マネキン造形作家(2)
■加野正浩
1984年、その時代のファッション感覚と新しい女性イメージをもとに作り出したマネキン史に残る名作「REY」シリーズ。「REY」は1985年1月、東京・ラフォーレミュージアム飯倉で開催された「七彩展」でデビュー。現代でも尚、ロングセラーマネキンとして、根強い支持を集めている。「REY」は体型が、やや扁平でいかり肩、背筋を伸ばし、主体的に生きるマニッシュな女性の雰囲気を漂わせています。顔は完璧な造形美を表しつつも、メークを変えることによって多彩に変化する。例えば「真っ赤なルージュ」を施すと、クールなイメージにチャーミングさが加わり、マネキンならではの美の世界が創出される。デビューした年に、当時パルファン・クリスチャン・ディオールのメークアップアーチストであったティエン氏本人が「REY」に施したメーク。さらにはグラフイックデザイナー田中一光氏デザインのハナエ・モリウインドーの「REY」。新宿伊勢丹ファッションストリートでの、ファッションイメージやトレンドに合わせて現場でリアルメークされた一連の展開。ワールド「ビルダジュール」での長期にわたる展開等、数え上げれば枚挙にいとまがない。これらとは対照的に1990年東京で開催された「ISSEY MIYAKE PLEATS PLEASE」展の「REY」は、全身「イヴ・クラインブルー」に塗装することによって、空間構成の「陰」の要素と位置付けられた。このように顔のみならず、ボディシルエットの美しさと着装感の良さが評価されたことにより半抽象化された表現にも、その真価を発揮してきた。
「REY」のように長期にわたって、評価を受け続けるマネキンは、そう頻繁に生まれるものではない。マネキンは、それ自体の造形的完成度もさることながら、その考え方において、いかに時代が作り出す大波に乗っかるかどうかもまた重要なのである。「中性的でチャーミング」なイメージのこのマネキンが、長く生き続けて来られた要因は、二ーズの多様化、時代感覚の変化に対して、人がこのマネキンに投影するイメージを見事に受け止めてきたことにある。これこそものに託された「生命力の強さ」と言えるだろう。欧米のリアルマネキンが、生きた人間を模写し作られることが一般的であるのに対し、古くは京人形づくりの伝統、それをアートと結びつけた島津マネキン以来の創作的伝統が、「かわいい」と言われる親和性を生み、人との関係性を深め持続させる、創造性豊かな「いきもの」としての日本型マネキンを確立したのである。
■人形作家・中島ひでこ
個展の出品作を製作中に中島さんは(株)アップル社で始めてマネキンの原型制作にチャレンジして、とてもユニークな新しいマネキンを完成させました。人形作家にはいろいろなタイプの作家が居ますが、近年彼女が制作発表してきた人形は全身を作っても衣装を着けず、顔を作っても極力彩色を施さず、個展では顔がメインで他に裸の全身像一点とほぼ等身大のこれも裸の半身のボディーが一点、後は顔のみ、全部で10点ほどの作品と作品を写したモノクロの写真とによる展示でした。顔にはいっさい彩色をせず、かつらもつけず、正に、素の顔の造形といった世界です。作品について「記憶の片隅にあるものに、感情を入れて形にしてみた。その形は、人に似ている。入れたはずの感情は、消えてしまい、硬い皮膚のような入れ物は、時を凍らせた中で居る。(以下略)」と語っています。感情を入れて形にしたその形は人に似ているという人とは彼女の場合「顔」と言えるでしょう。人の顔に強い関心を持っており、いつもスケッチブックを持ち歩いて興味のある顔に出会えばスケッチをするとの事です。しかしその人の顔を写そうとしては居ないようです、いろいろな顔(人)に出会う事によって自分の中にあるいろいろな思いや感情が誘発されその思いをその形に込めて自分の内部の形態感覚に従って表現しようとしているのだと思います。彼女にとってメーキャップや髪形は素の形を化かす物であり、あくまでも素の形の造形に強いこだわりを持っているようです。ボディーについてもせっかく作ったボディーに服を着せて隠してしまいたくないと言います。マネキンの顔はメーキャップやヘアーのデザインを想定して作ります。メークやかつらのデザインは顔の表現の中でとても大きな役割を持っています。ボディーは服を着せた時の効果を想定して作ります。マネキンはあくまでも服を着せるためのもの、ファッションを表現するもの、ディスプレーを通して時代を表現するものです。素のマネキンはそれだけの表現力を持っていなければなりません。美しい魅力的なボディーに服を着せれば服は美しく見えるものだと思います。そこには、服に着られるボディーになるか、服を着て表現するボディーになるか、の違いがあります。顔の無いヘッドレスマネキンが多く使われていますが、それらはどれもほぼ同じように見えます、それだけに広く対応出来ますがイメージの訴求力はそれほど強くはありません。 顔がつくことによって年齢やテイストが決まり、ボディー全体が感情を持ち作者の思いを宿す事になります。中島さんの顔やボディーに対する造形観はある部分でマネキンの造形に通じるものを感じます。マネキンの概念にとらわれずもっと自由な発想でマネキンを作ってみよう、という思いと、マネキンを作ってみたかったという彼女の思いがマネキン制作の実現につながりました。自身、メークやかつらに対するこだわりはなかったようですが、彼女の作った顔は専門のメーキャップアーチストのイメージを大いに刺激したようです。結果メーキャッパーとの素敵なコラボレーションの作業になったと思います。人形作家にとってサイズの制約の中での制作は初めての経験だったそうですが、かえって作りやすかったとのことです。服を着るためのボディー制作でいろいろな発見があったとの事で、これからの制作が楽しみです。