まよ子(33) | すくらんぶるアートヴィレッジ

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安子が年末にもどってきた。これから3月まで日本にいるという。外国での生活を通して、もう一度日本を見つめ直す必要を感じてのことであった。年末・年始は、最も日本が日本らしさを取り戻す時期でもある。どうであれ「まよ子」は嬉しかった。染色の試行錯誤が続いている中、少し気分を変えるつもりで、安子の撮影に付き添った。

「すっかり、プロのカメラマンね」


◆すくらんぶるアートヴィレッジ◆(略称:SAV)    若い芸術家たちの作業場・みんなの芸術村-めぐる1



気に入った被写体が見つかると、野性の眼になる安子。近寄りがたい気迫がみなぎっている。話しかけたいけど、それは許されない。


「角度を変える、距離を変える、そして・・・走る」


安子の動作を見守りながら、まるで解説を加えるように心の中でトレースする。


「安子は、常に動いて対象をとらえている。それは、対象に合わせるのではなく、限りなく自分のイメージに近づくために、走りそしてしゃがみ時には身体をくねらせる」


自分はどうだろうか、ただ作業机の前であれこれ考えているだけ、だから試行錯誤ばっかり繰り返しているのだと「まよ子」は振り返る。


「ノマド・・・」


安子は“ノマド”そのものであった。「まよ子」は近くの文具店に走り、ノート1冊とペンを購入し、安子を追いかけた。


「よっこ、どうしたのよ急に」


ノートを開いてペンを走らせている「まよ子」に気付いて、安子が近寄ってきた。


「へへ、大切なこと思い出しちゃった」

「そうなんだ、でもカメラの方が早くない?」

「そっか、安子を見ていたら急に描かなきゃって」

「気持ちはわかるけど、時と場合によるよ。私だって、じっとシャッター・チャンスをねらって、ひたすら待ち続けることもあるし・・・」

「今日は、走ってる。イメージを追いかけてる」

「そうね、出来上がったイメージに対象をはめこむんじゃなく、自分からイメージに飛び込むってところかな・・・」

「安子、とにかく今日は走ろう」


安子のシャッター速度に負けてなるものかと、「まよ子」は凄まじい速度で、ノートにペンを走らせた。そして、とうとうノート1冊を描き潰してしまった。

カフェでの一服、安子がノートを眺めながら


「最初の方は、人物なら人物、建物は建物に描かれてるけど・・・」

「後の方は、まるで落書きだって言いたいんでしょ」

「とんでもない、布が舞ってるみたいだよ。やっぱり、染色家だなあって」

「あら、ほめてくれてるんだ」

「もちろんでしょ」

「まよ子」は安子の言葉にはっとした。


「ありがとう、大切なこと教えてくれて。これまで、布に描こうと試行錯誤してた。それなら、画家と変わらないよね。私は、布を描くんだって・・・今、気が付いたわ」

「むずかしいことわかんないけど、よっこのヒントになったなら嬉しいわ」


安子の言うとおり、難しいことではない。単純に素直に、そして自然に、全身全霊で布になればいいのだと、「まよ子」はこれまでの試行錯誤からようやく解き放たれた。

染場にもどった「まよ子」は、これまでと一変していた。スタッフも驚きを隠せない様子で、


「まよ子さん、変わったよなあ」

「本当、すごく動きが軽やかで楽しそう」

「風に、布が舞っているみたい」

「それって、すごくない?」


そんな声も耳に入らない様子で、次から次へと「まよ子」は作品を仕上げていった。そして、3月。


・・・つづく