久しぶりの神戸(1) | すくらんぶるアートヴィレッジ

すくらんぶるアートヴィレッジ

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

・・・報告が遅くなりました。



《ファミリアホール見学会》記者資料提供(平成28年6月23日)

http://www.city.kobe.lg.jp/information/press/2016/06/20160623162301.html

ファミリアホールは、すでに報道等もされていますが、既存建物を一旦解体したのち、外壁を保存・復元したマンションが計画されています。既存建物については、7月中旬から保存・復元に向けての解体作業が予定されており、現在の形で内部を見学する最後の機会となります。同建物は神戸市都市景観条例の景観形成重要建築物等に指定していることから、市より、建物所有者に見学会を申し入れておりました。この度、所有者のご協力により、急遽、開催の運びとなりましたのでお知らせいたします。

日時:平成28年7月1日(金)10時~15時(入場は14時まで)

所在地:神戸市中央区相生町1-1-21


ふあみ1  


NEWS》2016.7.1神戸新聞NEXTより

ファミリアホール最後の別れ、見学会に1500人

明治時代に建てられた近代洋風建築で、今月中旬から解体が予定されるファミリアホール(神戸市中央区相生町1)で1日、最後の見学会が開かれた。街のシンボル的存在との別れとあって、約1500人が詰めかけて名残惜しそうにカメラのレンズを向けていた。1900(明治33)年建築の石造り3階建て、ルネサンス様式の意匠で、神戸市の指定景観形成重要建築物。東京・丸の内のオフィス街の礎を築いた建築家★曾禰達蔵(故人)が設計した。神戸空襲をくぐり抜けて73年まで★旧三菱銀行神戸支店として使用され、77年に取得した★ファミリアが展示会などで開放していた。延べ床面積約2400平方メートルのホールの内装には、大理石や御影石が用いられ、銀行だったころに使われたカウンターや、ステンレス製の重厚な大金庫が今も残る。子どものころ、会社を経営する母親とよく訪れていたという神戸市兵庫区の主婦(56)は「すごく広くて、賢そうな人たちが働いていた。思い出が一気によみがえります」と話していた。建物は老朽化していたこともあり、同社が大手不動産会社に売却。解体後はタワーマンションの建設が計画されている。特徴ある外壁の石積みは組み直して復元する予定で、内装の一部保存も検討しているという。


ふあみ2


《曾禰達蔵》(1853~1937)

同郷の辰野金吾とともにジョサイア・コンドルに学んだ日本人建築家の第1期生。丸の内の三菱オフィス街の基礎を築き、のち後輩の中條精一郎(1868~1936)とともに設計事務所を開設。 曽禰中條建築事務所は都市を飾る数多くのオフィスビルを送り出した。1852年(嘉永5)唐津藩士(祐筆)曽禰寸斉の子として江戸に生まれる 1879年(明治12)工部大学校造家学科(のちの東京大学建築学科)卒業、工部省入り 1890年(明治23)恩師コンドルの紹介で三菱社に入社し、三菱三号館~七号館に携わる。 1906年(明治39)三菱を定年退社、建築事務所を開設。三井住友銀行大阪中央支店(旧三井銀行大阪支店1936)も曽禰中條建築事務所の設計です。


ふあみ3


《ファミリア》

651-0086神戸市中央区磯上通4-3-10/078-291-4567

https://www.familiar.co.jp/index.html

創業者の一人「坂野惇子」が連続テレビ小説のヒロインモデルになります。

《参考》連続テレビ小説第95作「べっぴんさん」

http://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/1000/235474.html

戦後の焼け跡の中、娘のため、女性のために、子供服作りにまい進し、日本中を元気にかけぬけていくヒロインとその家族、そして、彼女の仲間たちが夢へと向かう物語です。


ふあみ4


【物語】すみれ。それがこの物語のヒロインの名前です。昭和のはじめ。神戸の山の手で生まれたすみれは、早くに亡くなった母から教えられた刺繍や手芸が大好きな女の子でした。会社を経営していた父、活発な姉のもとで何不自由なく育ち、18歳でお見合い結婚、ほどなく娘を授かります。順風満帆に思われた人生でしたが、戦争ですべてが変わります。夫は出征し、家は焼け、戦争が終わると財産は没収。おっとりとしたすみれはどうしていいかわかりません。そんなとき、幼い娘のために手作りした服を見た人から「それを売ったらいいんじゃないか」と言われたことをきっかけに、すみれは生きていくために子供服作りを始めます。そんなすみれの周りには、様々な事情を抱えた女性たちが集まってきます。働いたことなどない女同士で「ああでもない、こうでもない」と言い合いながら、気づけば会社まで起業、子供服作りにのめり込んでいきます。戦地から復員した夫は、当初、妻たちが働くことに猛反対。すみれの夫・紀夫は戦前の「男が働き、女は家の中」という考えが捨てきれず、また、儲けをあげることより「子供のため、ママのためによりよいモノを作りたい」という彼女たちの仕事のやり方も理解できません。しかし、やがて彼女たちの意気込みに触れ、子供服作りに一途な彼女を陰ながら支える生き方を選び、「最強のパートナー」となっていきます。「婦唱夫随」のすみれと紀夫は、仲間たちとともに「こだわりのモノづくり」を貫き、やがて宮内庁御用達と認められるまでになっていきます。そして後年、すみれは、大人になった娘たちとともに、念願だった「子供のモノなら何でもそろう」日本初の総合子供用品店をオープンさせることになります。※実在の人物をモデルとしますが、激動の時代を生きた女性たちの人生の物語として大胆に再構成し、登場人物や団体は改称し、フィクションとしてお届けします。


ふあみ5


NEWS》2016.1.14神戸新聞NEXT9l

神戸の子ども服メーカー「ファミリア」を創業した坂野惇子さんをモデルに、10月から始まるNHK朝の連続テレビ小説「べっぴんさん」。制作が発表された13日、舞台となる神戸からは早くも朝ドラ効果に期待する声が上がった。「いつか、ばあちゃんを主人公にしたドラマを作ってほしかった」。坂野さんの孫で現ファミリア社長の岡崎忠彦さん(46)は喜びを語った。「おばあちゃんっ子」だった岡崎さんは子どものころ、坂野さんの家に泊まると、必ず翌日に着る服を“プレゼン”させられた。「ズボンの色が合ってないよ」。服の組み合わせを考えることを繰り返した。「センスの良しあしは祖母に教えてもらった」と懐かしむ。1950年、坂野さんは仲間とファミリアを創業した。洗濯しても縮まないよう、木綿の生地は水に長時間つけて干したうえで、アイロンがけして裁断。手間を惜しまず、ほとんど手作りで子ども服を作り続けた。ドラマも坂野さんの真摯なものづくりにスポットを当てる。NHKによると、江戸時代に「特別によい品物」の意味で使われた「別品」からタイトルをつけた。女性経営者にとっては「あこがれ」の存在だった坂野さん。洋菓子メーカー神戸凮月堂(神戸市中央区)の下村俊子会長(79)は「戦後の神戸にすてきなお店を開き、仲間と一緒に良質な服を作ってこられた」と放映を心待ちにする。放映中の「あさが来た」など朝ドラは近年、話題作が多いだけに地元の期待は膨らむ。元町商店街にあるファミリア神戸元町本店に買い物に来た同市兵庫区の自営業の男性さん(33)は「神戸の子ども服と言えばファミリア。ドラマを通じてオシャレな街・神戸が発信され、街の活気につながれば」。同商店街の呉服店「丸太や」を営む三木久雄さん(66)も「ファミリアは元町商店街が全国に誇る財産の一つ。ぜひドラマを見て商店街に足を運んで」と話した。


・・・またまた、朝ドラが楽しみになりましたね。