安子からは、Tシャツに使えそうな写真が定期的に送られてきた。今は、子ども用ブランド「ルビン・フッド」のデザインを考えなければならない。染色作業はスタッフが担当してくれるので大助かりである。
「ちょっと遊んでみるか」
「まよ子」の良いところでもあり悪いところでもある。自分では、そういう表と裏・陰と陽の両面があってこその人生よ、と豪語している。まさしく、たっちゃん譲りの性格であり、そんな前向きな姿勢が若者にヒットしたようである。
「お母さん、新作どう?」
「ちょっとやり過ぎじゃない?」
「いいじゃない、作ってる本人が満足してんだから」
「でもね、売れなきゃね」
「お言葉ですが、売る前に作れなきゃね」
「はいはい、作家さんのお言葉に従いますよ」
決して適当にデザインしたわけではない。古いものと新しいもの、日本と外国、大人と子ども・・・それらをつなぐことが「まよ子」の信念であった。
ある日、若いスタッフが大声で染場に駆け込んできた。
「まよ子さん、これ見てくださいよ」
「あら、うちのTシャツがどうかしたの?」
「偽物ですよ、偽物」
驚いて染場のスタッフ全員が覗き込んだ。そして、怒りの声が渦巻いた。
「でも、このTシャツ生地はいいわね、デザインはあまいけど」
「まよ子さん、腹立たないんですか?」
「そうね、ちょっと悔しいかな。でも、ここで作れるTシャツはもう限界だし」
「だからと言って、偽物が出回ったらこまるじゃないですか」
「どうしてよ、私たちのデザインが認められたってことじゃない」
「でも、ここのが売れなくなる」
「何言ってるのよ。売りたくても、いつも品切ればかり続いているのよ」
「それとこれとは・・・」
「いいのよ、みんなの気持ちはとってもわかるわ。でもね、私たちは今に満足しちゃいけないの。もっと新しいものを、負けないように作ること」
「そうよ、今の流行なんてすぐ終わっちゃう」
「偽物をこわがらず、常に進化し続けること」
突然、染場の入口から拍手が沸き起こった。
「なんだ、お父さん来てたの」
「いやね、今の君たちの会話を立ち聞きしてね、感動したよ」
「感動なんて、大げさね。今日は何か用事でも?」
「新聞の紙面に少し余裕ができてね、ここの紹介記事でもと思って」
「なんだ、余ったから取材するの?」
「そう言うなよ、これでも編集部を説得してきたんだよ」
「冗談よ、冗談」
読々新聞の文化面に掲載された記事は大きな反響をよんだ。そして、偽物を販売していた会社の社長が染場を訪れた。
「いや、お若いのにたいしたもんだ。記事を読ませてもらって、恥ずかしくなりましたよ」
「いえそんなに深い意味はありません。私の作品だって、とどのつまり偽物の集合体みたいなものです。いろんな人から学び、いろんな物から吸収させてもらって、今があるのだと思っています」
「同感です。でも、作るためには稼がなきゃならないでしょ」
「そのとおりです。でも、今というのは、次の瞬間もう過去なんです」
「でも、私どものような業者は許せないでしょ」
「とんでもない、私の作品を評価していただいたからこそ真似をなさったのでは?」
「その通りですが・・・せめて何かお役にたちたいと思って、寄せていただきました」
社長との話し合いで、上質のTシャツを継続的に供給してもらうことになった。言わば、物々交換である。スタッフの気持ちはおさまらなかったが、素材が安くなればそれだけデザインに力を注げる。商人ではなく職人としての腕をさらに高めようという機運が高まったのである。
「よっこ、新聞見たよ」
「えっ、インドに?」
「木場さんが本社から送られてきたコピーを見せてくれたの」
「なんだ、でも作品が素晴らしいって記事じゃなくて残念」
「何言ってるのよ、世の中には作品の評価は高いけど、とんでもない人もいるよ」
「そんなのって、ほんとに偽物、偽者よねえ」
「でしょ、だからよっこは、これから作品がんばればいいだけよ」
「そうだよね、自信持っていいんだよね」
「あたりまえ」
安子は正真正銘、心の友であった。忙しいとは、心を亡くすと書く。そんな時、安子が居てくれるから、私が私であることができると「まよ子」は確信した。
「そうそう、つい最近ね、エジプトの調査団がやってきて、山野秀人さんからおもしろい写真もらったから、私のといっしょに送るね」
「どんな写真?」
「お・た・の・し・み」
最近では、菊乃に直接「まよ子」宛の郵便物が届くようになっていた。安子からの小包をスタッフといっしょに開封する。
「まよ子さん、これ“ルビンの壷”じゃないですか」
スタッフも心得ていた。
「そうね、手紙には、ツタンカーメンの発掘調査で新たに発見された壷って書いてあるわ」
「でも、普通の壷とはぜんぜん違いますよね」
「えっとね、ミイラにする時、取り出した内臓を入れる壷だって」
「ちょっと怖いわねえ」
「そうね、でも生と死も“ルビンの壷”なのかもしれないわ」
安子から送られてきた写真は、早速スタッフが検討を始めた。デザインの作業も、若者たちが率先して取り組むようになったお陰で、「まよ子」は二人展に向けた作業を順調に進められるようになっていた。しかし、試行錯誤は続く。
・・・つづく
SAVに中学生がやってきました・・・まず、CDドライポイントに興味を持ったようです。
そして、SAVの自然をスケッチしながら満喫・・・
ちょうど彼岸花が満開で・・・こういう姿こそSAVそのもの。