しまじろうがやってきた
我が家にも、ついに「彼」がやってきました。
そう、幼児のアイドル、しましまとらのしまじろうくんです。
ここ数ヶ月、しまじろうを始めるかどうか悩んでいたママ。
「こどもちゃれんじ」の案内書を眺めては、「しまじろう…うーん、かわいくない…」と
ブツブツ言っていました。
内容そのものよりも、しまじろうグッズだらけになるのがイヤだったみたいです。
しかし、年間のお届け予定を見てみたところ、付録のおもちゃには
それほどしまじろう色は出ていない様子。
本やDVDはもちろんしまじろうファミリーオンパレードですが、
普段開けなければすむことなので、まあいいかと思ったようです。
なんと言っても、案内書と一緒に届いたしまじろうの絵本を
私が大変気に入ったことが決め手となりました。
中高時代、付録の雑誌が面白いというだけで
Z会より進研ゼミ派だったママ。(かなり少数派でしたが…)
「今時の子は1歳から進研ゼミか~」とその囲い込み商法に感心しています。
これも少子化のなせるワザでしょうか。
開講は1月からなのですが、その前にさっそくいくつかのおもちゃが届きました。
しまじろうパペット、おうちBOX、絵本、CDなどけっこう盛りだくさんです。
しまじろうパペットを見て「キャハハ!」と喜ぶ私。
おうちBOXにも興味シンシンで、ドアを開けたり閉めたり、
いろんなぬいぐるみを入れたり出したりして遊んでいます。
しまじろうに「好き好き」しながら抱っこして歩いている私。
「かわいいか…?」とママはまだブツブツ言っていますが、
かわいいかどうかは私が決めることです。
これから毎月来るという教材。
どんなものが届くのか、今からワクワクしています。
今日からおともだち
しあわせな休日
数日前からおハナが出ている私。
特に朝がひどく、息を吐くたびにハナちょうちんがポコンとできてしまいます。
おっぱいを飲むときも、「ズビビビビー!プハーッ!(息つぎ)」と大変です。
そんな風に苦しんでいる私を、ママは鼻吸い器を持って追いかけ回すのです。
殴る蹴るの抵抗を試みたのですが、今日のママは本気でした。
どんなに泣きわめいても許してくれず、とうとう鼻の穴にチューブをつっこまれて
「ズズズズズー!」と吸われてしまいました。
おハナのせいで今日のお散歩は中止。
でも外に行きたくてしょうがない私は、玄関の靴を指さして
「アー!(おんもいく!)」とパパに訴えました。
「1階まで行って帰ってくるだけならいい?」とママにお伺いを立てるパパ。
「すぐ帰ってきてね」と許可をもらい、私はパパと手をつないでお散歩に行きました。
廊下を歩いてエレベーターに乗り、ちょっと外に出て帰ってくるだけの短いお散歩。
でも、いつものベビーカーと違って自分の足で歩いたので、とても満足できました。
お仕事が忙しく、土日のどちらかしかお休みが取れないパパ。
一緒にいられる時間は少ないけど、お休みの日は一日中遊んでくれます。
今日は大好きなパパにごはんを食べさせてもらって、お風呂も入れてもらって、
とっても楽しい一日でした。
また行こうね
愛されすぎて…
もうすぐハロウィンですね。
ということでデザインをハロウィン風に変えてみたところ、いきなりおじいちゃまからダメ出しが。
「魔女なんてマナちゃんにふさわしくない!もっと可愛いのにしないと!」
だそうです…。
違うのに変えろ変えろと矢のような催促を受けたため、
ハロウィン目前にして変更を余儀なくされました。
そんな孫ラブなおじいちゃまと私の日課は、夕方のお散歩。
お仕事から帰ってきたおじいちゃまがベビーカーで連れて行ってくれるのです。
5時ごろ、ドアがガチャッといっただけで「ハヒー!」と歓声を上げる私。
両手に靴下を持ってママのところに行き、「アー!(はかせて!)」とお願いします。
おじいちゃまはママも知らないヒミツのお散歩ルートを持っていて、
いったん出かけると小1時間ほど帰りません。
しかも時々、あやしているフリをしながら無断で私を連れ出すため、
「この寒いのに!風邪引いたらどうすんの!」とママに怒られています。(でもやめない)
「いつもお孫さんとお散歩してるおじいちゃん」と近所では有名なおじいちゃま。
家に帰ると、私がほめられたことを真っ先に報告します。
「色が白いね~、かわいいね~って言われたぞ~」とうれしそうです。
なにしろおじいちゃまは、犬を連れている人に会うとまずその犬をほめるのです。
するとたいていの人はお返しに私のことをほめてくれるからです。
私をほめられたいがためにそこまでするとは…。
そんなことをしなくても、私がカワイイことは十分世間も認めているはずです。
「○階の○○さんがマナちゃんをかわいいと言った」と細かくチェックを入れているおじいちゃま。
「かわいいお孫さんですね~!掃除機買って下さい」
「おじいちゃまに似てますね~!羽根布団買って下さい」
などと言われたらついつい買ってしまいそうな勢いです。
「マナちゃんがしゃべれるようになったら、欲しいものはなんでも
おじいちゃまの前で言わせればいいな」とママはほくそ笑んでいます。
私が初めて靴を履いてお散歩に出かけた日の夜、
「あ~、ちょっと大きいねぇ…。ヨイショ…ヨイショ…」と
寝言を言っていたおじいちゃま。
私はそんなおじいちゃまが大好きです。
「ごはん」に新しい名前をつけました
「モノの名前」に興味が出てきた私。
いろんなモノを指さしては名前を教えてもらっています。
「くつした」「ラッパ」「いす」など、モノと名前が一致するものも増えてきました。
勉強熱心な私は、台所で食事の支度をしているママの足元にすわりこみ、
ワゴンの中のモノを全部ひっぱり出して「アー!(なまえおしえて!)」とせがみます。
「ウスターソース」「すきやきのたれ」「めんつゆ」とママが教えてくれるのを真剣に聞いています。
しかし、ママの教えてくれる言葉は、どうも私の言語感覚に合わないものばかり。
「あにゃにゃいにゃ」「ぶおわうわ」「おじゃぎじゃぎゅ」など、
思わず発音してみたくなるようなセンスのいい言葉がありません。
そこで私は考えました。
ならば、自分で名前をつけてしまえばいいのです。
まず手始めに、日常よく使う言葉といえば、やはり「ごはん」。
ママはいつも「マンマ」ではなく「ごはん」と言うのですが、大変言いづらいのです。
特に「ご」という始まり方がよくありません。
Oで始まる音は暗いし、その上濁点までついています。
というわけで、私の名づけた「ごはん」の新名称は、「あばばー」。
軽やかな語感といい、母音一つで構成される発音といい、
シンプルでありながら明るさを感じさせるナイスネーミングではないでしょうか。
ママが離乳食の食器を持ってくると、
「あばばー!あっばっばァー!」とマナ語で喜びを表現する私。
「あばばーじゃないよ、ごはんだよ」とママはいちいち訂正してきますが、余計なお世話です。
私の世界では「ごはん」=「あばばー」。
それでいいのです。
幸せなあばばータイム
アトピーなんかに負けないもん!
生後1ヶ月から湿疹が出始めた私。
それほどひどくはなかったのですが、今ひとつすっきり治らないまま数ヶ月が経過しました。
そして5ヶ月の頃、突然の激悪化。
顔が真っ赤に腫れ、耳の下は切れ、頬の皮がむけて黄色い汁がどんどん出てくるのです。
痒くて掻きこわし、できた傷がまた痒くなる…という悪循環でした。
手袋をはめ、肘を固定する「ひじっこ」という道具をつけていてましたが、
ママの一瞬の隙をついて掻きまくり、顔中血まみれになってしまうこともよくありました。
血液検査をしてもアレルゲンは特定できず、
ママは食物日誌をつけることを勧められました。
その前からほぼ除去していた卵と牛乳は、二次食品まで完全除去。
さらに、同じ食材は続けて使わない、抗原度の高いものは食べない、
甘いもの・油ものはとらない、などなど…。
それでも、私の湿疹はひどくなる一方。
試しに小麦をやめても、大豆をやめても、低アレルギー米にしても変わりません。
ママは食べることが怖くなってしまい、大根とさつまいもしか食べなかったりしました。
アレルギー用ミルクは体質に合わず、炎症を抑えるステロイドは
一度塗っただけでまぶたが腫れあがってしまいました。
ママは一日中私につきっきりでした。
育児日記には、その日食べたものと湿疹の様子ばかりが書かれていました。
写真もほとんど撮りませんでした。
「顔が赤くてかわいそう」
「そんな食事で母乳の栄養足りてるの?」
まわりの人たちからよくそんなことを言われました。
掻こうとする私の手を押さえながら、ママはときどき泣いていました。
空気清浄機、塩素除去、防ダニ布団、拭き掃除、有機野菜、さまざまな保湿剤。
できることは何でも試して、それでもよくならない湿疹。
軟膏にもすぐかぶれてしまい、ワセリンを高度に精製したものでさえ
赤くなってしまうほどの敏感肌でした。
春頃に予定していた再手術も、お腹に湿疹があるので感染症の危険があるということで
延期になってしまいました。
病院以外のどこにも出かけられず、永遠とも思える数ヶ月が過ぎていきました。
8ヶ月に入った頃でしょうか。
「最近お顔きれいになってきたね」と言われることが多くなりました。
良くなったり、悪くなったりの繰り返しですが、良くなっている期間がだんだん長くなってきました。
少しずつですが、胃腸や皮膚が丈夫になってきたようなのです。
ママの食事制限はまだ続いていましたが、回転食も軌道に乗り、
少しずついろんな食材を試せるようになっていました。
代替品を使って、かなり普通に近い食事が作れるようにもなりました。
私の離乳食は野菜スープからのスタートでした。
一さじずつ、慎重に進めていきました。
9ヶ月になり、湿疹はまだあるものの、以前のようなひどい痒みはなくなりました。
再手術も無事終わり、特にアレルギー反応を起こすこともなく退院できました。
今ではあまり湿疹が出ることはなくなりましたが、アレルギー体質であることに変わりはありません。
卵にちょっとでも触れると赤くなってしまうし、
原因不明の蕁麻疹がバーッと出ることもあります。
パパもママもアトピーではないのに、私はアトピー。
原因はわかりません。
これからどうなるのかもわかりません。
アレルギーは「治る」ということのない病気です。
できることといえば、衣食住に気をつけ、体質改善に努めることだけ。
でも、これが持って生まれた体質ならば、一生つき合っていくしかないのです。
離乳食もまだまだゆっくりですが、私なりにちゃんと成長しています。
ちょっとくらい湿疹があったって、私の可愛さに変わりはありません。
まだまだ心配なことはありますが、いつも楽しく元気に生きていきたいと思っています。
「ひじっこ」と一緒にがんばりました
ポリオなんてへっちゃらよ!
ママの体調もよくなったので、ポリオの予防接種に行ってきました。
接種会場には赤ちゃんたちがいっぱいです。
いつもなら「アー!アー!」と元気にご挨拶する私ですが、
初めての場所だったのでちょっと緊張ぎみ。
ママに抱っこされて神妙にしていました。
待っている間、4歳くらいの男の子が私の前に来ました。
ちょこっと何か話しかけてはあっちに行き、また戻ってくる…というのを繰り返す彼。
カワイイ私に一目ボレでしょうか。
私がその男の子をじっと目で追っていると、
「マナちゃん、あのお兄ちゃんが気になるの?恋?恋?」と興味津々のママ。
しかし、私が「アー!」と指さしたのは、男の子ではなく
男の子の持っている電車のおもちゃでした。
なんだ~、とママはちょっとガッカリしたようでしたが、
私はまだ特定の人とおつき合いするつもりはないのです。
しばらく待ち、やっと順番が回ってきました。
まずは先生の診察です。
ママに抱っこされて椅子に座り、先生が聴診器を手にした瞬間、私は大泣き。
お腹と背中をモシモシされている間も、のどを見てもらっている間も、
この世の終わりかというほどギャンギャン泣き続けました。
もちろん、接種のときも同じです。
「痛くないよ~、飲むだけよ~」と保健婦さんに言われても一切泣きやみません。
お薬をピュッと口に入れられたのですが、ずっと泣いていて口を閉じないので
横からダラダラ漏れてしまい、もう一度入れられました。
こうして、会場中に響き渡る声でただ一人泣き続けた私。
「他の子だ~れも泣いてないよ。泣いてるのマナちゃんだけよ。泣いたらおかしいな~」と
ママは言いましたが、私の気持ちなんて誰もわかってくれないのです。
大学病院に行くたびに白い服を着た先生たちにあちこち触られ、痛い注射をされ、
しかもその注射の針がうまく刺さらなくて何十回も刺される私の気持ちなんて…。
病院やお医者さん全般が大嫌いになってしまうのも仕方のないことではないでしょうか。
ともかく接種はなんとか終了し、あとは30分ほど様子を見るだけとなりました。
私はママに手を引かれて保健所の外を散歩し、キレイなお花を眺めたり、
落ち葉を拾ったりして楽しみました。
もうその頃にはいつものペースを取り戻し、元気いっぱいです。
あとから来た赤ちゃんたちに、
「アー!(あら、アナタいまから?わたしもうおわったわよ。ぜんぜんこわくなかったわ)」と
教えてあげたりしました。
帰り道も「あわわ~おじゃじゃ~うでぃでぃ~」とゴキゲンで歌っていた私。
ま、終わりよければすべてよしです。
ちょっと疲れちゃった
社宅暮らしは大変?
ママがこんな話をどこからか聞きつけてきました。
赤ちゃんのときから大学病院に通っていた子が、自分を救ってくれたようなお医者さんになりたいと
がんばって勉強し、その大学の医学部に入った…というのです。
いたく感激したらしいママは、「マナちゃんは将来女医さんだね!」と妄想をふくらませています。
「あの大学に入るとすると、高校はここで、中学はここで…」とネットで賃貸情報を調べ始める始末。
「子供の可能性をのびのび育てるのが教育。絶対に無理強いはしない」と
えらそうに語っていたのはどうなったのですか。
実は今、ママの実家に居候している私たち。
といっても本当のおうちから徒歩10分なので、パパも毎日来ます。
手術や病院通いのため、というのが当初の目的だったのですが、
手術も無事済んだ今、とくに理由がないにもかかわらずズルズルと居候生活を続けています。
おじいちゃまやおばあちゃまにかわいがられて私は幸せなのですが、
さすがにいつまでもこのままではよくないと思ったのか、
ママは真剣にお引っ越しを考えているようです。
そんなママの希望にぴったりな物件が見つかりました。
希望の幼稚園、小学校に徒歩2分。中学校へは徒歩5分、高校も徒歩圏内。
しかも家賃は駐車場込みで1万5000円という、夢のような物件です。
そう、それは築30年の社宅なのです。
小さい頃から社宅暮らしには慣れているママ。
お引っ越しも多く、生まれてから今までに20回近く引っ越しています。
築50年、天井からススが落ちてくるような古い社宅に住んでいたこともあり、
ボロくても古くても平気なのですが、ひとつだけ問題が。
ママはパパと同じ会社で働いていたため、社宅には知り合いがたくさんいるらしいのです。
現在のママは、近所づきあいがないのをいいことに、気を抜き放題。
常にすっぴんの上、「コンタクトは目が乾く」と言ってぶあついビン底メガネを利用しています。
それも私が引きちぎって壊したものを、買い換えるのが面倒だからと
セロテープでグルグル巻いて使い続けているのです。
そんな格好のままホイホイ宅急便等を受け取っているママですが、
さすがに社宅の草むしりに出る勇気はない様子。
「これじゃちょっとマズイよね。誰?って聞かれるよね~」とパパに言ってみたところ、
パパは一言「うん」と…。
最近、事あるごとに「社宅…。うーん、悩ましい…」と呟いているママ。
悩んでいる間に、とりあえずメガネを買いに行ったらどうでしょうか。
1日3回の衣装替えを欠かさず、鏡をのぞいたりブラッシングしたりと
オシャレに余念のない私を少しは見習ってほしいものです。
窓ガラスに映る私もカワイイわ
携帯電話に憧れて
精密機器が大好きな私。
マウスをカチカチしたり電卓を押したりするのも好きですが、
なんと言ってもいちばんのお気に入りは携帯電話です。
パカッと開くと私の写真が出てきて、いっぱい並んだボタンが光ります。
いつもママがボタンを押したりモシモシしたりしているのを、羨望のまなざしで見つめています。
「マナちゃんのお電話こっちだよ~」とママはおもちゃの携帯電話をくれましたが、
そんな子供だましでごまかそうなんて、私も安く見られたものです。
本物志向の私はママと同じものがほしいのです。
普段はさわったらダメと言われている携帯電話ですが、特別にさわらせてもらえる時があります。
それはウンチのオムツを替えるときです。
オムツ替えのときにママがモタモタしていると行動派の私は我慢できず、
お尻にウンチをくっつけたまま脱走してしまいます。
そこでママは私を寝かせておくための秘密兵器として携帯電話を利用しているのです。
しかし、さわっちゃダメと言いながら都合のいいときだけさわらせるのでは
示しがつかないのではないでしょうか。
おかげで私はすっかり携帯電話の魅力のとりこになってしまいました。
いつも虎視眈々とさわる機会をうかがっています。
ある日、私はママが寝ている間にこっそり携帯電話を取ってパカッと開け、
ママがしているようにボタンをたくさん押しました。
目が覚めたママは、画面一杯に#999#810149…と
数字が延々出ているのを見てビックリしていました。
それからというもの、ママの携帯電話はボタンを押しても何も反応しなくなってしまいました。
どうやらママが何か小細工をしたらしいのです。
それでも、私の携帯電話に対する情熱は冷めることがありません。
ママがうっかり小細工を忘れたとき、大仕事を成し遂げました。
なんと、生まれた大学病院の産科病棟に電話をかけたのです。
発信履歴を見たママは目をみはっていました。
「マナちゃん、病院にイタズラ電話しちゃダメでしょ!」と怒られましたが、
決してイタズラ電話ではありません。
純粋な好奇心の発露なのです。
むしろ、デタラメな数字でなくメモリボタンと発信ボタンを押せるようになった成長ぶりに
感心すべきではないでしょうか。
しかし、「フーッ、フーッ」という鼻息ばかりを聞いていたであろう病院の看護婦さんたちが
どう思ったかは気になるところです。
私が元気であることを伝えられればよかったのですが…。
変な小細工しやがって
おっぱい星人に気をつけろ!
ゆうべ、急に熱を出して寝込んでしまったママ。
授乳のためにシャツをペロンとめくったまま寝ていたせいでしょうか。
熱に浮かされながら、「ポリオが…ポリオが…」とうわごとを言っていました。
実は今週、半期に一度しかないポリオの予防接種があるのです。
春も体調不良で受けられなかったので、今度受けないとまた来春になってしまいます。
「早く治さなきゃ」とママは少々あせり気味のようです。
ママがダウンしてしまったので、昨日はパパが離乳食を作ってくれました。
といっても冷凍してある野菜やお肉をチンするだけなのですが、
普段ほとんど家にいないパパにとっては大仕事です。
「コレどうするの?アレどこにあるの?」といちいち聞きに行っては、
「もーそんなこともわかんないの!」と気が立っているママに叱られていました。
でも、私はパパに面倒を見てもらってゴキゲン。
すっかり気分がハイになり、「うふー!うふー!」と笑いながらトコトコトコトコ部屋中を歩き回って
みんなを驚かせました。
今日はママも熱が下がり、だいぶ元気が出てきたようです。
しかし、パパに甘やかされたせいか、すっかりワガママになってしまった私。
食事中も「アー!」とおもちゃを指さし、取ってくれないとワーワー泣きます。(涙は出ません)
「あんなにおりこうだったのに、どうしちゃったの?」とママは困っていますが、
環境が人を作るのです。
ところで、先日おっぱいについて書いたところ、アクセスがどっと増えてビックリしました。
よく考えればすごいタイトルでした。
このページを開いてガッカリした大きいお兄さんたちも多かったことでしょう。
しかしおっぱい一つでこんなに反響があるとは、いったい日本はどうなっているのでしょうか。
やはり自分の身は自分で守らねば、と気を引きしめた次第です。
嘆かわしい…
おっぱいなしじゃ生きられない!
私の大好きなもの、それはおっぱい。
ママがふざけてぬいぐるみのくまのトントンちゃんにおっぱいをあげようとすると、
すごい勢いで突進していってトントンちゃんをひっぺがし、おっぱいを奪います。
以前のように3時間ごとに飲むということはなくなりましたが、
目覚めのおっぱい、食後のおっぱい、寝る前のおっぱいは欠かせません。
とくに寝る前のおっぱいは必需品。
ママが絵本を読んでくれても、子守歌を歌ってくれても、
最後は絶対におっぱいでないと寝ません。
ママのおっぱいを飲みながら眠りに落ちていくのが最高に幸せです。
それなのにママは最近、私がウトウトし始めると、そ~っとおっぱいを離そうとするのです。
私はもちろん泣いて抗議し、「フガー!」とむしゃぶりつきます。
しばらくしてまたウトウトし始め、含んでいるだけという状態になると、そ~っと離そうとするママ。
それを敏感に察知し、「ヒィィィィィ!!」と世にも哀れな泣き声を出す私。
しかたなくおっぱいをくれるママ。
でも私がウトウトし始めると・・・(以後永遠に繰り返し)
毎晩この状態が続いています。
実は、ウトウトし始めると、ついついおっぱいを噛んでしまうのです。
ママはとても痛いらしく、噛まれる前に離そうとします。
「痛いから噛まないで!」と言うのですが、無意識の私にそんなことを言われても困ります。
ヒドイことに、うっかりおっぱいを噛んでしまうと、ママは私のカワイイお鼻をつまんでくるのです。
「噛まれたときは鼻をつまむと口を開ける」とどこかで聞いてきたらしいのですが、
寝かかっている子供の鼻をつまむなんて、ちょっとした虐待ではないでしょうか。
おっぱいがトラウマになったらどうしてくれるのですか。
ランシノーという羊の油を塗り、痛みに耐えてがんばっているママですが、
まだ断乳するつもりはないようです。
「マナちゃんの気の済むまで飲ませる」と言っています。
そういうのを「卒乳」というそうです。
私のアレルギーで食事を制限しているママ。
「卒乳したらケンタッキーとモスとほか弁とドミノピザを食べて、
通販のチョコレートケーキの会とモンブランの会とチーズケーキの会を全部申し込んで、
毎日ジャンクフードとお菓子で過ごす」と夢を語っています。
しかし、私のおっぱいへの深い愛はそうそうなくなりそうにありません。
ママのささやかな夢が実現する日はまだまだ先になりそうです。
トントンちゃんにもゆずれない









