・・・オダサクが、後に妻となる宮田一枝と共に来遊し、一泊を共にした「松虫花壇」の碑が「キリタン」にあるというので、★「あべの歴史マップ」をもとに散策しながら行くことにしました。
★「あべの歴史マップ」
http://www.city.osaka.lg.jp/abeno/page/0000001570.html
大阪市立工芸高校と連携し作成しました。デザインは★大阪市立工芸高校ビジュアルデザイン科・平岡風花さんです。
・・・まずは、めったに降りることのない地下鉄谷町線[阿倍野駅]で下車。地下鉄トイレ・アート、南北2ヶ所でゲットしました。さらに地上へ出たトタン「茶々」に遭遇、今日はいいことありそうです。
【天彩画塾跡】大阪市阿倍野区松崎町3-7松崎公園内
1890年(明治23)岡山県出身の洋画家松原三五郎(1864~1946)によって開設された私塾・天彩学舎は、大阪で最も古い洋画塾であり、大阪の洋画教育の草分けとなりました。1904年(明治37)には天彩画塾と改称、天王寺区常盤通に移転し、1925年(大正14)に閉鎖するまで、寺内萬治郎、池田遙邨、靉光をはじめ1200人を超える弟子が学びました。
【阿倍寺跡推定地の碑】大阪市阿倍野区松崎町3-6
当地を領有していた阿倍氏の氏寺と考えられ、一族には藤原鎌足らと大化の改新を推進した左大臣阿倍倉梯磨呂がいました。当時の塔心礎から相当規模の堂塔伽藍=堂や塔、伽藍(仏道の修行をするところ)が存在していたと思われます。
・・・「天下茶屋公園」にも行かねばなりませんね。
【大阪市立工芸高等学校】大阪市阿倍野区文の里1-7
1924年(大正13)新しいデザイン教育の中心であったドイツ・ワイマール工芸高校を参考に、大阪市の新進気鋭の技師たちが設計したと言われています。学校建築の最高峰として大阪市の指定有形文化財に登録されています。
・・・画像は、以前「見学会」に参加した時に撮影したものを掲載しました。
・・・この界隈は、「辻調」真っ盛りです。