・・・ミュージアム巡りは、多くの「茶室」に接する機会ともなり、心地よいと感じています。今、気になっているのは茶室の「写し」、調べてみました。
★「写し」は、茶人からしてみれば軽蔑の対象???
http://www.tk-data.com/0099/post-11.html
道具と同様にしばしば茶室も写しが造られることがありますが、それは趣きがなく、茶人からしてみれば軽蔑の対象になります。写した茶室は、新しい茶室です。材料にしても、自然の材料ですから、同じものは、手に入りません。出来た茶室の雰囲気は、全く異なったものになってしまいます。
【写し】先行する手本(本歌)をそっくり模して造る手法であり、茶室建築のみならず日本の芸道の世界で伝統的にしばしば行われているものです。
参考:【本歌取】歌学における和歌の作成技法の1つで、有名な古歌(本歌)の1句もしくは2句を自作に取り入れて作歌を行う方法。主に本歌を背景として用いることで奥行きを与えて表現効果の重層化を図る際に用いた。
同じ言葉が一つや二つあってもそれだけで本歌取りとはいわず、本歌との間に「密接な関係」があって、はじめて本歌取りと認められる。
・・・★「密接な関係」が重要なポイント。さて、実際の「写し」について探してみますと、
・・・いいものだから「影響」を受けます。そして、そこから脱していく。もしくは「影響」と「影響」がコラボする、「化学変化」を起こす、その過程にこそ「アート」があるのではないかと思うのです。
◆「HOUSE VISION」
事務局:日本デザインセンター 原デザイン研究所(担当:西)
104-0061東京都中央区銀座4-9-13銀座4丁目タワー/03-6264-0330
●2013年3月「懐かしい未来の家たち~HOUSE VISION 2013~」
★「数寄の家」住友林業×杉本博司
現代美術家の杉本氏は日本の伝統的な美意識や素材を、中古マンションにも適用できる「数寄の家」として提案。利休★「待庵」を写した旧いトタン屋根の茶室「雨聴天(うちょうてん)」、逆さの竹ボウキを並べた「かえりな垣」など、杉本流のユーモアがたっぷりの茶室。沓脱ぎ石は光学ガラスで出来ています。
・・・「ユーモア」って重要な要素だと思います。
◆「まちづくり展2013」
http://token.or.jp/magazine/e201312.html
東京建設業協会と東京土木施工管理技士会は、2013年9月25日(水)から27日(金)の3日間、新宿駅西口広場イベントコーナーで「まちづくり展2013東京をつくる・まもる・建設業」を開催した。エントランスには東京都立工芸高校インテリア科3年生の実習作品、コンペティション2012で東建会長賞を受賞した国宝「待庵」★レプリカ『4/5「待庵」』を展示。この作品を茶室として、裏千家の茶道家がお茶を点て「おもてなし」をする「お茶室コーナー」も人気を集めた。
【東京都立工芸高校】
113-0033東京都文京区本郷1-3-9/03-3814-8755
http://www.kogei-h.metro.tokyo.jp/news/interior-info/page/2
2013年インテリア科の「卒展」の様子です。
・・・「学ぶ」の原点は「まねる=写し」ですよね。
◆「北渡建設」
041-0835北海道函館市東山2-1-31/0138-56-4069
http://www.kk-hokuto.com/index.html
★平成6年、社屋内に『国宝・待庵』の茶室の写しを建築いたしました。
http://www.kk-hokuto.com/chasitu.htm
※北渡建設の茶室:リフォーム/子供さんが独立した部屋や普段使わなくなった和室を「茶室」にリフォームすると茶の湯のお稽古に、お友達との語らいの場に、また、くつろぎの場として 心安らぐ空間が誕生いたします。
◆「堀尾佳弘建築研究所」
446-0062愛知県安城市明治本町3-7
(アトリエ)愛知県安城市明治本町10-10/0566-74-1000
http://www.wa-design.jp/index.html
型やしきたりの中には、現代にも通じる、いや今だからこそ重要なメッセージにあふれています。しかし、伝えられてきた日本の記憶を、そのままカタチにするのでは面白くない。新しい暮らしのスタイルがあるように、そこには今の息使いを込めてみたいのです。
http://www.wa-design.jp/nippon-kenchiku/works10.html
★1982年5月、愛知県安城市の和菓子店「壺中庵」と、その店舗のなかに伝統建築の復元として千利休の茶室「待庵」の写しを行いました。
◆「寿庵」(津田邸内)/110-0001東京都台東区谷中7-18-2
「寿庵」は、明治から戦前にかけて上野公園で盛んに開催された内国博覧会に「待庵」の写しとして出品されたものを、津田家(鋳金家・津田信夫、東京美術学校教授)が譲り受け昭和5年に敷地内に移築されました。
【津田信夫(つだしのぶ)】(1875~1946)
千葉県佐倉市出身。東京美術学校鋳金科を卒業。文部省留学生として渡欧し、新傾向の作品を発表し、鋳金工芸に新風をもたらしました。1927年帝展第8回展で初の工芸部門の設置と発展に尽力し、東京美術学校教授、帝国美術院会員として活動しました。
【津田永寿】(1915~2000)
大正4年生まれ。栃木県出身。定刻芸術会員、津田信夫(大寿)に師事し、津田家の後嗣となる。輸出品工芸展、商工省工芸美術展で受賞したほか、日展北斗賞を受賞。日本新工芸家連盟評議員など務めました。
◆「一一庵」/愛知県津島市宇治町茶ノ里
お茶(松尾流)とお花(未生流)の浜田先生ご夫婦宅。敷地内に、国宝「待庵」の写し「一一庵(ちいちあん)」があります。室床(むろどこ)は天井まで塗り回して広く見せているのが特長です。
【参考】「神守郷土研究史」より
故あって光明峯寺★藤原道家がこの地に住み、故郷宇治を偲んで「宇治」の地名を付け、住む地を「茶の里」と称した。
・・・「松尾流」? 調べるとますます「わからない」が増えます。