信貴山(4)
■かやの木稲荷
樹齢1500年の榧の木です。蘇我一族と物部一族が政治の実権を握るため争っていた大和朝廷の時代に、一粒の榧の実が萌芽して以来、有為転変する世相を鳥瞰してきた御神木です。この御神木を敬い稲荷社を建立しました。
■本堂
大般若祈祷が毎日行なわれている本堂は、文禄年中(1592)豊臣秀吉により再建、または慶長7年(1602)秀頼の再建とする説があり、定かではありません。後に修復を加え、延享3年(1746)に完成しました。舞台造りとなっており、そこからは大和平野が一望でき、素晴らしい眺めとなっています。
■信貴山縁起
平安時代末期の絵巻物で、2006年現在、日本の国宝に指定されている。『源氏物語絵巻』、『鳥獣人物戯画』、『伴大納言絵詞』と並ぶ四大絵巻物の1つと称される。朝護孫子寺が所蔵(原本は奈良国立博物館に寄託されており、霊宝館では複製を展示)。「信貴山縁起絵巻」とも称する。後述のごとく、表題は寺社縁起絵に属するものであるが、内容は高僧絵伝の範疇に入る。
この絵巻の成立は、平安時代後期の12世紀頃とされ、『伴大納言絵詞』や『源氏物語絵巻』と同様に、後白河法皇が関与した、という説もある。また、『伴大納言絵詞』と比べ信貴山縁起絵巻の方が、牧歌的で素朴な初発性と自然らしさがあり、時間の経過や動きの表現において多様で実験的なことから、信貴山縁起絵巻の方が先に成立したという意見もある。内容は概要で述べるごとく、信貴山の中興である命蓮を主人公とした霊験譚である。延喜加持の巻で、醍醐天皇の病気を命蓮の加持祈祷の法力で治したという話が語られるが、ほぼ一致する説話が『古本説話集』や『宇治拾遺物語』、『今昔物語』にも収められている。また、『扶桑略記』にも同様の記事が見える。
通常の寺社縁起のごとく、開山の縁起を記したものではなく、平安時代中期に信貴山で修行して当山の中興の祖とされる命蓮に関する説話を描く。山崎長者の巻、延喜加持の巻、尼公の巻の3巻からなる絵巻で、作者は不明ながら、人物の表情や躍動感を軽妙な筆致で描いた絵巻の一大傑作であり、『鳥獣人物戯画』とともに、日本の漫画文化のルーツとされる。
・・・複写でもいいから「霊宝館」で見てみましょう。
・・・本物は公開されていないそうです。