・・・「インド更紗」のことを書きましたが、日本の素晴らしい刺繍文様のことも紹介しておきたいと思います。
《アイヌ新法》
https://www8.cao.go.jp/ainu/index.html
以前は北海道ウタリ協会(現北海道アイヌ協会)が1984年に創案し制定をめざして政府に働きかけた法案のことをさしていた。当時は、名称からして差別的でアイヌに同化を強制した1899年制定の★「北海道旧土人保護法」が存続していた。この法案は旧土人保護法を廃止し、民族自立化基金や国会での民族議席枠確保など旧土人保護法では認められていなかった民族の権利を含んだものだった。その後1997年に旧土人保護法は廃止されたものの、代わって制定された★「アイヌ文化振興法」は狭義のアイヌ文化振興に特化しただけの内容で、民族の権利を求める人たちからの批判の対象となっていた。「文化振興法」制定以降、新たな動きが見られたのは、2007年に国連で★「先住民族の権利宣言」が採択されてからである。翌08年には日本の国会でも「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が採択され、それを受けて政府は「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」を設置した。この懇談会は09年に報告書を提出、それを受けて同年内閣府は「アイヌ政策推進会議」を発足させ、新たなアイヌ政策展開について検討してきた。その結果として出てきたのが、19年通常国会に提出された★「アイヌ新法」案である。「アイヌ新法」案に先立ち、政府は★「民族共生象徴空間」を北海道白老町に開設することを決定、現在20年4月のオープンをめざして準備が進められてきた。「民族共生象徴空間」には「国立アイヌ民族博物館」「国立民族共生公園」「慰霊施設」が建設され、(1)展示・調査研究機能、(2)文化伝承・人材育成機能、(3)体験交流機能、(4)情報発信機能、(5)公園機能、(6)精神文化尊重機能を果たすことが目されている。
※「北海道アイヌ協会」
https://www.ainu-assn.or.jp/index.html
《NEWS》2019.4.19朝日新聞より
アイヌ新法が成立「先住民族」と初めて明記
アイヌ民族を「先住民族」と初めて明記したアイヌ新法が19日、参院本会議で採決され、賛成多数で成立した。アイヌ文化振興法に代わるもので、差別の禁止を定め、観光や産業の振興を支援する新たな交付金制度の創設などが盛り込まれている。新法は、アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現を目的に掲げ、伝統的な漁法への規制の緩和なども盛り込んだ。先住民族への配慮を求める国際的な要請の高まりも背景にある。石井啓一国土交通相は19日の閣議後会見で「アイヌの人々が民族としての名誉と尊厳を保持し、これを次世代に継承していくことは多様な価値観が共生し、活力ある共生社会を実現するために重要だ」と述べ、新法の意義を強調した。18日の参院国土交通委員会では「近代化の過程で多くのアイヌの人々が苦難を受けたという歴史的事実を厳粛に受け止める」ことなどを盛り込んだ付帯決議が、全会一致で採択された。
★2019年7月15日(月・祝)総合よる7時30分(83分)
北海道150年記念ドラマ「永遠のニシ(小さいシ)パ~北海道と名付けた男/松浦武四郎」https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009051084_00000
明治2(1869)年に「北海道」と命名されてから150年となる。かつては蝦夷(えぞ)地と呼ばれていた北の大地を「北海道」と命名したのが松浦武四郎。武四郎は三重県松阪市の出身で、生涯6回にわたり蝦夷地を探査し、蝦夷地の山や川、そして一万に近い膨大なアイヌ語の地名を記した詳細な地図を刊行した。明治維新に際しては、新政府による北海道の11国86郡の設定にも関わり、この区分けは、現在の北海道の行政区画のもとになっている。ほかに、アイヌの人々の暮らしや文化を紹介するために多くの記録を残した、この知られざる偉人のドラマを、北海道150年記念ドラマとして制作。
https://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/20000/304436.html
武四郎を演じる嵐の松本潤さん(34)と、アイヌ民族の女性リセ役の深田恭子さん(35)が、ロケ中の北海道平取町二風谷で会見し、「人間味と力強さにあふれた武四郎の生き方や、アイヌ文化の素晴らしさを全国に伝えられれば」と意気込みを語った。ドラマは、武四郎が20代から6回にわたって探検・調査した蝦夷地で出会ったアイヌの人々との交流を中心に描かれる。脚本は大石静さんの書き下ろし。武四郎は自然と共に生きるアイヌの文化に共感する一方、松前藩の迫害による過酷な実態を知る。タイトルの「ニシ(小さいシ)パ」とはアイヌ語で男性の尊称だが、ドラマでは「大切な人」という意味だと説明される。
・・・めったにテレビを見ないのですが、これだけは鑑賞させていただきました。
《NEWS》2020.4.7朝日新聞より
ウポポイ開業延期、5月29日に/アイヌ文化の国立施設
北海道白老町に4月24日開業予定だったアイヌ文化復興・発展のための国立施設「民族共生象徴空間(ウポポイ)」について、国土交通省は7日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて約1カ月延期し、5月29日のオープンをめざす、と発表した。記念式典は同23日に開催するという。
記念式典は4月18日に予定されていた。国交省によると、新型コロナウイルスの流行状況によっては再度の日程変更もありえるという。愛称「ウポポイ」は、アイヌ語で「(おおぜいで)歌うこと」を意味します。
《NEWS》2020.4.18
「パヨカカムイ」、近づかないで/アイヌ民族が祈りの儀式
コロナ拡大を受け、北海道弟子屈町のアイヌ民族の有志らが18日、病気の神が人間に近づかないよう祈りの儀式を行った。民族衣装をまとった男女約40人が、病気の神「パヨカカムイ」に向けて思い思いの踊りを披露。音楽に合わせ、魔よけの効果があるとされるクマザサで宙を突いたり、両手で持ったアイヌ文様の布を上下左右に振ったりした。「弟子屈町屈斜路古丹アイヌ文化保存会」の豊岡征則会長によると、アイヌ民族の共生の精神に基づき、儀式は病気の神を退治することを目的にしなかった。「儀式で『何とか鎮まりください。お互いに生きていきましょう』とお祈りした」と話した。
★アイヌ文様は魔除けの呪術だった?/「和楽」より
https://intojapanwaraku.com/culture/2277/
アイヌ民族は、アイヌモシリ(北海道・樺太・千島列島など)と呼ばれる北の大地に一万年以上に渡って暮らし、独特の文化を築いてきた先住民族です。アイヌ文化と聞いて、まず「アイヌ文様」を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。懐かしいようでもあり、新鮮な気もする、特別な魅力を持ったアイヌ文様。その起源や意味について、詳しいことはまだ研究途上にありますが、文様には魔除けの呪力があると信じられていたことはわかっています。アイヌの子供たちは幼い頃から文様を描く練習をし、大きくなると男性は彫刻、女性は刺繍の技術を磨いて生活のあらゆるものにアイヌの伝統文様を施しました。女性が担ったアイヌ刺繍は、アミップ(衣服)、マタンプシ(額飾帯)、テクンペ(手甲)、コンチ(頭巾)、ホシ(脚絆)など衣類や装身具に施されることが多かったようです。伝統的に、アイヌの衣装は動物の毛皮を利用した獣皮や、魚の皮をつなぎ合わせた魚皮、鳥の羽毛を用いた鳥皮、そして植物を利用した靭皮で織られていました。しかし江戸時代後半、民衆の間にも木綿が普及するようになると、アイヌ民族の間でも木綿で着物が作られるようになります。
木綿布はアイヌ語でセンカキ。獣や魚の皮に比べて加工しやすい木綿布に出会うことで、刺繍技術の可能性はぐんと広がることになります。
●アイヌ伝統の「木綿衣」に見られる三種類の刺繍
(1)ルウンペ/「ル」はアイヌ語で「道」。帯状にした布を折ったり曲げたりして、道を作るように文様を描いていきます。木綿に限らず絹やメリンスなどの布を張り合わせ、刺繍もふんだんに施されてとても華やか。手が込んでいて豪華なルウンペは、儀式などで主に晴着として着用されました。
(2)カパラミプ/帯状にした布ではなく、大判の白い布を文様の形に切り抜き、木綿布に張り付けます。布が豊富に手に入るようになった明治時代頃から作られるようになったといいます。こちらも晴着。
(3)チヂリ/布を張り合わさず、木綿布に直接刺繍を施したもの。
左右対称のアイヌ文様は、布を半分に折り、糸で目印をつけることで作られていきます。これは定規やコンパスがない時代、木の内皮の繊維で作られるアイヌの伝統衣装・靭皮衣(じんぴい)で培われた技術です。この技術は材料が木綿に変わっても継承され、現代でも基本原則となっています。刺繍の技術は、伝統的には母から娘へと受け継がれていく女性の仕事だったといいます。アイヌの男性は年頃になると、自ら文様を刻んだマキリ(小刀)を持って女性にプロポーズします。そして女性は、自ら刺繍を施したテクンペ(手甲)を愛しい男性に贈るのです。冬の間、女性は家族や恋人に危険が及ばないよう、一針一針に祈りを込めて手を進めました。刺繍に要する集中力は並大抵のものではなく、一日何時間もできるものではない、と宇佐さんは言います。アイヌ文様の「呪力」とは、魂宿る一針にこそあるのかもしれません。
刺繍に見られる美しい模様はモレウ(渦巻紋)アイウシ(棘紋)シク(目紋)などの基本モチーフを組み合わせて構成されます。それぞれの文様が具体的に何を表すのかについては議論が残りますが、一般的には自然事象の抽象化だとされています。★水の波紋や、炎、風のうねりなどです。アイヌ文化では、森羅万象にカムイ(神)が宿るとされています。大自然の営みの中に自らを組み込むようにして生きてきたアイヌ民族は、自然事象の変化や、自然が持つ人智を超えた力に非常に敏感でした。文字を持たなかったアイヌ民族は、口承文学や、歌、踊り、刺繍や彫刻などの手仕事によってカムイとアイヌ(アイヌ語で「人」の意味)の世界の関わりを表現してきたのです。
・・・このような文様も作品に生かしたいものです。