歩けるのに…。


今日も一人ですっと立ち上がり、てくてく歩いてママのところまで行ったのですが、
「マナちゃん!あんよしてきたの?上手ね~!すごいね~!」と大げさにほめられたため、
途端にあせって転んでしまいました。
私がウエ~ンと泣くと、「あー痛かったねぇ、痛いの痛いのとんでけ~!」と

ママは頭をなでなでしてくれました。
ガラにもないリアクションをしてくれたところに悪いのですが、痛くて泣いたのではありません。
不覚にもぶざまな姿をさらしてしまったことが悔しかったのです。

カワイイ私に注目が集まってしまうのはしかたのないことかもしれませんが、
もう少し長い目で見守ってくれないものでしょうか。


さて、私は今日で1歳1ヶ月になりました。

みんなにかわいがられ、元気に成長しています。

少しハンデはあるけれど、これからも自分のペースで人生を楽しみたいと思っています。

あんよ

これからもよろしくお願いします

はなくそ戦争リターンズ

朝晩めっきり涼しくなってきた今日この頃。
お布団をけとばして寝ているからか、ゆうべからお鼻がつまりぎみです。
寝るときはそうでもなかったのですが、寝ている間にどんどんつまってきて、
息を吸うたびに「ズズズズズー」と音がするようになってしまいました。


寝苦しいので目が覚めてしまい、おっぱいを飲もうとするのですが、
口をふさがれると呼吸ができません。
おっぱいか窒息か、という命がけの選択です。
一口飲んでは「ギャー!(いきができない!)」、
また一口飲んでは「ギャー!(でものみたい!)」と泣いていた私。
最後は泣きながらパパのお布団に転がっていきました。
パパが壁側にぎゅっと身を寄せてお布団をゆずってくれたので、堂々と真ん中で寝ました。
しかし、そんな優しいパパに足をすくわれるとは誰が想像したでしょうか。


朝、目覚めた私をさっそく抱っこしてくれたパパ。
私はごきげんで「アー?(なにしてあそぶ?)」と話しかけました。
ところがパパはそれには答えてくれず、ママに向かって「綿棒どこ?」と聞いたのです。
「マナちゃん、ゆうべから鼻がつまってるよね」と言いながら綿棒を手にしたママ。
危険を察知した私は、素早く逃げようとしました。
が、私の体はパパにがっちり押さえられてしまったのです。


身動き取れない私を見て、ここぞとばかりに綿棒をグリグリするママ。
いつもなら深追いしない奥の方まで突っ込んできます。
パパに救いを求めても、「マナちゃん、おりこうだよ~」と猫撫で声を出すだけ。
「シャギャー!!」と泣いて暴れましたが、やはりパパの力には勝てません。
自慢の蹴りを入れることもできず、ママの狼藉にただ耐えるのみでした。


ママのヒドイ仕打ちには慣れている私ですが、
信じていたパパに裏切られたショックは計り知れません。
私を助けてくれるはずのパパが、ママの手下だったなんて…。
しかも、こんなにつらい目にあわせておきながら、大した収穫がなかったというではありませんか。
少し楽になったとはいえ、まだピーピー鳴っている私のお鼻。
結局、親子の信頼関係が失われるだけの結果に終わったのです。
鼻づまり=はなくそ、という短絡思考が招いた不幸でした。


というわけで、パパを少しキライになってしまった私。
夜、久しぶりに一緒にお風呂に入りましたが、ワーワー泣いて自信を喪失させてやりました。


泣き顔

もう誰も信じない

英語を話せるようになるには?

パパの転勤でちょっとだけロンドンに住んでいたことのあるママ。
めんどくさいからと英会話学校にも行かず、
「ま、帰ってくる頃にはペラペラでしょ!」とムシのいい期待をしていました。


そして一年後、帰国したママがしみじみ悟ったことは、
「しゃべらなければしゃべれるようにはならない」でした。
当たり前です。
家でゴロゴロしているだけで話せるようになるわけがないのです。

日本語をいっさい使わないようなハードな状況でもなければ、一年程度ではどうにもなりません。


どうもママは「外国に住んでいれば、不思議な力が作用して
魔法のように話せるようになる」と能天気に考えていた様子。
「聞いているだけでみるみる英語が口から出てくる!」とかいう英語教材の広告の見すぎでしょうか。
電話がかかってきたり工事のおじさんが来たりするたびに泣きそうな思いをし、
「何だよ!聞いているだけで~なんて大嘘じゃん!
毎日BBC見てるのに全然話せるようにならないし!」と憤慨していました。
自分の努力不足を棚に上げて…。


そんなわけで、私には英語で苦労してほしくないと思っているママですが、
どうやって教えるべきか悩んでいるようです。
母国語が完全でないうちに外国語を教えるのはよくないともいうし、
LとRの聞き分けができるようになるのは小さいうちだけだともいうし…。


イギリスで知り合ったお母さんたちの話では、
英語が自然に身につくのは10歳くらいまで、ということでした。
それを過ぎると頭で考えてしまうようになるらしいのです。
とはいっても、それはまわりにネイティブの子供がたくさんいる環境での話。
日本にいながら「自然に身につける」のは難しい気がします。


一応、子供の英語教育なども調べてみたらしいママの出した結論は…。
「マナちゃん、ほんとに必要になれば自分で勉強するよね!」
ものぐさなママにはちょっと無理だったようです。


とりあえず「くまのプーさん」英語版サウンドトラックを買ってきたママ。
「ますは音に慣れるのが大切。音さえ聞き分けられれば何とかなるから」と言っています。
が、そのCDはブックオフで投げ売りされていたもの。
やる気のなさがうかがわれます。
せめて定価で買って下さい。


英語

バイリンガルへの道は遠い

劣性遺伝の不思議

あれはNICUを退院する日のことでした。


「この子、血液型は何型ですか?」とママが軽い気持ちで先生に聞いたのです。
「あー、ちょっと調べてみましょうか。検査代はサービスしときます」
主治医の若先生は私の足にちくっと針を刺して調べてくれました。


「O型ですね」
「O型ですか!?」


ママはびっくりして聞き返しました。
パパもママもA型なので、てっきりA型だと思っていたらしいのです。
「何か問題でも?」と先生に言われ、
「いえ、まったく問題ありません!」とあわてて答えていました。



パパの方のおじいちゃまはB型、おばあちゃまはA型。
ママの方のおじいちゃまはA型、おばあちゃまはO型なので
パパとママは二人ともAO型です。
O型が生まれても不思議はありませんが、確率は低いのです。
生後すぐの検査は正確でないそうですが、私の場合1歳前の再検査でもやはりO型でした。



とはいえ、O型というとなんとなくおおらかなイメージがあり、私にピッタリ。
だからそれはいいのですが、問題はマブタです。
パパは奥二重ながら一応二重、ママはクッキリ二重。
なのに私は一重なのです。


聞くところによると、二重の方が優性遺伝だというではないですか。
血液型に続き、ここでも劣性遺伝を受けついでしまったようなのです。


誤解のないように言っておきますが、
劣性遺伝というのは決して「劣っている」ということではありません。
優勢遺伝子のように「オレがオレが」と出しゃばるのではなく、
「誰もいないなら私が…」とやっと現れる控えめな遺伝子なのです。


生まれたとき3500gオーバーだったせいか、顔がパンパンだった私。
「そのうち腫れが引いてスッキリしてきますからね。大丈夫ですよ!」と
ママは助産婦さんになぐさめられていました。


その後も「お顔どうなりました?」と心配されるほど朝青龍にウリ二つでしたが、
成長にしたがってフェイスラインはスッキリしてきました。
しかしマブタの一重だけは変わらないまま現在に至っているのです。



「マナちゃんは一重でも十分カワイイよ!」とママは言いますが、
「一重でも」とか「十分」とかいうあたりに引っかかるものを感じます。


だいたい、寝起きにたまたまパッチリ二重になっていたりすると
「わ~カワイイ!」とすごく喜んでいるのはなぜですか。
「中森明菜は赤ちゃんのころ一重だったけど、
お母さんが爪でマブタに線をつけてたら二重になったんだってよ!」と
うれしそうに報告してきましたが、何をたくらんでいるのでしょうか。



そんな私の一重マブタに、ひとすじの光明が見えてきました。
上目遣いをすると、うっすらと二重が見えるようになってきたのです。


ママはわざと上の方から話しかけたり、おもちゃで釣ったりして
吹けば飛ぶような二重の線を持続させようと努力しています。
しかし、「マナちゃんだんだん二重になってきたと思わない!? ね?ね?」と
パパに迫るのはやめた方がいいと思います。



とりあえず、ママには「子供のありのままを愛しなさい」という言葉を百回読めと言いたいです。



朝青龍

こんなにカワイイのに。

スターになりませんか?

身のほどをわきまえている私。

1歳の誕生日の将来占いで「芸術家」という結果が出たときも、盛り上がるパパやママたちをよそに

「ま、ないな」とクールに思っていました。


今日のお昼のことです。

ママが育児雑誌についていた広告を私に見せて言いました。

「マナちゃん、赤ちゃんモデル募集だって!応募してみる?」

見ると、「○○アカデミーオーディション」という大きな文字。

赤ちゃんや子役タレントの募集広告のようです。

モデルの赤ちゃんが何人か載っていて、○○CM出演!とか○○ドラマ出演!とか書いてあります。

そしてトップには、「あなたのお子さんもスターになりませんか?」と微妙におかしい日本語が。

「アー!(こんなの、さぎにきまってるわ!たかいじゅぎょうりょうとられておしまいよ!)」と

私は広告を投げ捨てました。


しかし、どうしたことでしょう。

「スターになりませんか?」という誘い文句が頭から離れないのです。クールさが売りの私だというのに…。

スター。なんと魅力的な響きでしょうか。

スポットライトを浴び、ステージを縦横無尽にハイハイする私の姿が思い浮かびます。

それにもしかしたら、憧れの氷川くんとも会えるかもしれません。


私はママがあっちに行ったのを見計らい、広告を拾い上げてじっくりとながめました。

モデルの赤ちゃんたちは確かにカワイイですが、私だって負けてはいません。

客観的に見て、まあ五分といったところです。

応募してみようかしら…その前に字を書く練習をしないと…などと考えていると、

ママが突然「ギャ-!」と悲鳴を上げました。

「マナちゃん、ウンチもれてるよ!」


広告に夢中になっていて気づかなかったのですが、

ちょっとやわらかめのウンチが背中にもれ出ていたのです。

私はすぐさまママに抱えられ、オムツを替えられてしまいました。

「マナちゃん、将来スターになっても、今日ウンチもらしたことは黙っててあげるからね!」とママ。

私のひそかな野望はしっかり見破られていたのでした。

しかし、私はあきらめません。

紅天女を演じるまでは…。


スター

スター、か…

生まれてくるちょっと前のお話

私がまだママのお腹にいるとき、妊婦検診のエコーで病気が発見されました。
妊娠8ヶ月のときでした。
大学病院に転院し、詳しい検査を受けたところ、さらに別の異常が見つかりました。
「染色体異常の可能性があります」
ママは先生にそう告げられました。
ママはとても驚き、「どのくらいの確率なんですか?」と聞きました。
「だいたい数十人に1人というところですが、
高いものでは4人に1人というデータも出ています」と先生ははっきり言いました。
本来、ママの年齢では赤ちゃんに染色体異常が起こる確率はだいたい700分の1。
4人に1人という確率は、通常の175倍の高確率ということなるのです。

「羊水検査を受けますか?」と先生は聞きました。
羊水検査というのは、お腹に針を刺して羊水をとり、
赤ちゃんに染色体異常があるかどうかを調べる検査のことです。
ほとんどが妊娠前半期に行われる検査で、
赤ちゃんを生むか生まないか、という選択をするための検査ともいえます。

妊娠8ヶ月にもなっているママが羊水検査をすすめられたのは、
それとはまったく違う理由からでした。
私がどのくらい生きられるか、ということを調べるためだったのです。
染色体異常にもいろいろ種類があり、
何番の染色体に異常があるかによって障害の現れ方が異なります。
重い染色体異常があると、出生直後か、長くとも数年以内には死亡してしまいます。
「そのような重篤な染色体異常がある場合、救命はまず不可能です。
検査の結果によって、出生後に救命治療を行うかどうかを決めることになります」
と先生は言いました。
つまり、重い染色体異常があった場合は救命治療せずに自然死を待つ、という宣告だったのです。

ママは一週間検査入院し、MRIなどの精密検査を受けることになりました。
部屋は4人部屋で、ママ以外はみんな赤ちゃんが生まれたばかりのお母さんたちでした。
ママはカーテンを閉め切り、ぼんやりと天井を見上げていました。
パパが仕事を終えて会いにくる少しの時間に、いろんなことを話し合わなければなりませんでした。
消灯時間も過ぎた夜中、ママはたびたび人気のないロビーに電話をかけに行きました。
「どうすればいいの?」とママは泣いていました。
「僕たちの子を信じよう」とパパは答えました。
私は一生懸命ママのお腹を蹴って、だいじょうぶよ、ママ、だいじょうぶよ、と言ったのに、

そのときのママには伝わらなかったのです。

精密検査の結果、心臓の機能はおそらく正常であるということがわかりました。
「命にかかわるような重い染色体異常の可能性は低いと思います。
しかし軽い異常、つまりダウン症かどうかは、羊水検査をしてみないとわかりません」
先生は言いました。
「ただし、もう臨月も近いですし、早産のリスクはあります。
赤ちゃんも大きくなってますから、出血して緊急帝王切開ということもないとは言えません。
あとは、ご両親が生まれる前に異常を知りたいと思われるかどうかですね」

一週間の間、ママはずっと考えていました。
パパとも何度も相談しました。
そして最後の日、先生に言ったのです。
「羊水検査はしません。これ以上お腹の赤ちゃんに苦しい思いをさせたくないので」
「わかりました。そう決められたのなら、それが一番いい選択だと思いますよ」
先生はそう言ってくれました。
「マナちゃん、ちゃんと生まれて来られるよね。大丈夫だよね」
ママはお腹をさすって私に話しかけました。
私は何度もママのお腹を蹴りました。

それが私の生まれるちょっと前のお話です。

大人はわかってくれない

今朝のことです。
さわやかに目覚めた私は、いつものようにママによじのぼりました。
ママはゆうべ夜更かしをしたせいで目があかず、寝たままおっぱいをくれました。
お腹いっぱいになった私はママをふんづけて乗り越え、探検を開始しました。
ママのメガネに指紋をいっぱいつけたり、携帯電話をパカパカ開いたり、
オムツを箱から全部引っぱり出したり…。
しばらくは夢中で遊んでいましたが、ママが起きてこないのでつまらなくなり、
おすわりしてぼんやり窓をながめました。


すると、空の向こうの方に何かが飛んでいったのです。
それが飛行機だということはすぐわかりました。
以前、ママがベランダで見せてくれたことがあったからです。
私はママのパジャマをひっぱり、「アー!(みてみて!)アー!(ひこうきよ!)」
と教えてあげました。
「ナニ…?」とママは寝ぼけながら起きてきて空を見ましたが、
もう飛行機は飛んでいってしまった後でした。
私は一生けんめい空を指さし、
「アー!(ひこうきいたよ!)アー!(とんでたよ!)」と訴えました。
しかしママには通じません。
「何もないよ。どうしたの?」と言うばかりです。
私の顔に失望の色が浮かんだのに気づいたのでしょうか。
ママは私を抱っこして窓の外を見せ、「ほら、ブーブーがいるね~」と
的外れなフォローをするのでした。


それからしばらくして、お昼寝しようとしていたときです。
寝転がって窓を見上げていると、また飛行機が通りました。
「アー!(ひこうき!)」と私は空を指さしました。
ゴーッという音が聞こえたので、今度はママにもわかったようです。
「うんうん、飛行機だね。そっか、マナちゃん、朝も飛行機見てたんだよね!」
とうれしそうでしたが、気づくのが遅いのです。

言葉なんかなくても母親は子供の気持ちがわかると言いますが、
そんなことはないと断言します。
これからはそのような幻想に惑わされず、
しっかりと現実を見据えて生きていかねばならないと思いました。


がっくり

人生って厳しい…