・・・「平野の町づくりを考える会」事務局が全興寺にあります。
《平野・町ぐるみ博物館》
http://www。omoroide。com/index_em。html
★事務局:真言宗全興寺住職「川口良仁」(1947~)
1980年より市民主体の活動を続ける市民グループ「平野の町づくりを考える会」は、地区内に始発駅を置いていた南海電鉄平野線が、阪神高速道路と市営地下鉄の延長にともなって廃線となった際、平野駅舎の保存を求めて行なわれた住民運動を契機に発足しました。駅舎保存は実現しませんでしたが、当時形成された人々の連帯は、その後20年余にわたるまちづくり運動の継続として実を結びました。交通環境の整備が当該地区と大阪都心部との距離を短縮し、ベッドタウン化を加速させたことを考えれば、都市化傾向の端緒と時を同じくして「考える会」の発足があったことは象徴的であったと言えるでしょう。私たちが活動を始めた当時、市民が意見を発信したり活動を広報する場は非常に限られていました。世界規模で個々人がつながりあうインターネットという場を通して、「独立した個々人の緩やかなネットワーク」「現場に即応した柔軟な活動」という私たちの組織と運動の形態に相応しいメディアの在り方を模索するために実験的に立ち上げたのが、「おもろいで平野」です。
「考える会」にはその組織と活動理念に関してユニークな特徴があります。組織については、★「会長なし・会則なし・会費なし」の三原則を掲げ、様々な背景を有する人々が個人の資格で緩やかに連帯する、というネットワーク型の形態を維持している点に特徴があります。また活動理念については、「おもしろいことをいい加減にやる」をモットーに、自分たちが本当に興味を持って取り組めるテーマを厳選し、ひとりひとりが持続可能なエネルギー配分で取り組めるようお互いが心掛ける、という点に特徴があります。行政とも常に一定の距離を保ち、住民主体のまちづくりにこだわり続ける「考える会」の姿勢には、まちづくりに対する明確な目的意識があります。時間はかかるかもしれないが、ひとりひとりが本当に自分の気持ちからまちづくりに参加し続けられるような下地を育んでゆこう、というのがこの会の活動の核心的な部分です。いわゆる経済効果をねらった「まちおこし」とはある意味で対極な位置にあると言えます。しかしながら、この会の中で育まれた地域を核とした人間のつながりは、しばしば「まちおこし」的な活動を成功させ、結果的に地域活性化を果たすことになっている点は、外から見ても中から見ても痛快そのものです。
・・・私のルーツがジオラマとなって、保存されています。うれしい。
・・・さらに全興寺には、彫刻家・冨長敦也さんの作品がそこかしこに設置され、アートとの連携が実現されていることに脱帽です。
・・・この画像の我が家(実家)は、改築前の建物です。